Ep.77 挑戦者たち (Les Challengers)

文字数 1,613文字

 決行の日が来た。
 俺たちは、キングと共に『ブラック・ブラッディ・ボックス』の前に立っていた。
 パリの凱旋門と同じくらいの大きさだ。果たしてB3は、俺たちにとっての凱旋門になりえるのだろうか。
 見上げていると、エリザベータから報告される。
「ジズ。テオが動いたわ」
「何階だ ?」
「十二階ね」
 十二階…。
 パジェスの遺(のこ)した地図を精査すると、『ブラック・ブラッディ・ボックス』の内部は簡単な迷路になっているが、ほとんどの通路は行き止まりになっている。回ることができる通路は、一階、五階、十階、十三階の四つの階しかない。
 この階のどこかにテオが隠れてくれれば、ジャックから逃げ回りながら、テオを探すことができた。けれども、十二階で探している時にジャックが同じ階に来ると、逃げ出すことができなくなるのだ。
 とはいえ、十階と十二階。上下にセーフティゾーンがあるので最悪ではない。最悪なのは、三階と八階だ。安全な階までの距離が長いので、逃げるたびに体力を消耗する。さらに八階はカメラの電池も切れているので、電池を交換するまではジャックがいつ来るのかがわからない。
 本当のことを言うと、ジャックが十一階の階段に仁王立ちすれば、それ以上上に進むことはできないのだが、ジャックの動きには特徴がある。それは、『ブラック・ブラッディ・ボックス』の中に誰もいなくなるまで、ひたすら相手を追うという特徴だ。相手がどこにいるかがわかるゆえの性質なのだろう。
 それゆえ、誰かがジャックを誘(おび)き寄せれば、テオの捜索は圧倒的に簡単になる。だが、ジャックに傷をつけられる武器、『ソウルイーター』は三つしかない。
 キングの話では、『ソウルイーター』はテオの部屋の入口を開ける鍵にもなっているそうだ。そして、俺の持っている『ザ・ファースト・エッグ(始まりの卵)』も同様に、テオのいる部屋の鍵になるらしい。
 『ザ・ファースト・エッグ』を誰かに渡すつもりは毛頭ない。結果、体の大きなゲラルハがナックルダスター、パジェスの遺品を持ちたいエリザベータが銀色の銃、レンドルフに戦闘術を教わっていたウォーカーがナイフを持つことになった。
「それでは、用意はよろしいですか ?」
 キングがワクワクとした面持ちで尋ねる。
「俺たちが全滅したら、『ル・ゾォ(動物園)』のプゥサン(ひよこ)にこれを渡してくれ。ニタルトのことや今後の組織のことなどが全て入っている」
 俺はキングに鍵を手渡した。どこの鍵かはリンゼイが知っている。
「わかりました。他の三人は、何か思い残すことはありませんか ?」
「ありません」
「俺は絶対生き残るからな。遺言なんてねぇ」
「僕は、ニタルトに手紙を届けて欲しい」
 ウォーカーは俺を意識しながら、懐から手紙を取り出した。
「承(うけたまわ)りましょう」
 俺はもう、ニタルトを捨てたのだ。ウォーカーに嫉妬する権利すらない。しかし、こんな時にまで嫉妬をするものなんだな。
 俺は自分のオスの遺伝子が心底くだらないものに思えた。
 人間は所詮、遺伝子の奴隷なのかもしれない。そうでなければこんなに無謀な戦いを、プライドのためだけにおこなうはずがない。
 俺はなんだか達観した気分だった。
「それでは『悪魔』のみなさま。行きますか ?」
 俺たちは全員で目を合わせた後でうなづいた。
「ああ。よろしく頼む」
 キングは笑顔で『ブラック・ブラッディ・ボックス』に触れた。
「アンロック(解錠)」
 『ブラック・ブラッディ・ボックス』の何かが変わったような気がする。
「みなさんが入ると自動的にロックされます。後はテオの首をとって出てくるか、死体となって出てくるか。私はまた、あなた方と口を動かしてお話ができますことを切(せつ)に願っております」
「行ってくる」
 俺は全ての弱い感情を断ち切り、無表情でキングとハイタッチをして、仲間と共に『ブラッド・ブラッディ・ボックス』の中へと入っていった。

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