第48話 生活

文字数 1,310文字

「シマトネリコ、お願いしていい?」と家人に言われ、もともと、切らなければと思っていたけれど、切った。脚立を出し、ノコギリ片手に、切る。お隣りの、駐車場に入ってしまうためもあったけれど、剪定する…切る、行為は、つらい。ごめんね、と心で泣きそうになりながら、切る。もちろん、「殺す」わけではない。伸びた、太い枝、ハサミでは切れない太い枝を、切るのだ。

 シマトネリコは、強いから、きっと、すぐ伸びてくれるとは思う。でも、やはりつらい。自分の身が、切られる思いがする。カタツムリなんかが、葉っぱにくっついていたら、もうダメである。そこだけ、切れない。驚かして、ごめんと思う。できれば、みんな、伸ばし放題にして、ちょっとゴミゴミしたところだけ、つまり、少しだけ、切りたいと思う。だが、木というのは、切ったそこからまた枝分かれして、伸びてくるとか。けっこう、思い切って、切ってしまった方が、のちのち、良いらしいのだ。

 夏ミカンの木の葉に、アゲハの幼虫がいると、やはり困る。まだ、鳥の糞の擬態をしているうちは、謝りながら、葉から落としたりしてしまうことができるけれど、緑になったら、もうダメである。よく見ると、あれは、可愛いのだ。しっかり、サナギになって、アゲハになっておくれ、などと、思ってしまう。だが、あまりに幼虫さんがいらっしゃっても、困る。あっというまに、葉っぱが全部、食われてしまうらしい。すると、私や家人が食べる夏ミカンが、あまり、収穫できなくなってしまう。適当な数で、いてほしい。
 去年は、カミキリムシがメイク・ラブしていて、邪魔しちゃ悪いと思って、見て見ぬふりしてたら、しっかり夏ミカンの幹に穴が開き、カミキリさんの幼虫がお住まいのようだった。

 昨日は、ヤモリが、私の部屋にいた。窓を閉めようと思ったら、何か引っ掛かって、閉まらない。おかしいなと見れば、ヤモリさんが口を開け、窓と窓の間に挟まれていた。幸い、ケガもなさそうで(ヤモリは本当に平べったくなって、いろんなスキマから入って来れるらしい)、畳に落ちると、急いで開けっ放しになっていた押し入れの中に入ってしまった。
 湿気防止のために、押し入れにはダンボールが数枚、敷いてある。そのスキマに入って行くのが見えた。

 うわ、マイッタなと思った。ヤモリは、好きだ。これもよく見ると、非常に可愛い。歩く時は、ドタバタ、不器用そうに歩くし、窓ガラスにベタッと、外から張り付いている姿など、笑ってしまう。ハワイでは、「神の使い」として、崇められているとか。
 しかし、これが家の中にいると、ちょっと、つらい。食べ物も、外の方がいっぱいあるだろう。うっかり、踏んでしまうのも、恐怖である。
 二、三時間、そのまま放っておいた。窓を開け放して、ひとりで出て行ってくれたらと願って。一度、ダンボールの隙間から、ちらと顔を出したのは見た。
 また一、二時間して、パソコンで文章づくりもうまく行かなくなったぼくは、急に、このままじゃイカンと思い立ち、押し入れの中の物を全部出した。
 うんちは見つけたけれど、ヤモリさんはいなかった。窓からの空気を感じて、外に行ってくれていたら、いいのだけれど。
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