第16話 三人の死刑囚

文字数 513文字

(死刑囚)「おや、貴方はどうなさいました」
(死者)「いや、女房のつくった味噌汁の具が少なかったもので…自殺したんですよ、今朝」
(死刑囚)「それはそれは… 私は、カレーの具が少なくて、その店の従業員を殺っちまいました、昨夜」
(死者)「こわいですなぁ、こわいこわい。人間は、ほんとうにこわい」

(死刑囚)「人間の存在は、気分であるらしいですからな。デンマークの思想家が、云ってましたよ」
(死者)「全く、私も自分というものが最後までわからなかった。そうですか、気分でしたか…」
(生者)「あほくさ!カレーや味噌汁のために!」
(死刑囚)「きみも、その具ひとつで、不機嫌になったり上機嫌になったりする時があるだろう」
(死者)「天気ひとつで、憂鬱になったり晴れ晴れした気分になったり」

(生者)「ぼくはそんなことで自殺したり人を殺したりしないよ。バカげてる。くだらない!」
(死刑囚、死者に言う)「そういう人間でしたな、我々も。しかしバカげてようが、くだらなかろうが、我々、ひょんなことで、ひょんな瞬間に、あっというまに変わっちまうんですな。ひとりの中で、まるですべてが」
(死者)「そうですな。ああこわい、ああこわい。人間は、ほんとうに、こわい」
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