22. ジャックの想い
文字数 2,078文字
レッドは愕然 とした。
あの力を奪うなんて、できるわけがない・・・。そう思うと、突然我に返った気がした。アイアスを辞めると決心するなど、とんでもない過 ちだという気がした。何もかも許されないことだと思った。テリーへの誓いに背 くことも、彼女と一緒になることも。レッドは、自分の意気地 の無さを思い知ってたまらなくなった。
もう何も聞けなくなっているそんなレッドのそばでは、飲み仲間たちがまだ彼女の話を続けている。
「考えてみれば理論的に納得だよな。修道女といえば、神の申し子。純潔のシンボルだもんな。」
「もと修道女と結ばれる奴って、やるとき罪悪感に駆られるだろうな。」
「それがまたいいってこともあるぜ。それだけ愛してくれてるってわけだろう? これ以上確かなものはない。」
衝撃と痛切感に追い詰められたレッドは、居ても立ってもいられなくなってしまった。だがとっさに考えて、できるだけ自然な素振りで席を立ち、その場ではこう言った。
「悪い・・・鍵を忘れちまった。締め出される前に帰るわ。」
「え、ああそうか、じゃあまた。」
特に気にもせずダイが応じ、同席している者たちも軽く手を挙げてみせた。
レッドは、自分の食事代を多めに置いて、仲間たちに笑顔を返した。だが背中を向けると、急に速足で離れて行った。フィンが、「あ、そうだレッド。お前の剣な、もう完璧に手入れし終えて・・・」と言ったことにも、全く反応しなかった。
出入り口近くで、レッドは誰かとぶつかった。
「おお、レッド。どうした、もう帰るのか?」と、その人は言った。
レッドは相手の顔を見た。遅れると聞いていたジャックだった。
「ジャック・・・。えっと、その・・・悪い。」
レッドはもう頭が回らず、無理に頬をくずしてみせると店を出た。引き攣った不自然な笑みになったのが自分でも分かった。ジャックには、町の不良から彼女を救ったこと以外は何もかも ―― 彼女に手を出したという部分は大雑把 に ―― 話していたので、悟 られるのを恐れたせいもある。
すぐに視線を逸らして、さっさと店を出たレッドを、ジャックは怪訝 そうに見送った。それから飲み仲間たちを早速 見つけて、それまでレッドが腰掛けていた空席に座った。
そこでいつもの仲間からの歓迎を受けたジャックは、顔をしかめた。
ジャックは、店の出入り口の方へ顎 をしゃくってみせる。
「お前ら、何か言ったか?」
「レッドか? いや別に何も。鍵を忘れたって言って、先に帰っただけさ。」
トラルが答えた。
だが、ジャックにはそんなことは言わなかった。明らかにおかしかったレッドの様子に嫌な予感を覚え、ジャックはますますしかめっ面になり、質問を重ねた。
「じゃあ、何の話をしてた。」
それにはダイが答えた。
「イヴ・フォレストの話さ。あいつ、彼女に惚れてるみたいだったけどな、彼女の治癒 力のことを知ったとたんに、血相変えてたよ。」
ジャックは、いきなり頭を抱えてうな垂れた。そしてその口から、「そりゃそうだろうよ・・・。」という呟 きが漏れた。
「なんだジャック、知ってて教えてやらなかったのか。早く諦 めさせてやった方がいいだろう。だってあいつは ―― 」
「隠してたんだ・・・。」と、ジャックはフィンに言った。そして、仲間たちが理解できないという顔をしたのを見て、「隠してたんだよっ。惚れてるどころか、あの二人は相思相愛だ!」
男たちは仰天 して、言葉もなく大口を開けた。
「お前らの口から言っていいことじゃない。彼女なら、あいつを変えることができたかもしれないのに、お前らっ・・・。」
「いや、でも・・・だってレッドはアイアス・・・。」
「辞める覚悟だったんだ!」
ジャックはフィンに怒鳴った。
「あいつが、ほかにもいろいろと思い悩んだあげく、決めたことだ。」
「ああ、でもほら、なにも犯罪になるわけじゃなし・・・気持ちの問題だから。」
「バカヤロウッ!」
引き攣った笑みでそう言ったラバンに、ジャックは一喝 した。レッドのことも知らなければ人の話も全く読めていないことに、思わずカッとなった。
レドリー・カーフェイという男。
彼はいつでも自分を犠牲にして、人のためになることをしてきた。それはアイアスの名を失っても変わることはないだろう。だが彼は、その都度 よかれと思って勝手に決断してしまうところがあった。確かに彼のそれはいつでも正論だったが、ほかに納得できる違う考え方もあるということを、知ろうとしないところがあった。己を最も苛酷な立場に置き、ほかを最大限に生かそうとする。そういう男だった。
