⒌ ネル孤児院の子供たち

文字数 2,226文字

 頭の横から、しきりに小鳥のさえずりが聞こえる。ああそうか・・・ここは森の中だった。

 レッドは、うっすらと目を開けた。信じられないほど体調が良くなっている。楽に背中を起こすことができ、両腕を突き上げて伸びをした。

 自分のいるベッドにイヴが顔をつけて眠っている姿を見たのは、それからだった。

 レッドが、夜中に彼女と会話をしたことを思い出しながら見つめていると、しばらくして彼女も目覚めた。

 のろのろと頭を上げたイヴは、彼に見られていたことに気付いて目をこすった。

「・・・おはよう。」

 レッドは静かな声をかけ、照れくさそうな笑みを浮かべた。

「おはよう。気分どう? よくなったでしょう。」と、イヴもほほ笑み返した。

「ああ、おかげで嘘みたいに。」

「よかった。」

 レッドは、朝の光が射し込んでくる窓から、外を見た。不意に、声が聞こえてきたからだ。快活そうな子供たちのはしゃぐ声が。

「来たわ。」
 イヴは悪戯(いたずら)っぽい微笑を浮かべる。
「あの子たちよ。」

捕虜(ほりょ)にされるかな。」
 レッドは、この住居にただ一つだけのドアを見た。

 間もなくそこに現れたのは、五人の少年。見た感じ年齢に差は無さそうで、十歳か、それくらいという年頃の子供たちだ。

 その少年たちは、レッドを見ると驚いたように目を丸くして、言葉もなくその場に突っ立っていた。

 やがて、ヴァルが誰よりも先に口を開いた。
「隊長、不法侵入者です。」と。

 すると、ゼノがすぐに調子を合わせた。
「何者だ。報告せよ。」

「ええっと・・・病気のようです。でも、お姉ちゃんを人質に取られました。」

 レッドとイヴは、顔を見合って一緒に笑い声をあげた。

「降参。」と、レッドは軽く両手を挙げる。

「隊長、降参しました。」と、ロビン。

「よし、捕虜にして食事を与えろ。」

 ゼノは、林檎とパンが入った籠を持っているティムを振り返って、そう命じた。

 ティムは(かご)の中から丸い胚芽(はいが)パンを取り出して、レッドに見せた。

「こんなのでよかったら食べる?」
「それ、朝飯か昼用じゃないのか。」
「お兄ちゃん病気だろ?」

 レッドと少年は、目を見て微笑み合った。

 つかみ取ったパンを差し伸べながら、病気の青年に近づいていくティム。そうしてイヴの背後を回り、枕元に来た時だった。

「あっ!」と叫んで目をみはったティムが、とたんにこう(わめ)いたのである。「アイアス!お兄ちゃん、アイアスだろ⁉」

 すると、たちまちほかの子供たちも騒ぎだして、レッドの周りに殺到した。

「え・・・なに?」
 イヴは一人わけが分からず、戸惑った。

「アイアスだよ、正式にはアイアンギルス。知らないの? 大陸最強の称号を得た戦士の(かがみ)。一万人に一人っていう合格率で選び抜かれる男たちのことだよ。」

 大人びた雰囲気で利口なアレックが、呆れたというようにそう教えた。

「伝説の勇者だよ。」と、それにロビンが付け加えた。

「ふうん・・・。」
 イヴは、苦い笑みを浮かべているレッドに、何か言いたげな視線を向ける。
「たいした者じゃあない・・・ね。」

「うわあ、本物の剣だ!かあっこいい!」

 ベッドの横に立て掛けてある二本の剣を見つけて、ティムがはしゃいだ。すると、ゼノがそれを見せろと手を伸ばし、ほかの三人もよこせよこせと騒ぎだす。

 レッドが困ったように様子を見ていると、案の定、そのうちゼノが(さや)から白刃を引き抜こうとしだしたので、「ああダメだ、危ないから。」とあわてて言い、身を乗り出した。「ほら、貸して。」

 聞き分けがよく、ゼノはすぐに剣を返して言った。
「お兄ちゃん、起きられるようになったら教えてよ。」

 これを聞いたレッドは、思わず顔を曇らせていた。
「戦士になりたいのか。」

「ううん。」と、ゼノは首を振った。「ただ強くなりたいんだ。強くなって、もし悪い奴らがやってきたら、みんなを俺が守ってやるんだ。」

「僕だって。」と、透かさずアレックが言い、「俺もいるぞっ。」とティムがわめいて、ヴァルとロビンもそれに続いた。

 この子たちは、戦争で家族を失ったのだろうか・・・と、レッドは考えた。同時に、脳裏に子供の頃の悲惨な記憶がよみがえった。無力で耐えるしかできなかったあの日、ひどく(みじ)めな思いをした・・・。

 だが、人を殺す(すべ)を知ることを悲しいと思い、力で対抗することが正しいかどうかと、疑問に思う時がある。しかし悪は栄えさせてはならない。悪に制圧されては、世の中は悪くなる一方だ。そう思い、アイアスとしてやってきた。世の中を良くするには、正しい者が優位でなければならない。

 そして、失いたくないものを守りたいだけという子供たちの熱意からは、強い正義感が伝わってきた。

「そうか・・・。」とつぶやいて、レッドは寝台から足を下ろした。「よし、じゃあ行こう。今、教えてやるよ。」

「え、大丈夫?」
 ヴァルが気使わしげな声をかける。

「俺を誰だと思ってる。」
 レッドはニヤッと笑った。

 少年たちは顔を見合い、声をそろえて大いに喜んだ。それから、たちまち外へ飛び出して行った。

 レッドはゆっくりと立ち上がった。もうふらつくことなく、しっかりと立っていられた。深呼吸をしてから歩きだしたレッドは、子供たちのあとについて明るい光の中へ出た。

 上手く回復したことを確かめたイヴも、安心してすぐあとを追った。そして一歩外へ出ると、頭上に手をかざして(まばゆ)い光を(さえぎ)った。

 今朝は快晴。

「よかった。今日はいい天気だわ。」

 ()み切った青空に向かって、イヴはほほ笑んだ。

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