⒕ 二刀流の鷲

文字数 939文字

この騒ぎにも(まゆ)一つ動かさず、一人で酒瓶を開けながら、そのあいだレッドのことを見ていた男がいた。

 娼婦たちがそろってため息を漏らし、うずくまっていた男たちが墓場からよみがえった亡者(もうじゃ)のように起き上がりだした頃、いやに冷静で貫禄(かんろく)あるその男がつぶやいた。

「こんな場所でヤツにまた会えるとはな。二刀流の(わし)に。」

「二刀流の鷲だと?」

 無精髭(ぶしょうひげ)の男が、剣を拾い上げてその向かいの空席にドカッと腰掛けた。あっさりと負かされたせいで、ごまかしきれない不機嫌(づら)をしている。

 すると男は、「あの剣捌(けんさば)きにも気付かないところを見ると・・・」と言い、勝手に同席してきた相手の腰に視線を落とした。
「その剣は見かけ倒しか。」

「なに・・・!」

 無精髭の男は身を乗り出して凄み、これには、ようやく元気になったその仲間たちも憤慨(ふんがい)した。

 だが男は落ち着き払ったまま、そのギラリとした黒い目でねめつけるだけで、連中を黙らせた。

「ヤツは剣奪いの名手さ。やすやすと、ものの見事に相手の剣を()ね飛ばしちまう。まるで手品のようにな。剣術の達人なんてもんじゃない。剣豪(けんごう)の中の剣豪だ。」

「ふんっ、今日は調子が悪かったんだ。いつもなら ―― 」

「聞いてる方が恥ずかしいな・・・。」

 無精髭の男はまた怒って、衝動的に腕を突き出してきた。

 胸倉をつかまれても冷静でいる男は、「まだ()りないのか?」と、いきなり自身の胸をはだけた。

 すると、その逞しい大胸筋に、一筋の大きな傷痕が現れたのである。

 無精髭の男は言葉を失い、思わず手を引っ込めた。ここで気付いた、その男から放たれている威厳と貫禄の、なんと猛々(たけだけ)しいことか。

「これが生き恥に見えるか?」

 男は静かな声で言った。

「俺は剣一つで世の中を渡ってきた。ベルギリアでは、傭兵部隊の指揮官を務めていたほどだ・・・が・・・。」

 男は続きを語らず、ただ指先でその傷痕(きずあと)をなぞると、「幸い軽傷だ。」とつぶやいて席を立った。そして、「ヤツは本物だぜ。むしろ、ここが町中(まちなか)であったことに感謝するんだな。もっとも・・・」とまた言葉を切ったが、最後は去り(ぎわ)に口にした。「ぐずぐずしてていいのか?」

 連中は青くなった顔を見合わせる。

 男は、(こわ)れた物を片付けている店主に声をかけ、カウンターに余分に代金を置いて去った。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み