23. 戦いを止めたもの

文字数 2,965文字

 壮絶な戦いを続けるエミリオとギルベルトのそばには、もはや生きた人間はいなくなっていた。そこでは、めまぐるしい剣の応酬(おうしゅう)が続いていた。大剣を軽々と片腕で操る、華麗なまでの剣捌(けんさば)き。ほぼ完璧な身ごなしの中に、ほんの(わず)かに生じる(すき)をつく、卓越(たくえつ)した鋭い感覚。その抜群の戦闘能力を誰もが肌で感じ取り、それには戦慄(せんりつ)を覚えるほど。ほかの者たちには、とうてい手出しも太刀打(たちう)ちもできない戦いが繰り広げられているのである。

 なんという強さ! 

 互いに、その言葉を(のど)に押しとどめていた。力、技、戦闘における見極め、どれにおいてもまさに互角・・・! 特にギルベルトの方では、自身の戦闘能力についてはかなりの自信を持っていた。そう誇れるだけの努力と鍛錬(たんれん)を、何年も(おこた)ることなく積み重ねてきたのだから。

 なぜだ!

 ギルベルトは揺るぎなく対戦相手の剣を受け止め、胸の内で怒鳴った。

 なぜ、それほどまでに戦うことができる!

 なおも戦いの手を休めない敵の皇子の剣を跳ね返して、攻撃のチャンスを得たギルベルトは、相手の肩口をめがけ、胸中で怒りを(ほとばし)らせながら力強く武器を振り下ろした。

 貴様が相手にしているのは、己の母が愛した国だぞ!

 エミリオは辛うじてそれを(かわ)し、逆に攻撃の白刃(はくじん)(ひらめ)かせた。

 エミリオの目に浮かぶのは、母と共に見てきた貧民街にいる貧しい人々の姿。母を見てさめざめと嬉し涙を流す、そんな彼らの顔だった。

 母上・・・お許しください、私は・・・。

 エミリオは悲痛な声を胸の内で漏らしながらも、精一杯苦悩に耐え、躊躇(ためら)うことなく力の限り戦っていた。

 カシッ、カキーン、ガッ、ガキッ!

 何度も剣をぶつけ合ううち、ギルベルトはその剣先から伝わってくるものに、はたと気付いた。

 残忍で、凶暴な剣ではない・・・。それを振るう度に、相手を倒さんとする低い(うな)り声を上げてはいるが、その心の中では、敵とではなく自分自身と闘っているような・・・ともすれば、しかと受け止めきれなくなるほどの威力を持ちながら、何とも悲しい剣に思えた。   

 すると、その仮面のように崩さない厳しい表情に、ふと寂しさが滲んでいるようにも見えてくる・・・。

 だが、余計なことを考えている場合ではない。この男は、間違いなく本物。気の緩みがたちまち命取りとなる。これは戦争なのだ。

 この男を、倒すことだけを考える!

 ガキッ!

 二つの大剣が鈍い音をたてて絡み合い、共に素早く手を引いた刹那(せつな)、同時に剣を走らせた。

 シュッ!

「うっ・・・!」
「くっ・・・!」 

 互いの剣の切っ先が、相手の腕の装甲の間をかすめていた。

 二人は思わず愛馬を下がらせ、そして、血の滲む自身の腕のかすり傷に目をくれた。

 どちらも肩で息をし、荒い呼吸をつきながら相手を見つめた。兜が重く感じられるようになり、動きが鈍るような気にさえさせた。

 ギルベルトは兜に手をかけ、邪魔だと言わんばかりに頭から取り外した。

 それを見たエミリオも、静かに兜を取った。

 髪を風に(なび)かせて素顔を露にした二人は、どちらも隙を見せることなく、それを邪魔にならない場所まで放り投げた。

 互いにもう幾つもの戦場を踏みながら、これほど死を間近に感じたことなどかつて無かった。いよいよ覚悟を決めねばならぬか・・・共にそう思った。だが、決して(あきら)めはしない。体力の限界による敗北だけは・・・!

 エミリオは剣を構え直しながら、愛馬の馬首を優しく()でた。
「フレイザー、次で決めよう。」

「決着をつけるぞ、リアフォース。」
 ギルベルトはそう愛馬に囁きかけると、剣を構えて猛進をはかり、エミリオ皇子の目の前で力強く振りかぶった・・・!

