第36話 墓場とレクイエム

文字数 525文字

 大学への通学途中、車窓から、よく墓場が見えた。
 一緒に通っていた友達にぼくは、「墓場を見ると、なんか落ち着くんだよね」と言う。
 友達は、「おっかしな人!」と一笑してくれたが、事実、落ち着いたのだから仕方ない。で、友達がほんとに可笑しそうに笑ってくれることで、ぼくも本気で笑っていた。
 安堵感。生きていても、さいごには、あそこに入れる(べつに入らなくてもいいのだが)という安心感。

 大学、意味ないなーと感じていたり、といって辞めたあとも、とくに何もなさそうだよなぁ、などと、漠然と自分の将来へ不安に駆られて悩んでいるようなとき、あの墓場は、筆舌に尽くし難い慰安を、与えてくれたように思える。
 品川で、京急に乗り換えて、まもなく見えてきた墓場だった。

 モーツァルトに、「レクイエム」という鎮魂曲があるが、これも、同じような理由から、聴いていると落ち着く。
 厳粛なものが自分の内部に、太陽系の中心・太陽みたいに発生し、そこに結局は引き寄せられていく。ぼくは全く、無力になれる。力など、入れようにも、入らない。
 死は、結局のところ、ひとりの生における、最後の友なのだろう。
 ただ、困るのは、かれと会った途端、せっかくの出会いが、失われてしまうことなのだが。
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