11. トラブルメーカー ― 1
文字数 2,634文字
辺りは間もなく、緊迫した夜の闇に閉ざされようとしていた。だが、枝葉 が夜風に吹かれてカサカサとたてる音は、少し前から、ある男の慌てふためいている声によって掻き消された。ほかの者たちはその姿に驚くやら、困り果てるやらで、とにかく静かにさせようと懸命に宥 める者もいれば、ただただ呆れ返って見守るばかりの者など様々。
中でも、イライラを募 らせていた癇癪 持ちのブルグの堪忍袋は、限界に達していた。そしてとうとう、武器の手入れにいそしんでいた彼は弾 かれたように立ち上がるや、足を踏み鳴らしてその男ロイに近づき、あたまから怒鳴り散らしたのである。
「うるせえ、いつまで騒 いでんだ!」
「お前には分からねえんだよ、あれの価値が!」
透かさずそう切り返すロイの顔は、まるでこの世の終わりを見たかのようだ。
「分からねえな! そんなもんに頼るなんざ、どうかしてるぜ!」
「あれは、俺と共にいくつもの戦場をくぐり抜けてきたんだ! 俺は、どんなピンチも、あれのおかげで奇跡的に助かってんだよ!」
「お前は、どこの宗教訓練所から来たんだ!」
「なんだとお!」
ロイの拳 が勢いよくブルグの頬 に飛んだ。それをサッと避 けたブルグは、逆に一撃をお見舞いした。ロイはそれに耐えると、すぐさま相手の体をめがけ肩から突進。そのうち二人は、互いにつかみかかりながらの殴 り合いを始めてしまった。
その姿に、どうしようもなく焦 りだしたのはスエヴィである。一応、この場を任されているからだ。レッドは顔に似合わず人一倍気の優しい男だが、こんなバカ野郎たちなど一発で黙らせることができるほど強いのである。ヤツが戻ってくる前に、なんとしてもこの事態の収拾をつけなくては・・・。
スエヴィは、自分にはこの喧嘩 を止めることはできても、任務を忘れて騒ぎを起したこの愚 か者たちにカッとなった時のレッドを、止めることはできそうにないと思った。
「おいおい、いい加減にしないと、リーダーの大目玉を食らうぞ。ヤツを本気で怒らせたら――。」
「喧嘩か。」
背後で、レッドの険しい声がした。
スエヴィはぎょっとして、振り返った。
数歩後ろにいるのはやはり、今戻ってきたばかりのレッド。腕を組んで、激しくつかみ合う二人の男をじっと見据 えている。明らかに穏やかならない見幕で・・・。
「レッ・・・⁉ あ・・・っと、その・・・、言っておくが、俺は一応止めたからな。」
「おい止めろ。」
つかつかと出てきてスエヴィの隣に立ったレッドは、低い声で言った。
だがそれを、ブルグとロイは無視した。二人は一向に聞く様子もなく、白熱してひたすら殴り合いを続けている。
「止めろって。」
レッドは、今度は苛立 たしげに言い放った。
すると、ぴたりと喧嘩が止んだ。
しかし束 の間だった。
意外だと思い、レッドの怒りがせっかく冷めかけた次の瞬間、ブルグがキッと睨 みつけてきてこう怒鳴ったのだ。
「うるせえっ!この青二才が!」
「そうだ、俺より八つも年下の分際で!」と、ロイもいきり立って続けた。
そこで二人は声をそろえる。
「大人の喧嘩だ、黙って見てろ!」
そして、レッドの見ている前で、構わず第二ラウンドのゴングが鳴った。
この男に対してとんでもない悪口、特にブルグの発言には〝ひいいっ⁉〟と心の中で絶叫してしまったスエヴィは、おずおずとレッドの顔色をうかがう。
レッドは凄まじく睨 みを利 かせて、口を真一文字に結んでいる・・・。
スエヴィは腰を引きながら、「レ・・・レッド・・・落ち着け、な、落ち着け。」
その間にもロイがブルグの左頬 を殴りつけ、ブルグがロイの顎 に仕返しをした。
「止めろってえ・・・」
レッドの口から唸 るような声が・・・。
「落ち着け、レッド!」
「言ってるだろうがあっ‼」
スエヴィの叫び声を、レッドの怒声 が呑み込んだ。
それには、誰もが思わず竦 み上がるほどの迫力があり、何人かがビクッと肩を上下させた。だが何より驚いたのは、左右の腕を連続で突き出したレッドは、二人の体が一緒に大きくよろけるほどの罰を、一瞬のうちに与えていたのである。レッドは手加減していたが、ブルグもロイも、まともに食らったその鉄拳の威力には目玉が飛び出そうになるほどだった。
続いて、レッドの両腕は、どうにか足を踏みしめながらも唖然 としている二人の胸に伸びた。そして胸倉をぐいと引き寄せ、何の苦もなく一緒にねじり上げたのだ。
ブルグもロイもたまげた呻 き声を上げ、ほかの隊員たちは一斉に目をみはった。レッドは、がっちりと体格のいい男二人を同時に、それぞれ片腕で軽々と持ち上げているのだから。
「だから忠告・・・警告にすべきだったか。」
スエヴィはゆるゆると首を振った。
「いいか、この戦場で俺がリーダーをしてる限り、バカやってると容赦 しねえからな!」
眉間 にきつく皺を寄せているレッドは、物凄いドスを利かせて言った。
「わわわ、分かった、分かったから下ろしてくれえっ。」
足が届かないほど持ち上げられているロイが、苦しそうにわめいている。
「も、もうしねえから・・・。」と、大男のブルグはつま先が地面に付いているものの、レッドの鬼のような形相 にぞっとして言った。
「あいつ・・・ほんとに一体・・・。」
一方の隊員たちは、驚愕 しながら何やら口々にささやいている。
