21. 問われる忠誠心
文字数 1,698文字
その後、勢いは弱まったものの雨は一向に止む様子はなく、夕方になるといよいよ本降りになってきた。そのせいで、みなひどく体力を消耗していた。一行の左手からは、不気味な川の唸 りが聞こえている。その水かさは、みるみる増していくように思われた。
レッドは、ずっと考えながら歩いていた。彼の視線は、度々、疲れ果てた隊員たちと川の方へ向けられていた。
超えるべき山は越えたが、ここは山に挟まれた麓 の森で、一行 はまた別の山から駆け下る川の流れに逆らって進んでいた。本来なら、左手に見えるこの川を横切ってしまえば近道なので、流れが穏やかで水かさも浅ければそうする予定だったのだが、先ほどの豪雨のせいでそうもいかなくなり、予定を変更して、明日の早朝、このずっと先にあるはずの橋を渡ろうということになったのである。そのため、今日のところはできるだけ進んでおかなければ遅れを取り返すことができないので、疲労 困憊 でも歩くしかない。だがどうしても、休める時間がずいぶん削られてしまうのは仕方が無かった。
レッドは不意に立ち止まった。
「どうした、レッド。」
スエヴィが鋭い声をかける。
同時に、ほかの者たちの間にも緊張が走った。
敵を察知したのでは・・・。だが、そうではなかった。
レッドは川の流れる勢いを見つめながら、「やっぱり・・・ここから渡ろう。」と、言った。
声のトーンが低く聞き取り難かったが、何を言ったのか分からない者はいなかった。
隊員たちは耳を疑った。
「俺たちが目指している橋・・・渡れると思うか。」
「どういうことだ。」と、スエヴィはきき返した。
「さっきまでの豪雨・・・もし鉄砲水でも流れ込んできたら、その橋はどうなる。今ならまだこの川・・・ここから渡れやしないか。」
「おい、ここだってもうだいぶ荒れてる。それに水かさも渡れるものかどうか。」
グリードが言った。
「俺が先に確かめてくる。向こう岸に届くように縄を結んでくれ。あの大木・・・」
レッドは、対岸の川べりに根を張っている木を指差した。
「あそこと、そこの木に縄を張れば・・・。」
「正気か。」
「本気だ。」
「王女はどうするんだ。」
ザイルが言った。
「やだ、姫様にこの川に入って行けっていうの、リーダー⁉」
イリスがそう悲鳴を上げると、ユリアーナ王女が進み出てきて、取るに足りないことのようにほほ笑んだのである。
「わたくしは大丈夫です。この旅路において隊長の判断は絶対です。必要なら何でも従いますわ。」
「では王女・・・。」
レッドが次のことを言うまでには、少し時間がかかった。
「ここでミシカとはお別れしてください。ミシカに、この川は渡れません。」
「・・・わかりました。」
予想していたのか、素直に言うことをきくその健気 さが、かえって切なくいたたまれなかった。
レッドは、涙を堪 えてうつむいた王女に優しく微笑みかける。
「王女・・・ここは豊かな森で餌 も豊富にあります。ミシカも元気に暮らして行けるでしょう。」
隊員たちの中には、まだ躊躇 せずにはいられない者も多かった。ここを渡っているそのうちにも、もしその激流がやってきたら、それこそ・・・と考えると無理もなかったが、誰もがこの王女の毅然 たる決意に胸を打たれて、それを口にはできなくなってしまったのである。
こうしている間もレッドは焦 っていた。いつ荒れ狂うとも分からない、この川の様子を気にしながら話しているのだから。
「やるなら、これ以上ためらうわけにはいかない。上手くいけば、奴らを出し抜ける。まさか王女を連れてこれを横切って行ったなんて思わないだろうからな。それに、奴らがここを通る頃には、完全に通過は不可能になっているだろう。今夜はみな、ゆっくりと休むことができる。いや、奴らは橋を目指すどころか・・・」
「道を無くすかもしれないな。」
タイラーが答えた。
「逃げきれるかもしれない。切り離すチャンスだ。」
隊員たちは互いに目を見合った。
生きるも死ぬも、隊長の言葉に従い、どういう結果になろうと後悔 しない。レッドを信頼しきる勇気と忠誠心を問われる事態である。
スエヴィはそう思い、今はあえて様子をみていた。
レッドは、ずっと考えながら歩いていた。彼の視線は、度々、疲れ果てた隊員たちと川の方へ向けられていた。
超えるべき山は越えたが、ここは山に挟まれた
レッドは不意に立ち止まった。
「どうした、レッド。」
スエヴィが鋭い声をかける。
同時に、ほかの者たちの間にも緊張が走った。
敵を察知したのでは・・・。だが、そうではなかった。
レッドは川の流れる勢いを見つめながら、「やっぱり・・・ここから渡ろう。」と、言った。
声のトーンが低く聞き取り難かったが、何を言ったのか分からない者はいなかった。
隊員たちは耳を疑った。
「俺たちが目指している橋・・・渡れると思うか。」
「どういうことだ。」と、スエヴィはきき返した。
「さっきまでの豪雨・・・もし鉄砲水でも流れ込んできたら、その橋はどうなる。今ならまだこの川・・・ここから渡れやしないか。」
「おい、ここだってもうだいぶ荒れてる。それに水かさも渡れるものかどうか。」
グリードが言った。
「俺が先に確かめてくる。向こう岸に届くように縄を結んでくれ。あの大木・・・」
レッドは、対岸の川べりに根を張っている木を指差した。
「あそこと、そこの木に縄を張れば・・・。」
「正気か。」
「本気だ。」
「王女はどうするんだ。」
ザイルが言った。
「やだ、姫様にこの川に入って行けっていうの、リーダー⁉」
イリスがそう悲鳴を上げると、ユリアーナ王女が進み出てきて、取るに足りないことのようにほほ笑んだのである。
「わたくしは大丈夫です。この旅路において隊長の判断は絶対です。必要なら何でも従いますわ。」
「では王女・・・。」
レッドが次のことを言うまでには、少し時間がかかった。
「ここでミシカとはお別れしてください。ミシカに、この川は渡れません。」
「・・・わかりました。」
予想していたのか、素直に言うことをきくその
レッドは、涙を
「王女・・・ここは豊かな森で
隊員たちの中には、まだ
こうしている間もレッドは
「やるなら、これ以上ためらうわけにはいかない。上手くいけば、奴らを出し抜ける。まさか王女を連れてこれを横切って行ったなんて思わないだろうからな。それに、奴らがここを通る頃には、完全に通過は不可能になっているだろう。今夜はみな、ゆっくりと休むことができる。いや、奴らは橋を目指すどころか・・・」
「道を無くすかもしれないな。」
タイラーが答えた。
「逃げきれるかもしれない。切り離すチャンスだ。」
隊員たちは互いに目を見合った。
生きるも死ぬも、隊長の言葉に従い、どういう結果になろうと
スエヴィはそう思い、今はあえて様子をみていた。
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