テリーもまたいい男だった。だが死んでしまった・・・。
戦友を失ったジャックは、そういう男こそ生きるべきだと思っていた。その方がよほど世のため、人のためになる。だからジャックは、本心では、レッドをアイアスの宿命によって、戦場で早死になどさせたくはなかった。
そして、自分を殺しすぎるそんなレッドに、時に正しい答えは一つではないことに気付かせ、死をためらわせることのできる唯一の存在が、イヴ・フォレスト。彼女となるはずだった。
あの力を奪うなんて、できるわけがない・・・。そう思うと、突然我に返った気がした。アイアスを辞めると決心するなど、とんでもない
もう何も聞けなくなっているそんなレッドのそばでは、飲み仲間たちがまだ彼女の話を続けている。
「考えてみれば理論的に納得だよな。修道女といえば、神の申し子。純潔のシンボルだもんな。」
「もと修道女と結ばれる奴って、やるとき罪悪感に駆られるだろうな。」
「それがまたいいってこともあるぜ。それだけ愛してくれてるってわけだろう? これ以上確かなものはない。」
衝撃と痛切感に追い詰められたレッドは、居ても立ってもいられなくなってしまった。だがとっさに考えて、できるだけ自然な素振りで席を立ち、その場ではこう言った。
「悪い・・・鍵を忘れちまった。締め出される前に帰るわ。」
「え、ああそうか、じゃあまた。」
特に気にもせずダイが応じ、同席している者たちも軽く手を挙げてみせた。
レッドは、自分の食事代を多めに置いて、仲間たちに笑顔を返した。だが背中を向けると、急に速足で離れて行った。フィンが、「あ、そうだレッド。お前の剣な、もう完璧に手入れし終えて・・・」と言ったことにも、全く反応しなかった。
出入り口近くで、レッドは誰かとぶつかった。
「おお、レッド。どうした、もう帰るのか?」と、その人は言った。
レッドは相手の顔を見た。遅れると聞いていたジャックだった。
「ジャック・・・。えっと、その・・・悪い。」
レッドはもう頭が回らず、無理に頬をくずしてみせると店を出た。引き攣った不自然な笑みになったのが自分でも分かった。ジャックには、町の不良から彼女を救ったこと以外は何もかも ―― 彼女に手を出したという部分は
すぐに視線を逸らして、さっさと店を出たレッドを、ジャックは
そこでいつもの仲間からの歓迎を受けたジャックは、顔をしかめた。
ジャックは、店の出入り口の方へ
「お前ら、何か言ったか?」
「レッドか? いや別に何も。鍵を忘れたって言って、先に帰っただけさ。」
トラルが答えた。
だが、ジャックにはそんなことは言わなかった。明らかにおかしかったレッドの様子に嫌な予感を覚え、ジャックはますますしかめっ面になり、質問を重ねた。
「じゃあ、何の話をしてた。」
それにはダイが答えた。
「イヴ・フォレストの話さ。あいつ、彼女に惚れてるみたいだったけどな、彼女の
ジャックは、いきなり頭を抱えてうな垂れた。そしてその口から、「そりゃそうだろうよ・・・。」という
「なんだジャック、知ってて教えてやらなかったのか。早く
「隠してたんだ・・・。」と、ジャックはフィンに言った。そして、仲間たちが理解できないという顔をしたのを見て、「隠してたんだよっ。惚れてるどころか、あの二人は相思相愛だ!」
男たちは
「お前らの口から言っていいことじゃない。彼女なら、あいつを変えることができたかもしれないのに、お前らっ・・・。」
「いや、でも・・・だってレッドはアイアス・・・。」
「辞める覚悟だったんだ!」
ジャックはフィンに怒鳴った。
「あいつが、ほかにもいろいろと思い悩んだあげく、決めたことだ。」
「ああ、でもほら、なにも犯罪になるわけじゃなし・・・気持ちの問題だから。」
「バカヤロウッ!」
引き攣った笑みでそう言ったラバンに、ジャックは
レドリー・カーフェイという男。
彼はいつでも自分を犠牲にして、人のためになることをしてきた。それはアイアスの名を失っても変わることはないだろう。だが彼は、その
テリーもまたいい男だった。だが死んでしまった・・・。
戦友を失ったジャックは、そういう男こそ生きるべきだと思っていた。その方がよほど世のため、人のためになる。だからジャックは、本心では、レッドをアイアスの宿命によって、戦場で早死になどさせたくはなかった。
そして、自分を殺しすぎるそんなレッドに、時に正しい答えは一つではないことに気付かせ、死をためらわせることのできる唯一の存在が、イヴ・フォレスト。彼女となるはずだった。
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