 ところがどうしたのか、ギルベルトはそれを振り下ろすことなく、そのまま()()るように腕を後ろへ引いたのである。防御(ぼうぎょ)の構えを完璧にとった相手の剣が一瞬 強張(こわば)り、その表情に、初めて妙な躊躇(ためら)いがよぎるのを見て取ったからだ。

 エミリオは、凄まじい覇気(はき)(みなぎ)らせて向かい来るギルベルト皇子を見て、戸惑いもせずに的確な防御の構えをとった。

 その時 ―― !

〝殺シ合ッテハナラヌ・・・。〟

 どこからともなく、声が ―― 。

「なっ・・・。」
 エミリオの面上に、妙な躊躇(ためら)いがよぎった。

〝我ラノ血ヲ受ケ継イダ者タチヨ・・・。〟

 次の瞬間、エミリオは説明のつかない胸騒(むなさわ)ぎに襲われた。そして、無意識のうちに叫んでいたのである。

「下がられよ!」
「なに・・・⁉」

 思わず馬を回したギルベルトは、そのまま素早くリアフォースを後退させた。

 その数秒後のこと。

 突如として不気味な地鳴りが轟いたかと思うと、なんと二人が離れたその場に、地面を切り裂く一本の亀裂(きれつ)が ―― !

 ピシッ・・・ピシッ、ピシピシッ・・・‼
 バキッ、バキバキバキッ・・・‼

「逃げろ!」
「早く下がれ!」

 敵、味方関係なく、あちこちで避難を(うなが)す声が飛び交っていた。

 地震だ・・・!

 ただの地震ではない。ここはだだっ広い広漠(こうばく)たる原野だというのに、逃げろ、下がれ、と叫んでいる者が多くいるのは、そこに大きな地割れができようとしているからである。

 その間にも、身も(すく)み上がる轟音(ごうおん)と共に、大地が真っ二つに分かれ離れていく。

 ゴゴゴゴッ・・・‼

 馬がおののいた(いなな)きを上げ、歩兵たちは立っていられず、剣を投げ出して地面に()いつくばった。激しく揺れながら、グワッ! と口を開けた大地が、おびただしい数の死体を飲み込んでいく。

 ゴッ・・・

 しばらくして・・・揺れは治まった。

 だがそこに、ちょうど国境に沿って数メートルもの距離を(へだ)てる、巨大で深い地割れが出来ていた。

 こんなことが起こりうるのか、神の仕業(しわざ)ではなかろうかという驚愕(きょうがく)のざわめきが起こり、奇異な形で戦いは中断された。誰もが全く信じられないという顔を、また敵も味方も関係なく見交わしている。

 そんな中、エミリオとギルベルトは、はや冷静を取り戻していた。

 二人は、見渡す限り断崖(だんがい)と化したその(きわ)まで馬を進め、この場に突然できた高く切り立つ峡谷(きょうこく)を挟んで、向かい合った。

 この時は共に、一戦士としてではなく、帝国の皇子としてそこに立っていた。

 先に口を開いたのは、エミリオだった。
「休戦を講じるよう提言いたして参る。双方の兵力も、この戦いで(いちじる)しく(おとろ)えた。これ以上争えば、虎視眈々(こしたんたん)と侵略を目論(もくろ)む他国への脅威(きょうい)が薄れよう。」

 ギルベルトはうなずき、すぐに答えた。
「そなたの申すことはもっともだ。では、そのように将軍に伝えるとしよう。最終的な決定は、彼に任せる。双方の最高司令官による話し合いを、隔てられたこの場で願いたい。」

「では、総大将を呼んで参る。」

「待たれよ。」
 馬を回そうとしたエミリオ皇子を、ギルベルトは呼び止めて付け加えた。
「こちら側に残されたエルファラムの兵士は、捕虜(ほりょ)として一時アルバドルへ連行することになろうが、いずれ必ず無事に帰国させる。我らの軍の兵士たちについても、そうされるよう伝えていただきたい。」

「承知いたした。誓ってアルバドルの兵士には危害を加えぬ。」

 二人は同時に、互いの最高司令官のもとへと馬を向けた。

 だがギルベルトは、ふと手綱(たづな)を引いてリアフォースを立ち止まらせると、肩越しに振り返った。

 ギルベルトは、見えなくなるまでエミリオ皇子の背中に目を向けていた・・・。






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