3. 樹海の暮らし

文字数 1,640文字

 彼らは、樹海の中のわずかな空き地を利用して、小さくとも立派な住居を構えていた。

 壁は丸太を頑丈に組んだもので、屋根にはヤシの葉が()いてある。家の周りには、ぐるりと一周できるデッキ。そして裏には、そこそこ設備の整った調理場と食堂があった。ヤシの葉葺きのログハウスといった、こじんまりとした住処(すみか)だ。それだけではない。このログハウスの後ろには、縄梯子(なわばしご)で登っていける小さなツリーハウスも造られている。大人が何人も手を繋いでやっと一周計れるほどの、大きくて見事な大樹の上にそれはある。下が居間、上が寝室といったところ。

 密林の豊富な樹木からは、椅子(いす)、テーブル、(かご)(うつわ)など、生活に便利な様々なものを作ることができた。

 リューイの育ての親であると共に、師匠であるロブ・ハウエルという老人は、緑溢れるこの環境から、多くの問題の解決方法と、どんな材料の利用方法も見出してきた。彼には薬草の知識もあったし、カミソリの刃となる野草も、魚を気絶させることのできる毒が取れる植物も知っていた。

 ロブは発火法もいろいろと覚え、使いこなすことができた。摩擦(まさつ)で火を起こすのに、火を運搬(うんぱん)するのに、そして灯火用に、どの材が適しているかを熟知していた。とはいえ、ロブは、修行場所にこのアースリーヴェの密林を選んだだけで、完全に自給自足の生活をポリシーとしているわけでもない。現に、リューイの髪を散髪するナイフや、リューイが着る衣服などは、町へ出掛けた際に買ったものだ。

 だが、リューイが服をまともに着ることなど、滅多(めった)にない。普段は、腰みのならぬ腰布を一枚結んだだけの格好で、ジャングルを駆け回っている。全裸の時もあった。リューイが上着からズボンまできちんと着用するのは、(まれ)に町へ出掛ける、そのたった数日間だけである。このおめかしが、リューイは最高に嫌いだ。

 ロブは、土が無くても長い間生きられる、密林の多肉植物や球根植物などを、遠く離れている町まで売りに出掛けることがあった。これらには、町の業者によって、非常に高い値がつけられるのである。観賞用として珍しい物を好む貴族に、さらに高値で売りさばくことができるからだ。

 これらの植物は、密林の奥深くで獰猛(どうもう)な野獣と共存しているため、採取しようものなら命懸けで試みなければならない。だが、ロブには容易(たやす)いことであったし、彼は、経験と知恵だけで得た植物収集の知識と、その優れた腕を持っていた。金など彼らの生活にはほとんど無用のものだが、ロブは、リューイに世間を見せてやりたいという考えと、(もう)けの多くを孤児院に寄付するために、そうするのだった。

 頭上には、リューイの大好きな天の川がこの上なく美しく浮かび上がり、その周りにたくさんの星座が輝いていた。

 リューイはその晩、尻叩き百回という罰を受けた。ロブに、今日の出来事の全てを正直に打ち明け、そのためこっぴどく叱られたのだ。

 瀕死(ひんし)(ひょう)の手当てを済ませたあと、ロブは、海辺へリューイを連れていった。

 その海辺の、断崖(だんがい)から滝が落ちてきて海に流れこむそばに、ロブは囲いの無い風呂を造っていた。掘れば温水が湧き出る場所を利用して造った、野天風呂である。

 大陸各地には、湯を沸かす設備の整った風呂を持つ家庭も少なくはないが、風呂のない家の者は公共浴場へ行く。大陸のほとんどの国に、地中から温水が湧出(ゆうしゅつ)している場所がある。必ずと言っていいほど、国はその温泉を公共浴場に利用し、王家の浴場といえば、温泉を引いているのも珍しくはなかった。

 大工の腕にも()けているロブは、その海の浅瀬(あさせ)に、さらには調理と食事ができるデッキをも作った。完成したばかりのそれは、実はリューイへのプレゼントだ。樹海のログハウスと、その海辺のダイニングキッチンとを、天候や気分、狩猟(しゅりょう)場所などの都合によって、彼らは適当に使い分けている。

 天気のよい日には空いっぱいに広がる、赤や青やオレンジのグラデーションが美しい、その海辺の夕景を眺めながらの食事がリューイは大好きだった。 


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