14. 遠征 

文字数 2,118文字

 無敵の大国と名高いエルファラム帝国と、今や同等の軍事力をつけたアルバドル帝国は、残る汚名をはらす戦いに(ことごと)く勝利し続け、逆に、敵国の利用価値のある土地を一つ、また一つと人道的に支配下に置いていった。

 よって、エルファラム帝国がまさに無敵であるかどうかは、今は分からないと(ささや)かれるようになった。

 その噂と共に語られるのが、両国の二人の皇子。エルファラム帝国のエミリオ皇子と、アルバドル帝国のギルベルト皇子である。エミリオ皇子は白馬に、ギルベルト皇子は黒馬にまたがり、共に驚異的な大剣の使い手で、名誉ある勝利を導いた英雄だと、方々で(たた)えられるようになっていた。

 そしてアルバドル帝国は、ついに、最後の宣戦布告による戦いを挑んだ。それは、遥か昔に奪われた土地を取り戻す戦い。だがその相手は、激戦の地エドリースにあった。最も過酷(かこく)な戦闘になると予想されたその戦場に、ギルベルトも(なか)強引(ごういん)(おもむ)いた。

 そして、いよいよエドリースの地に足を踏み入れたアルバドルの軍隊は、大きな傘を広げている木がまばらに生えている、まだ穏やかな緑の草原で休憩をとっていた。

 小高い丘に囲まれたその場所で、ギルベルトは、やや遠くに見える子供たちをずっと眺めていた。というのも、子供たちが木の幹に的をつけて、弓の練習をしながら遊んでいるからである。

 頬に笑みを浮かべると、ギルベルトは木陰から立ち上がった。
「アラミス、出発時刻になったら呼びにきてくれ。」

 隣にいたアラミスは、そばにいるほかの上官たちと目を見合い、やれやれと肩を(すく)い合った。

 ギルベルトがそちらへ近づいていくと、子供たちはすぐに気付いた。

 女の子が一人と、少年が三人。歳は、彼の推測(すいそく)では少女は五歳前後。少年たちはみな、それよりも三、四歳ほど年上に見受けられる。

 ギルベルトはにこやかに堂々とそばへ寄ろうとしていたが、無条件に恐れ多さを感じさせる上等な軍服姿の、とてもハンサムなお兄さんに近づいて来られると、子供たちは、中でもリーダー格の少年のそばに集まり固まってしまった。

「少し貸してくれぬか。」
「・・・いいよ。」

 リーダー格のその少年は、弓矢を持っている友人に目くばせをした。

「名前は?」
「俺はリアル。弓持ってるのがレックスで、隣がアルバ。あと、妹のルナだよ。お兄ちゃんは?」
「ああ、すまない。ギルベルトだ。」

 レックスから弓矢を受け取ったギルベルトは、少年たちの顔を見ながらニヤッと微笑み、そのまま後ろ歩きで離れていって、片膝を付いた。立ったままでもできるが、少年たちの背丈に合わせている的が低すぎるのでそうした。

「無理だよ、お兄ちゃん、遠すぎるよ。」と、アルバが声を張り上げた。

 子供たちには無茶だと思われる距離でも、ギルベルトにとっては余裕で狙える位置だ。彼は、少年が言っている間に、あっさりと矢を放った。

 カッ!

 狙い通りに矢は命中。

 仰天(ぎょうてん)した子供たちは、あんぐりと口を開けた。それから興奮して手を叩きあった。

「うわあ、すごい!」
「カッコいい!」
「ねえ、どうやってやるの?教えてよ。」

 弓矢を返しにきたギルベルトは、そう口々に騒ぐ子供たちに、たちまち取り囲まれた。

 そのあとギルベルトは、弓矢の扱い方や、的を狙うコツなどを教えてやりながら、すっかり打ち解けてくれたその子供たちと過ごした。

 やがて時間がきて、遠くから様子を見守っていたアラミスは腰を上げた。
「殿下、そろそろ。」

 アラミスを見て(うなず)いたギルベルトに、驚いて顔を見合わせる子供たち。

「殿下・・・ってことは、皇子様!」
「お兄ちゃん、皇子様なんだ、すごい!」
「うん、皇子様似合う!すごくカッコいいもん!」

 ギルベルトは、ただ照れくさそうな笑みを返した。

「お兄ちゃんどこに行くの?」

 ルナがきいてきた。

「もう少し先の国だ。」

 危うく〝戦いに。〟と答えかけたギルベルトは、まだ幼く、無垢(むく)で無邪気なその少女を見て優しく微笑んだ。

「そうなんだ。ねえ、また帰りに通る?また寄ってよ。また弓を教えてよ。」
 リアルが言った。

「そうだな・・・では、また余裕があったら寄らせてもらおう。」

 あてにならない口約束と(さと)ったリアルは、すぐに思いついて、木の下に置いてあった籠の中から林檎(りんご)を取り出してきた。

「これあげる。だから約束だよ。絶対寄ってよ。俺たち、いつもこのへんで遊んでるから。でももし居なかったら、あっちの方の丘の(ふもと)の村にきて。」

 そちらを指さしながら、リアルは一方的に言葉を押しつけてくる。

 参ったな・・・と、差し出されるままに林檎を受け取ってしまったギルベルトは、そのリアルではなく、(あき)れ顔を向けてくるアラミスを見ながら苦笑した。

 アラミスと共に手を振って、ギルベルトはその少年たちと別れた。

 その後、アルバドル帝国軍は、過激な戦争に揉まれ続け、野獣さながらに戦うエドリースの異常に荒々しい敵軍を相手に、覚悟していたほどの兵力を失うことなく勝利することができた。中でもギルベルトは、かつてないほどの底知れぬ体力と戦闘能力をそこで発揮し、戦争においてはほぼ無傷といえる程度の負傷で戦い終えていた。

 しかし、全体的に、重傷者の数はこれまで以上に深刻だった。

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