2. ガザンベルクの総督 ダルレイ

文字数 1,903文字

 広場には、縄で繋がれた若者と大人が整然と列を成し、今にも異国の地へ歩きだそうとしていた。その列から離れたところでは、子供たちが、軽装歩兵がちらつかせている剣に(おび)えながらも、必死に声を張り上げていた。家族を返してと狂ったように訴え続ける声。

 部下たちが奴隷全員の所持品検査を終えたのを確認すると、ダルレイはやかましい子供の群れに不快な一瞥(いちべつ)を投げ、命令した。

「よし、進め。」

 両脇から突き刺さってくる、抜かりない騎兵の監視の目を気にしながら、行列はしぶしぶ歩きだした。すすり泣く女性は多くいたが、男たちは黙っていた。それでもなお止まない子供の声に、誰も彼もが苦渋の面持ちで黙りこくっていた。

「パパ、ママ!」

「うるさいガキどもだ。」
 ダルレイは、もはやそちらを見ることなしに吐き()てる。

 そこへ、哀れを催した部隊長が進み出てきて、ダルレイの前で敬礼をした。
「閣下、子供たちは・・・。」

 そう口籠(くちご)もりながら(たず)ねた彼は、この質問をすでに一度口にしていた。だが再びこうして言ったのには、思わぬ指示を言い渡されて半信半疑だったからだ。

 しかしダルレイは、部隊長がまだ言いおおせないうちに、「放っておけと言っただろう。他国のうっとおしいガキどものために、無駄な労力を使うことはない。」と、やはり同じ返事をした。

 すると、部隊長は書類を数枚差し出しながら、「ですが、この指示書には、残された子供と老人を各孤児院や施設へ送るよう、ネヴィルスラムの行政機関と連絡を取り合うように記されてあります。」と、さきほどはできなかったことを、思いきってやや強い口調でした。

 サガは国が定めた町としての条件をほぼ満たしてはいるものの、ただ町にはあるはずの役場などは無く、およそ二十キロ離れた隣町のレス・アロードが統轄(とうかつ)していた。町と町の間の何もないニ十キロの距離は、この大陸ではかなり近いと言えた。

 ダルレイは、じろりと部隊長をにらんだ。

「いいか、それはただの予定表だ。それを都合により変更できる権利が私にはある。近いうちに、ここの領主の使いが勝手に様子を見に来て、なんとでもするだろう。」

 このサガは、ろくに手をかけてもらえずにいた枯れゆく町だと分かり、奴隷狩りの対象となった。こちらが動かさなければ、何もしはしないだろう。それを知っていれば口にするはずのない言葉をまたも聞かされた部隊長は、やはり・・・と肩を落とした。

「ですが、我々がすみやかに連絡しなければ、その対応が遅れて子供たちは路頭に迷うことになるのでは。すぐに使いの者を送った方がよろしいかと。それまでの子供たちについてのご指示もどうか・・・。」

 二人がそうこう話している間も、その子供たちの必死の叫びは続いている。
「パパを返せ、ママをいじめるな!」

「見ろ、あんな憎たらしいガキどものために、何をしてやることがある。」

 やがて声々は一つとなり、ますますダルレイの(かん)に障った。

 ダルレイは顔をしかめてそちらを見回したあと、「図に乗りおって生意気な。おい、お前。」と、部隊長に向き直って言った。「黙らせろ。一人ここへ引き摺りだして、見せしめに鞭打て。」

 命じられた部隊長は、蒼白(そうはく)になった。これほど不名誉なことはあるまい。
「閣下、どうかご勘弁を。」

「できぬと申すか。しかたのない奴だ。そのような生温(なまぬる)い心が、あとあとお前の命取りとなろう。」

 顔色一つ変えずにそう(あざけ)ったあと、ダルレイは顔を真っ赤にした部隊長には背を向け、ほかの兵士を呼びつけてそれを命じた。その男も一瞬ためらう素振りをみせたが、逆らえないと分かりきっているので、すぐに従った。

 ダルレイが部下に鞭を手渡したのを見ると、子供たちはサッと口を閉じた。子供ながらに危機を察したのである。それから互いに身を寄せ合い、近付いてくるその兵士を(おび)えながら見つめた。

 やがて、大柄だがまだ十歳ほどの少年が一人引っ張り出された。

 どんな気丈な子供も、この恐怖には耐え切れないだろう。その少年は、兵士に無理やり手を引かれて泣きわめいた。

 すると突然、その兵士が短い悲鳴を上げた。
 どこからともなく石つぶてが飛んできて、こめかみに当たったのである。

「やめろっ!」

 誰もがハッとした。誰が投げつけたかは、すぐに分かった。その少年は、子供たちの群れから外れたところに、一人で堂々と立っているのだ。

 ダルレイの頭に、いっきに血がのぼった。石をぶつけられた兵士に向かって「おいっ!」とわめき、その少年に指を突きつけて大声でがなりたてる。「あの小僧をここに(ひざまず)かせろ! あいつを鞭打て!」

 兵士は連れていた子供を放し、たった今現れた少年の方へ向かった。



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