19. もう・・・戦えない

文字数 2,250文字

 彼らが戻った時には、レイアスはもう息絶(いきた)えていた。そのことを気にしながらも、みな今は別の一箇所に集まっていた。

 どうしたのか、モイラ以外は・・・。

 モイラは項垂(うなだ)れて、命を落としたレイアスのそばに座り込んでいるのである。 

 戻ってきた隊長を見るなり、タイラーは駆け寄って行った。

 そこでタイラーは、強張(こわば)った顔でこう報告した。
「リーダー、シャナイアが足をやられた。こっちの茂みにも敵がいたんだ。それで、倒れた敵がむやみに振るった剣がシャナイアの・・・。」

 レッドはタイラーの腕をつかみ、彼の傷に目をやった。
「お前の肩は大丈夫か。」

「ケガのうちに入らんさ。今、デュランが()てやっているが・・・。」

「ほかに深手を負った者は。」

「なんとかセーフだ。王女を(かば)ったザイルも。」

 レッドは渋面を浮かべ、シャナイアのそばへ行った。

 デュランが腰を落として、彼女の痛めた足に適切な処置を(ほどこ)していた。右膝から下のズボンの生地は切り取られ、そこから大きな傷口が見えていた。顔面蒼白で痛々しく眉間(みけん)に皺を寄せている彼女のその表情が、傷の具合がどうであるかを静かに訴えていた。

 レッドは、多少医学の心得のあるデュランに目を向けた。デュランは、これまでも中心になって、負傷者の治療に当たってくれていたのである。

 レッドの胸に、嫌な予感が差し込んだ。デュランは明らかに浮かない顔で、厳しい眼差(まなざ)しをしている。

 血を(ぬぐ)うと大きな傷口が現れたが、それよりも、彼女の傷口のあたりの骨を押さえてみて、デュランは眉をひそめていた。彼女が(つら)そうに歯を食いしばったその瞬間、彼は最悪の事態を確信して、これ以上の治療をためらった。

 デュランは、(かたわ)らで見守っているレッドを見上げた。
「リーダー・・・ちょっと。」

 デュランはそう促して、シャナイアから離れた。

 二人は、周りにいるほかの隊員やユリアーナ王女からも少し距離をおいたところで、面と向かい合った。

 レッドは、恐れながらデュランの言葉を待った。

「派手に見える傷口は、実際、浅いもので大したことはない。だが、倒れた敵がむやみに振るった剣で、最初すねのあたりを殴打(おうだ)したらしい。防具のおかげで骨折まではしてなさそうだが・・・。」

 剣は鈍器(どんき)としても利用できる。金槌(かなづち)で足の骨を殴られたようなものだろう。

「つまり、骨を傷つけてるってことか。」

「ああ。これから痛みが増して()れてくるはずだ。まともに歩けなくなるだろう。正直、包帯も余裕があるとは言えない。彼女の足を手当てするには、止血だけでなく、痛めた部位に負荷(ふか)をかけないよう固定する必要がある。彼女をどうする。手当てしてやりたいが・・・治療道具は戦えるようにするための貴重なものだ。彼女はもう・・・戦えない。」

 この二人の様子から、もう、誰もが事態を悟っていた。

 すると、シャナイアが(いさぎよ)い声できっぱりと言った。
「レッド、私をここへ置いて行って。早く行かないと次が来ちゃうわ。足手纏いになるくらいなら、死んだ方がマシよ。」

 レッドは隊員たちの不安そうな顔を見た。みな、どう答えるのかと判断をうかがっているのである。中でも、ユリアーナ王女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 ここに置き去りにすれば敵に見つかり、正確な行路を吐かすために拷問にかけられるかもしれない。そうなれば、彼女はその前に自害するだろう。

 レッドは、デュランに向き直った。
「剣を振るうことはできる。その場の戦いなら、今まで通り姫のそばを守らせればいい。」

「それができたとしても、この先の旅路はどうするんだ。足を動かせば悪化する一方だぞ。すぐにもたなくなる。」

「あと二日。歩かなければ、どうだ。」

「リーダー、何言って・・・。」

「とりあえず止血だけ頼む。」

 どういうことなのか気になりつつも、デュランは言われた通りにシャナイアのそばへ戻り、また止血にとりかかると、一度離れたレッドを見て、今度は薬と包帯を使った。

「ちょっとデュラン、何やってるのっ⁉」

「シャナイア、お前、覚悟決めろよ。」
 デュランは、手当てを続ける自分の手元から目を放さずに言った。

「決めたわよ、だから余計なことしないでっ。」

「そうじゃなくて、根性みせろよって意味だ。きっと、なかなか見捨ててくれないぜ、うちのリーダーは。」

「はっ⁉」

「これがアイアス・・・。いや、レドリー・カーフェイ・・・か。」

 デュランがそう(つぶや)いた時、治療に使えそうなものを探していたレッドが、手に何かを持って戻ってきた。

「これ使えないか。予備の防具だ。」
 レッドはそう言うと、()まり具合を微調整できるスネ当てを差し出した。

「ナイス、リーダー。ちょうどいいよ。」
 デュランはシャナイアの患部にそれを当てて、できるだけきつく締めた。

「やっぱり包帯もいる。もっとしっかり締め付けておかないとダメだ。」

「女の足なら、包帯でなくても縛れる。」

 レッドは言いながら、後頭部に両手を回して座り込んだ。(ひたい)の布を外し、それを黙って彼女の足に巻き付け始めたのである。

「だから何してるの⁉ 私はいいから、放っておいてっ。」
「立てるか。」
「え・・・ええ。」
「まだ動かせるな。」
「あのね、だから何言ってるの⁉ あなた隊長でしょっ! 私は一人で何とかするから、先に行って!」
「使い物にならなきゃ、そうするさ。だがお前はまだ動けるし、必要だ。足手纏いになると思っているなら、一晩で治すんだな。言っておくが、俺はまだお前を捨てる気はない。」
 レッドは曇りのない声と真剣な表情で、淡々と断言した。


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