十秒ほどして二人を下ろしてやり、また両腕を組んで一人ずつ睨みつけたレッドは、それから怒りを逃がすかのような息の吐き出し方をした。
「で・・・原因は何なんだ。」
レッドは努めて冷静に問う。
「こいつが、お守りを落としたって騒ぎやがるんだよ。」
ブルグは横目にロイを見てそう答えた。
「ああ、俺はもう終わりだ。」
「どこが大人の喧嘩だ・・・。」
スエヴィは後ろで呆れている。
するとレッドが、ズボンの後ろポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
「お守り・・・って、こんなヤツか?」
間もなくそこから出てきたものは、小さな飾りがついた手首に掛けられるほどの鎖だ。
「ああっ⁉ あった!どこにっ。」
とたんに目を大きくしたロイは、歓声を上げてそれに飛びついた。
「そのへん。」
ほとほと呆れ返って、レッドは適当な地面の上をいい加減に指差してみせる。
ロイは鎖の飾りにキスをして、それを両手で握り締めながら、天に向かって祈りを捧げた。
「いやあ、リーダー助かったよ。これで気がかりは無くなった。」
「気がかりが増えた・・・。」
思いやられて、レッドはか細くつぶやいていた。
中でも、イライラを
「うるせえ、いつまで
「お前には分からねえんだよ、あれの価値が!」
透かさずそう切り返すロイの顔は、まるでこの世の終わりを見たかのようだ。
「分からねえな! そんなもんに頼るなんざ、どうかしてるぜ!」
「あれは、俺と共にいくつもの戦場をくぐり抜けてきたんだ! 俺は、どんなピンチも、あれのおかげで奇跡的に助かってんだよ!」
「お前は、どこの宗教訓練所から来たんだ!」
「なんだとお!」
ロイの
その姿に、どうしようもなく
スエヴィは、自分にはこの
「おいおい、いい加減にしないと、リーダーの大目玉を食らうぞ。ヤツを本気で怒らせたら――。」
「喧嘩か。」
背後で、レッドの険しい声がした。
スエヴィはぎょっとして、振り返った。
数歩後ろにいるのはやはり、今戻ってきたばかりのレッド。腕を組んで、激しくつかみ合う二人の男をじっと
「レッ・・・⁉ あ・・・っと、その・・・、言っておくが、俺は一応止めたからな。」
「おい止めろ。」
つかつかと出てきてスエヴィの隣に立ったレッドは、低い声で言った。
だがそれを、ブルグとロイは無視した。二人は一向に聞く様子もなく、白熱してひたすら殴り合いを続けている。
「止めろって。」
レッドは、今度は
すると、ぴたりと喧嘩が止んだ。
しかし
意外だと思い、レッドの怒りがせっかく冷めかけた次の瞬間、ブルグがキッと
「うるせえっ!この青二才が!」
「そうだ、俺より八つも年下の分際で!」と、ロイもいきり立って続けた。
そこで二人は声をそろえる。
「大人の喧嘩だ、黙って見てろ!」
そして、レッドの見ている前で、構わず第二ラウンドのゴングが鳴った。
この男に対してとんでもない悪口、特にブルグの発言には〝ひいいっ⁉〟と心の中で絶叫してしまったスエヴィは、おずおずとレッドの顔色をうかがう。
レッドは凄まじく
スエヴィは腰を引きながら、「レ・・・レッド・・・落ち着け、な、落ち着け。」
その間にもロイがブルグの
「止めろってえ・・・」
レッドの口から
「落ち着け、レッド!」
「言ってるだろうがあっ‼」
スエヴィの叫び声を、レッドの
それには、誰もが思わず
続いて、レッドの両腕は、どうにか足を踏みしめながらも
ブルグもロイもたまげた
「だから忠告・・・警告にすべきだったか。」
スエヴィはゆるゆると首を振った。
「いいか、この戦場で俺がリーダーをしてる限り、バカやってると
「わわわ、分かった、分かったから下ろしてくれえっ。」
足が届かないほど持ち上げられているロイが、苦しそうにわめいている。
「も、もうしねえから・・・。」と、大男のブルグはつま先が地面に付いているものの、レッドの鬼のような
「あいつ・・・ほんとに一体・・・。」
一方の隊員たちは、
十秒ほどして二人を下ろしてやり、また両腕を組んで一人ずつ睨みつけたレッドは、それから怒りを逃がすかのような息の吐き出し方をした。
「で・・・原因は何なんだ。」
レッドは努めて冷静に問う。
「こいつが、お守りを落としたって騒ぎやがるんだよ。」
ブルグは横目にロイを見てそう答えた。
「ああ、俺はもう終わりだ。」
「どこが大人の喧嘩だ・・・。」
スエヴィは後ろで呆れている。
するとレッドが、ズボンの後ろポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
「お守り・・・って、こんなヤツか?」
間もなくそこから出てきたものは、小さな飾りがついた手首に掛けられるほどの鎖だ。
「ああっ⁉ あった!どこにっ。」
とたんに目を大きくしたロイは、歓声を上げてそれに飛びついた。
「そのへん。」
ほとほと呆れ返って、レッドは適当な地面の上をいい加減に指差してみせる。
ロイは鎖の飾りにキスをして、それを両手で握り締めながら、天に向かって祈りを捧げた。
「いやあ、リーダー助かったよ。これで気がかりは無くなった。」
「気がかりが増えた・・・。」
思いやられて、レッドはか細くつぶやいていた。
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