第45話 K君のこと

文字数 1,326文字

 ここに、ひとり、彼がいる。彼は、言った、「死にます」。ぼくは訊いた、「どうして」。
 彼曰く、「ぼくは、資本主義社会に、そぐわないんです(!)」。
 ぼくは訊いた、「お金、お金がだいじ、って、世の中に、『合わない』?」
 曰く、「言い訳ですけどね。どうにも、やっぱり、ダメです。子どもの頃からでした。ムリなんです。どうしても、ムリだ。お金が、なければ、死ぬんでしょ。お金がなくちゃ、生きて、いけないんでしょ。だから、当然なんですよ、ぼくが死ぬのは。ふさわしく思えて、これが、自分の、死に方なんだなぁ、って、思います。嬉しいですよ。ぼくが、ぼくとして、死ねるんだから。これ以上、嬉しいことは、ないかもしれない」

「まぁ、きみが、そう決めたのなら…。友達として、とっても悲しいけれど、きみは、それで、いいのなら。そうしか、できないなら、それが、きみに、いいことであるのなら、それをきみが望むなら、ぼくは何も言わないよ」
「ありがとう。ぼくは、自然に死にたいのだよ。自分に、然るべく、自分の、流れとして、自然にね」
「餓死、かい?」
「ただ困るのは、ぼくは、ひとりで生きていないことなんだ。実際的に、一緒に住む人がいるから、ひとりで、飢え死ぬことは難しい。これも、ぼくの、自然なんだと思う。だから、まだ、死ねないかもしれない。うん、死ねない」

「つらい?」
「そりゃ、ね。何を選んでも、どっちに転んでも、同じ、つらいだろうよね。でもね、つらいだけじゃ、それでも、ないんだよ。これが、ぼくの、自然だと思うからさ。」
「自然に、こだわってるんだね」
「そう、自然。自分に、不自然でなければ、なんでも、こころよく、受け入れたいよ。今日、祖母のことを書いたんだ。泣いちゃったよ。なんでだろうね。久しぶりに、泣いた。そしたらね、ああ、ぼくの父も、母も、祖母も、兄も、品のある人だと思った。今日、イオンのフードコーナーを通りかかったんだけど、椅子に座って、スカート、まくりあげて、ちょっと、座ってる、おばあちゃん、いた。お友達と、ふたりでいたけど、どちらも、失礼だけど、貧相だった。政治家みたいに、あさましい、品のない、顔、してた。ぼくの家族に、そんな人、いなかった。祖母も、母も、どんなに歳とっても、あんな振る舞いはしなかったろうし、とにかく、ぼくはそれを見て、ああ、ぼくは、祖母や母、りっぱに、働いた、父や兄のことを、切に思い出したんだ。ぼくは、あの家に、生まれて、育ったんだ、って…」

「嬉しかった?」
「嬉しいというのかな。あ、しっかりしなきゃ、って思った。なまけてちゃ、いけない、って思った」
「…」
「そしたらね、レジでも、どんな愛想のない人でも、いいや、って思った。買い物、したんだけど、『レジ袋、お持ちですか』って訊かれても、『大丈夫です、ありがとう』って、はっきり言えた。レジの相手が、誰であろうと、通りすがりに、どんなヘンな奴がいようと、ぼくは、ぼくなんだ、って思えた」

「よかったね、よかったね」
「泣けたのが、よかったのかな。親不孝、祖母不幸だったぼくが、ぼくを、認めて、泣けたのがよかったのかな」
「なんでもいいよ。きみが、よければ、ぼくは嬉しいんだ」
「ありがとう、ありがとう」
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