16. 行商人一行と共に

文字数 2,133文字

 下を向いて苦しそうなエミリオのそばに、盗賊から救われた者たちがみな、興奮しながら駆け寄ってきた。

「素晴らしい!」
「すごいな。」
「君は何者。」

 浴びせられる称賛の声に何と答えたらいいのか分からず、声を出すのも辛くて、エミリオはただ(ゆが)んだ顔を上げただけだった。

 口を閉じた一行は、一様(いちよう)に心配そうな表情になる。

「お前さん、何日もろくに食事をしていないな。さあ、こっちへ。お礼をさせてくれ。」
 主人は手を差し伸べ、エミリオを優しく引っ張り起こした。

 そのままエミリオは(ほろ)馬車の荷台へと誘われた。

 中へ入ると、整然と並ぶいくつもの木箱などに囲まれた。ほとんどが宝飾品で、それらを制作する小売業者へ(おろ)す貴金属も扱っているという。それに、岩塩や香辛料。

 主人は、彼を空いている場所に座るよう促すと、脱水症を心配して、まずは丁寧に水を飲ませた。そのあいだに、年上らしい方の若者が食べ物を運んできた。

 パンや干し肉といった携行食の盛り合わせが、弱って力無い青年の手元に置かれた。先ほどの俊敏(しゅんびん)に戦っていた姿が嘘のようだ。

「ゆっくり食べるといい。少しずつ()らしながら。さあ、食べなさい。」

 素直にほどこしを受けることにしたエミリオは、ぎこちないながらもパンに手を伸ばした。

「いつもなら比較的安全な大街道をまっすぐ進むんだが、たまたま寄るところができてね。ちょっと本線を外れたら、この様だ。ほんとに助かったよ。」

 主人は彼のそばにいて、明るい声でニコニコと喋りだした。

「それにしても、よくこんな体で・・・。」

 急に深刻な声になった主人のその目は、エミリオの()せた顔、それに筋肉が落ちた腕や首まわりを見つめている。

「どこへ行く?」

 エミリオは食べる手を止め、静かに腕を下ろした。
「決めていません・・・とりあえず、南の方へ・・・遠くへ。」

 その妙な返事に、主人はやや困惑した。屈強であることは分かったが、その恰好からは、さすらいの傭兵(ようへい)というようでもないし、それどころか放ってもおけない雰囲気があった。

「それなら、良ければ一緒に来てくれないか。君を用心棒として雇いたい。」

 用心棒・・・用心棒とは護衛のこと。自分にもそういう存在がいた。近衛兵(このえへい)という・・・。

 以前は守られる立場だったエミリオは、何だか妙な気持ちになった。だが必要とされていると思うと、正直、少し嬉しかった。そして、そんな気持ちになれたことに驚いた。とにかく、しばらくは生きる意味を感じていられる。

 エミリオは、おどおどと一つうなずいた。

「そうか、ありがたい。」

 主人は旅仲間たちと顔を見合って、嬉しそうに言った。

「じゃあ、横になって休みなさい。まずはその体を治してもらわないと。」

 クッションを手に取った主人は、若い一人に毛布を持ってきてくれるよう頼んだ。

「体力をつければ、君はきっと、もっと強くなれるんだろう。ところで、君はどこで何を ―― 」

「父さん・・・。」と声をかけた色白の青年は、唇に指を当ててみせる。それから持ってきた毛布を広げて、エミリオにかけた。「彼がゆっくり休めない。」

 主人は肩をすくめた。

「そうだ、名前だけきいておこう。俺はマルコ。そして長男のハンスと、次男のニールだ。君は?」

「あ・・・私・・・。」

 エミリオは戸惑いながら少し考えた。偽名(ぎめい)を使うべきだろうか。だが、すぐには思いつかない。それに、下手に何も言わない方がいいのでは・・・という気もした。

「どうした?」

「いえ・・・その・・・。」

 なんだか気まずい空気で、その場はしばらくシンとなった。

 主人は少し顔を引いて、その美貌(びぼう)の剣士の頭から足先まで(いぶか)しげに眺める。旅人のようだが外套(がいとう)も着ず、いやに薄着で、大剣以外の用意がない。これはおかしい。記憶喪失か? そうとも取れるなりをしているし・・・。

「・・・すみません。」
 この一言で済ませたいと思い、エミリオはとりあえず謝った。

 話しはできるし、戦い方も知っている。軽度の健忘(けんぼう)だろうか・・・。どちらにしろ、事情や境遇といったものは何も答えることができないらしい・・・と、主人は察した。

「ああ、いい。問題ない。じゃあ、何かあだ名で呼ぶとしよう。」

 主人は、この謎めいた青年のことを何と呼ぶかについて、一緒にいるほかの者たちと相談をした。

 その様子をはたから見ながら、エミリオは内心落ち着かないながらも黙って待った。

 間もなく呼び名が決まった。それは一番若いニールがつけてくれた。

「サムエル。」と、主人は笑顔でそれを伝えてきた。「どうだ、ぴったりだろう。背が高くてハンサムで・・・ええっと、戦えたかどうかまでは知らんが、とにかく響きが君の容姿によく似合っていると思わんか。」

 周りにいるほかの者たちも、納得したようにうなずいていた。あだ名というより、もはや普通に個人名のそれに。

 一方、そう命名されたエミリオは面食らった顔をした。その人のことは、とある書物を読んで知っている。

 つまり、サムエルというのは、神話の中の有名人だ。もっと説明すれば、昔、神と人間が共存していたこの大陸に生き、彼は霊能力者で予言もできた。そして指導者となり、その的中率の高さから神の子とまで言われた人物だが、実在したかどうかは曖昧(あいまい)だ。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み