10. 命の恩人

文字数 1,181文字

あくる日の夕方、エミリオは自力で体を起こしてみた。ゆっくりやれば、だいぶ痛みはマシになった。普通に歩くことも、もうすぐできるだろう。ただ、昨日、目覚めて少ししてから気づいたが、ほとんど裸でいた。手当ての包帯と、あとは腰にバスタオルを巻いているだけである。

 これは困った・・・と、エミリオは思案した。着替えが無い。このままでは、どこへも行けない・・・。

 とりえず体調を確認しようと、エミリオは片足をそっと床に付けた。

 気配がして、エミリオは反射的に目を向けた。

 間もなく主人が部屋に入ってきた。(ひげ)をはやしていて、髪も気儘(きまま)に遊ばせているような感じだが、顔は三十代半ばくらいに見える紳士的な人だ。 

 昨夜、エミリオはここで、その彼と改めて会った。助けてもらった時、エミリオは何かを記憶できる状態ではなかったから。そして、自分の都合(つごう)はどうであれ、命の恩人だ。彼がとった行動は称賛(しょうさん)されるべきもので、彼に対してはきちんと感謝しなければならない、と、それについてはエミリオも心から思うことができていた。

「もう、立ち上がってもいいのかい。」
 様子を見に来たウィルは、親しみのこもった笑顔でそう声をかけた。

「ええ。」と、エミリオはぎこちなく微笑み返した。

 主人は手に大剣を持っていた。エミリオは感動した。もともとの着衣は肩を斬りつけられたこともあり、着られないほどボロボロになってしまっていたのだろうと理解したが、剣が無くなっていなかったのは奇跡だと。それに、剣身に巻かれている布をほどいてみれば、幸い折れも()びれもしていない。主人が手入れをしてくれていたようだ。

「しばらくここに居るといい。じゅうぶん回復するまで。もっとも、そのままでは、どこへも行けないだろうが。」と、ウィルは冗談を言った。「君に合う服を用意したから、あとで俺が手伝ってやろう。」

 エミリオの方が背が高く、サイズが違うほど身長差がある。合う服というのは、つまり購入してきたものだろうかと、エミリオは気になった。恐らく・・・きっと、そうだ。そのお金を、家族のために使うこともできるのに・・・。

 エミリオは顔を曇らせ、そして、笑顔を崩さない主人の瞳を(のぞ)きこんだ。発見してもらえた時、彼はどう思っただろうと。

 だが、帝都から離れたここなら、顔は知られていない・・・と、心配になりながらも内心ほっとしていた。夫人にしても、これまで、そんな素振りは全く見られないから。肩を斬りつけられて川に落ちたというさまは明らかに異常だが、顔を知られていないのなら、どう取られても気づかれることはないと、そう思った。

 そのあと主人に(うなが)されて、エミリオは再びベッドに横になった。

「無理はしない方がいい。」

 主人は優しい微笑を残して、やがて部屋を出て行った。

 見透(みす)かされている・・・密かに去ろうとしていることを。エミリオは思いとどまった。

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