Ep.84 黒 (Noir)

文字数 1,008文字

 神になってから三ヶ月が過ぎた。掃除、洗濯、炊事。身の回りの世話は全てジャックがおこなってくれる。俺は車椅子に座って世界を創造しているだけだ。どこかに行きたい欲も、何かをしたい欲もない。そもそも欲自体が無くなっている。
 だが、一つだけ問題点があった。
 俺は『ザ・リッツ・ロンドン』でカジノに興じているキングに伝えた。
「キング。ひどく頭が痛むんだ」
 キングには、頭の中で呼べば全て伝わる。
 普通の人間にはわからないが、全ての物は一つ、いや、0(ゼロ)なのだ。
 どう説明すればいいのか。
 普通の人間には、「何も無い」という意味も、「無から有が生まれる仕組み」もわからないだろう。そのくせ芸術家たちは、何も無いところから何かを生み出しているということに何の疑問も抱かない。
 そういうものだ。
 ここでは、「俺とキングは同じモノだから伝わる」という言葉にでもしておこう。
 キングはいつも通り、何の抑揚もなく微笑んだ。
「頭が痛い ? 当然です。今のあなたには世界中の出来事が全て頭の中に入ってくるのです。人間の器では到底耐えられないでしょう」
「どうすればいいんだ ?」
「あなたは中身が神になりました。次は、器を神に変えましょう。ジャック」
 キングは『The AR』の能力で注射器を取り出した。
「何をするんだ ?」
 俺は世界の全てを知っているが、テオが作った過去やまだ起きていない未来のこと、また、形になっていないことはわからない。アカシックレコードに残されていないことは俺の知識には記載されていない。
「あなたとB3を繋げます」
 俺と『ブラック・ブラッディ・ボックス』を繋げる ?
 ただ今の俺には莫大な知識があるので、なんとなくその予想はついた。
 どちらにせよ俺に意思はない。
 キングに任せよう。
 ジャックは俺の脳に注射針を打ち込んだ。
 脳の中に四角く黒い塊が注入される。
「今の時代は便利ですね。こうして記憶媒体を外付けすることもできるようになりました」
 俺の身体中の毛穴から侵入し続けていた情報は一度止まり、全て逆流し始め、『ブラック・ブラッディ・ボックス』に納められていく。
 ふう。
 頭痛が安らいでいく。
 体は箱になり、俺は創造機械になる。
 そうか。
 『ブラック・ブラッディ・ボックス』が黒いのは、歴代の神々の血液が循環しているからなのだな。
 なんの障害もなくなった。
 俺はますます深く、この世界を作る作業に没頭していった。
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