16. 二刀流の鷲 ― レドリー・カーフェイ

文字数 2,746文字

 レッドとスエヴィは、薄暗(うすぐら)いランタンの明かりを挟んで向かい合っていた。毛布を体に引き寄せて耳をそば立て、会話もなく、ひっそりとした闇を気にしながら、ただ用心深くじっとしている。こうして見張り番を務める時には、平地よりも気温が下がる山中の夜気(やき)は特に身に(こた)える。

 そんな冷気が漂う中に、うっすらと霧がかかる夜だった。頭上の木の葉の間からは星は一つも見えず、夜空は一面雲に覆われていた。 

 スエヴィがふと目を向けたレッドの肩越しに、毛布を羽織ったシャナイアが歩いて来るのが見えた。

 シャナイアはそのまま近付いてきて、レッドの横に立った。

「ごめんなさいね・・・取り乱しちゃって。」

 レッドが見上げると、彼女は悲しみ冷めやらぬ声で言った。

「いや・・・もう、大丈夫か。」

 シャナイアは無理に笑顔を作ってみせ、そのままレッドの隣に座った。

「悪かったな・・・ぶったりして。」

 シャナイアは苦笑混じりに首を振った。

「リーダーのこと・・・本気だったの。」

「え・・・。」

「リーシャが最後に言おうとしたことよ。私、リーダーのこと本気だったの・・・。知ってたのよね、あの子の気持ち。だから、私のせいで最後の告白もできないまま()ってしまったんだって思うと、たまらなくなって・・・。先輩なのに・・・情けない。」

 シャナイアは(ひざ)を引き寄せて、その上に顔を伏せた。

 そう言った彼女の声は、途中から涙声(なみだごえ)になったようにもレッドには聞こえた。

 もともと女戦士の存在は少ないが、傭兵(ようへい)同士の恋愛は本来タブーである。それでも本気で想いを寄せてしまい告白するとしても、どちらかが、普通は女性の方が戦士を辞める気がなければ、それだけで(あきら)めなければならないからだ。互いに傭兵のままでは家庭は築けないし、その後行動を共にできたとしても、互いの死に直面するのを常に恐れ続ければ、精神的に耐えられなくなる。それゆえ秘めたままにする者が多いのだが、そんな彼らでも唯一素直になれる時がある。それが死ぬ時だった。

 レッドは理解した。シャナイアがあの時「ダメよ!」と叫んだ意味を。彼女はリーシャに、これを言わせてあげたかったのだろう。

 レッドは、そのリーシャのことにはどう返せばいいのか分からず、しばらく口を開かなかったが、やがてこう言い出した。
「シャナイア・・・俺にはな、命の恩人が三人もいるんだ。」

 シャナイアは驚いて顔を上げ、レッドの方を向いた。

 レッドは言葉を続けた。
「故郷が敗戦後、町にやってきた敵国の指揮官に歯向かった俺は、みせしめに鞭打たれたあげく殺されかけたことがある。それを助けてくれた人が最初の恩人で、その次は、その時に孤児(みなしご)となった俺を育ててくれた人だ。けど、どっちも俺がまだガキの頃のことで、二人とも今もきっと健在だろう。だが三人目は・・・俺の代わりに死んでしまった。俺の先輩だった。」

 シャナイアはその言葉に驚き、彼を見つめたまま黙って話の続きを待った。
 レッドの方は、ずっと地面に目を向けて話していた。

「だから、その人もアイアスだった。俺に剣術を教えてくれた人だから、師匠であり命の恩人だ。あの時はひどく自己嫌悪に(おちい)ったが・・・俺は、その人に助けられたこの命がある限り、意味のある生き方をしようと思った。助けられたこの命が、その人よりも(おと)るようなら許されないことだって思うようになった。だから、俺は誓った。その人の分まで戦うと。その人はアイアスでも超一流に違いないから、上を行くのは並大抵じゃあないがな。これ以上は・・・悪いけど、話したくはない。」

 シャナイアは、()し目でそう語ったレッドの横顔を見ていた。
 彼は、これまでどれほどの悲運に立ち向かい、乗り越えてきたのだろう・・・そう思うと、シャナイアは、最初レッドを(さげす)んだことを恥じ、後悔(こうかい)した。彼には計り知れない内面がある・・・。彼はきっとチームの誰よりも偉大な男で、隊長を任せられるのも当然のことだったのだと理解した。

「あなたなら・・・きっと越えられるわ。」

「・・・もう、休んだ方がいいぞ。」

「そうね・・・。」

 シャナイアははにかんだような微笑みを返して、立ち上がった。

 彼女が戻って行くとスエヴィはレッドを見たが、いつものように茶化すこともせず、ただどこか切ない笑みを一瞬浮かべてみせただけだった。





 テントの中で、体力の回復を(はか)ろうと静かに目をつむっていたスパイク。だが、(まぶた)の裏には一人の男の戦う姿が焼きついていて、おかげで眠れずに弱り果てていた。それで、もうほとんど眠りかけていた相棒のジョーイの方を向いた。邪魔をしてはいけないと思いつつも、声をかけずにはいられなかった。

「なあ、リーダーの剣捌(けんさば)き見たか。」

「そんな余裕あるかよ。」
 ジョーイは、目を閉じているそのままで答えた。

「俺、リーダーの近くにいたんだけどさ、あいつ両手に長剣持って、代わる代わる敵をほとんど一撃で倒してんだよ、信じられるか?」

「ほんとかよ。」
 ジョーイは目を開け、スパイクの方へ体を向ける。

 これに、同じテントにいたほかの男たちも興味を持って、次々と目を開けた。彼らは仰向(あおむ)けから体を横にして頭を寄せ合い、口々にしゃべりだした。

「俺も見た。しかも全く無駄のない獣じみた身ごなしでさ、攻め入る隙がなくて、ヤツらビビりまくってたぜ。」
 タイラーが言った。

「それでヤツら、いきなり尻尾巻いて逃げ出したってわけか。」
 ジェイクが続けた。

 そのあとジョーイが、「俺、そういえばずっと気にはなってたんだよ、あいつが二本剣を持ち歩いてることにさ。まさか二刀流の(わし)だったなんて、やっぱすげえな、アイアスって。」

(うわさ)以上だな。」と、スパイク。

「俺さ・・・最初あいつのこと見ただけで、顔は生意気そうだし小僧(こぞう)だし、それで上に立たれるかと思うと無性にムカついてたんだけどさ・・・今は、何を命令されても腹が立たなくなったんだよな・・・。」     
 ジェイクが、どこか恥じるような顔で言った。

 するとそこにいる誰もが同じような表情になり、スパイクはこう言った。
「俺は(うたげ)の時にちょっと話したけど、その時にハッとしたんだ。それから思った。こいつ、見かけで(そん)してるなって。あの険しい顔・・・笑うとそうでもなかったんだ。」

 するとタイラーが、「今日・・・リーシャやシャナイアに対してヤツがとった行動を見てさ・・・思っちまったんだ。こいつ・・・ひょっとしたら、いいヤツかもって。」

「俺もだ・・・。」

 そのセリフは、驚いたことにほかの者全ての息が合っていた。

 黙って互いの目を見合う男たち。

 それから彼らは、レドリー・カーフェイという男にことのほか畏怖(いふ)の念を感じつつ、話をそこまでにして頭から毛布をかぶると、眠りにつくことだけを考えようとした。


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