12. トラブルメーカー ― 2

文字数 1,618文字

 危険の中にあっても、睡眠はとらなければならない。その真夜中には、交代で二人の見張りを立てた。初めの当番は、ブルグとザイルが務めることになった。

 そして、ほかの多くの者が眠りについた頃。

 ブルグは、テントから出てきたらしい人影を見た。女性・・・イリスのようだ。

 そうと気づくと、悪い考えがふと思いついてしまったブルグは、それでも幾らかためらい、自身の中で葛藤(かっとう)をおこしたりもした。だが、限界にきていた不満と、レッドに対する、遥かに年下のくせに生意気でなぜかモテる・・・という身勝手な不快感のせいで、(なか)ば我を忘れてしまった。気付いた時には、もう一人の見張り番であるザイルに、「少しの間任せてもいいか。」と言い、腰を上げていたのである。

 その頃、レッドとスエヴィは、眠る前にすることとして、その日の食料の最終チェックを行っていた。

「よし、そっちはどうだ。」

「大丈夫。傷んでいるものはないし、食事係が上手くしてくれてるみたいだ。まだ充分にそろってるよ。」
 食料品袋に手を突っ込んだままのスエヴィが、中身を丁寧に確認しながら答えた。

「そうか。国境を超えるまでは、もう物資を補充できる場所は無いからな。上手くもたせないと。」

 一行は、この山に入る前に、小さな町や村をいくつか通り抜けてきた。そこで二度、旅の支度(したく)を整え直すことができたのである。だがこのあとは、山と(ふもと)の森を越えても、行く方向には村すら無かった。

「どしゃ降りにさえ襲われなきゃあ、心配ないさ。」

 そうして点検を終えた二人は、中身を整え直して袋の口を締めると、顔を上げて同時に吐息をついた。これで今日一日の作業は終了。

「じゃあ、寝るか。」

 これまで敵の襲来なく過ごせた幸運に感謝しつつ、二人はそう声をそろえた。あとは疲れた体を可能な限り休めるだけだ。そのために、三時間ほど前のくだらない内輪揉めは忘れる。

 ところが・・・!

 右手のずっと奥、かすかだったが、突然そこから聞こえた。

 悲鳴だ。

 二人の顔つきがサッと険しいものに変わる。ということは、気のせいではない。 

 目を見合う前には、共にもう(さや)から剣を抜いて走り出していた。猛然と獣道(けものみち)を突き進み、枝葉(えだは)下藪(したやぶ)の障害物を鮮やかに越えてすぐさま現場へ向かう。

 そして、駆けつけたとたんに、つんのめった。

 真っ先に目に飛び込んできたものが、急所を押さえて前のめりに倒れたまま気絶している大男の姿だったからだ。さらには、そのすぐそばに、後ろ手をついて座り込んでいるシャナイアの姿。

「え・・・。」
 という腑抜(ふぬ)けた声は、駆けつけた二人の口から一緒に漏れた。

「・・・全く、冗談じゃないわよ。」

「何の冗談だ、これは。」
 レッドが唖然(あぜん)としてきいた。

「今・・・悲鳴が聞こえてきたみたいなんだけど・・・こいつの?」と、スエヴィが指先を下へ向ける。

「ああ・・・ちょっとね。襲われたのよ、こいつに。」

「襲われたって・・・襲ったんだろ。気絶してんじゃねえか。」と、レッド。

 気を失っているということは、下だけでなく上(頭)も何かやられたに違いない。

 するとシャナイアは、怒り冷めやらぬ様子で髪を後ろへ振り払うと、そのわけを話した。
「当然の報いよ。イリスが足を怪我しただなんて嘘つかれて、ここに連れ込まれたの。」

「おっかねえ女・・・。」

 スエヴィは、シャナイアという美女を思い知った気がした。なにしろ〝とびっきりのイイ女〟が〝おっかねえ女〟に変わる始末。

「・・・で、レッド、この不届き者をどうする?バカやったら容赦(ようしゃ)しねえんだろ。」

「これだけやられりゃあ、俺がまた制裁(せいさい)を下すまでもないだろ。」

「なるほど、手間が省けたな。」
 この男だけは一生好きにはなれないだろうという思いで、スエヴィは間抜けに卒倒しているブルグを見下ろした。
「その日に、またやらかすとはいい度胸。」

 そのあと、シャナイアとスエヴィを先に戻らせたレッドは、手荒くブルグを目覚めさせると、無言で背中を返した。


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