第100話 「黒」のイメージ

文字数 1,356文字

 読者にはどうでもよく、自分にはどうでもあることを書く。
 先日イオンで、ぼくはジーパンを買った。1980円。「ブルー」と書いてあったが、ほとんど真っ黒に見える。
 で、やはり先日、黒いポロシャツを着て、このジーパンをはいて駅の方へ出掛けた。薄緑の帽子を被り、黒いリュックをしょって。
 と、通りのホテルの前にいる警備員が、何やら不審げに、ぼくのことをじっと見たりするのだった。
 ぶしつけなヤツだなあ、と思った。ぼくは、そんな、まじまじと人を見ることができない。小心者であることが大きいが、相手に失礼だと思うし、単なる通行人なのだ。

 以前も、冬に真っ黒なジャンパーとジーパンで、駅に立っていると、警察官がじっとぼくを見ていたらしい。トイレに行った連れ合い(当時は恋人)が、戻ってくる時、警官がぼくの方へ向かってきていたのを見たと言う。連れが急いで、「お待たせ」とぼくに声を掛けると、警官はきびすを返したらしい。
 ぼくは、通り魔になろうなんて思ったこともない。そんな、公衆に、迷惑行為をしようなんて考えたこともない。

 もうお分かりだろうと思うけれど、「黒い恰好」が、原因であるらしいのだ。サベツだ、ヘンケンだ、とぼくは思う。道行く人を見れば、女性だって、いや女性の方が、黒い恰好をしている人が多いのに、不審がられていないようにみえる。
 犯罪者は黒い。そんなイメージがある。そして男の方が、腕力的に危険であること。
 警備員や警官は、その立場上、特にそういう目で見る気がする。(ぼくは、そんな立場によって、人を見る見方さえ変えてしまう人間を軽蔑する。もし自分だったら、を言い出せば、黒い恰好=犯罪者、と見る自分を、そんな一方的な見方をしてはいけないと思い、打ち消そうとする。むかし郵便局に、来る人来る人、誰にでも「こんにちは」と明るく挨拶をしていた警備員がいた。こういう警備員である方が、犯罪を考える人を思いとどませると思う。我に返らせる、正しい道を想起させるきっかけをつくる意味で。
「お前はダメな子だ、出来そこないだ」と言い続けられた子が、ほんとうにダメな出来そこないだと自分を思ってしまうように、犯罪者の疑いをかけられると、じゃあ犯罪者になってやろうじゃないか、と誘発されて暴発しかねない)

 妙な目で見られると、ぼくは傷ついた気持ちになる。黒のポロシャツやジーパンに罪はない。それを見る人間が、黒い恰好をした男に抱く疑念がわるいのだ、と思いたい。
 逆に、白いシャツなどを着ていると、ぼくは非常な善人に見えるようで、これまた困る。
 善人だの悪人だの、色で決められるものかと思う。誰にだって、善人になり、悪人になる要素がある。それが、どういうふうに外へ引き出されるかの、表層の相違でしかない。
 悪いことをして、少年院などへ行った者が、どんな「更生」教育を受けるのかも、はなはだ疑問だ。単なる表層だけを見て、更生具合を判断していないか。あるいは、「既成の形」の中に納まったから、良し、という借り物の判断をしていないか。
 
 色は、見えるが、それは色以上のものではない。色に、判断されたくないし、人を判断したくもない。なんであんな服を着ているんだろう、と、通りすがりに見かける人もいるけれど、それはただ、その人の趣味なんだと思う。
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