29. 強行突破
文字数 2,594文字
そのレッドは駕籠 の方へ歩み寄ると、こう告げた。
「王女、手すりをしっかり握っていてください。敵の間を強行突破します。」
ユリアーナもうなずいた。彼らを信じ、彼らと運命を共にすると覚悟を決めて。
「分かりました。」
再び先頭に立ったレッドは、「まだ早いだろ、ホークとイリス。」と言うと、隊員たちを振り返った。
「二人はさっき言ったことを、国境を越えてからもう一度言うこと。そしてほかの全員、きちんとそれを聞くように。」
レッドはそこでニヤッと笑ったが、すぐに真顔に戻ると、切実な声でさらに言葉を続ける。
「いいか、これは命令だ。約束してくれ、もう一人も死ぬな。」
「そうだ、ここまで来て殺 られてたまるか!」
ジュリアスがわめいた。
「今夜は祝い酒だ!」
スエヴィは腕を突き上げて叫んだ。
「おお!」
息を合わせてそう雄叫 びを上げると、みなは武器以外の荷物を全て、一旦その場に下ろした。国境はもう、すぐそこだ。王女を無事に引き渡すことさえできれば、荷物などあとでいい。
そして身軽になったところで、一斉に剣を引き抜く。
ついに動きだした敵の部隊が丘を駆け下りてきた。襲撃をしかけよとの命令は今、下されたようだ。
「自分の持ち場は死に物狂いで死守しろ! 殺られるな、行くぞ!」
レッドも声を張り上げて士気を上げ、隊員たちを引き連れてまっしぐらに走り出した。
敵の群れが、左右からいよいよわっとばかりに押し寄せてくる。それらはいち早く行く手を阻 もうとするが、先頭をゆくレッドが見事に突き破り、血路を開いていった。あとに続く者たちも果敢 に剣を振り回して、敵を蹴散 らしながら走った。
彼らは一体となって、互いに邪魔にならない程度の距離を見事に保ち続けた。誰も彼もがこれまで以上に熱く、荒々しく武器を振るっていた。
今や思いは一つ。任務をまっとうし、誰も死なせない。
若い隊長に影響され、隊員たちは、この時初めて意図 した以上に仲間を大切だと思い、強い絆 を感じ合った。これまで多くの戦場に立ち、〝戦い〟を知っている彼らの中に、初めて抱くような新鮮な感情が生まれた。それはもしかすると、戦士としては身を滅ぼしかねない、愚かで不適当なものかもしれない。
だが、今日この時だけは、レドリー・カーフェイという男のもとにいるあいだは、その気持ちを大事にしたいと誰もが思った。
レドリー・カーフェイ・・・その男は、過酷な決断を迫られる戦場において、それができながらも安易に決めず、卓越した技能、身体能力、自身に備わる全てをもって可能な限り隊員を生かし、結果、必ずや勝利を導く男・・・と、みなは理解して、信じた。
彼らのその覇気 は、一種のオーラを放っていた。それが巨大な脅威となって敵を圧倒した。
だが敵にとっても最後の賭けであり、敵の部隊は左右から一心不乱に襲いかかり、弾き飛ばされてもなお執拗 に追いかけてきては、憑 かれたように乱打の剣を繰 り出してくる。
いくら気持ちだけは突っ走っていても、駕籠を担いで走る二人に合わせていては、敵の勢いを振り切ることはできなかった。そのため、新手にすぐに前へと回りこまれてしまう。しかし、それでよかった。道を塞 ごうとすればするほど、まんまとレッドの思う壺にはまることになる。むざむざ殺されに行くようなものだ。
いっときも止まるわけにはいかないので、急所を狙っての致命傷を与えるのは難しい。誰もが立派に応戦しているものの、その動きは、攻撃を受け流したり弾き返すばかりで、先手を取り、相手を離脱させることができている者は、早業 を得意とするスエヴィやジュリアスなどわずか。
ほとんどそんな凌 ぐ戦いをしている中で、先頭をきって走るレッドだけは、確実に向かい来る敵全ての体に刃を斬りこみ、深い傷を負わせているのである。
その手にかかった敵は、耐えきれずに絶叫を上げながら、次々と倒れ込む。体をくの字に曲げて転がった同胞を避 け損 ない、思わず踏みつけた者のせいで、さらに数人の敵がもつれ合いながら、仲間を道連れにひっくり返る羽目になった。
そこでためらって身を引いたおかげで、とばっちりを食らわずに済んだ一人が、その混乱の中、あるものを瞬時にとらえた。
それは、敵の指揮官の額 にある刺青 。
男は目を疑ったが、驚く前にもう、「ヤツはアイアスだ、近付くな!後ろから崩せ!」と叫んでいた。
「させるか!」
レッドは身をひるがえして、いきなり列から外れた。
「リーッ⁉」
すぐあとに続いていたジュリアスが仰天 して、思わず叫びそうになる。
「構わず走れ! 隊形を崩すな!」
「真っ先に離れたくせに。」
ブルグがぼやいた。
「ヤツならすぐに追いつくさ。」と、スエヴィ。
ここぞとばかりに、敵が剣を振りかざす。
「ヤツが抜けたぞ、今だ!」
「なめんな!」
そう声を合わせると、スエヴィとジュリアスは連携して、レッドの代わりを見事に務め始めた。神がかり的な早業 をしかけるこの二人が、息もぴったり合わせることさえできれば、敵を排除するのも難しくはない。二人は代わる代わる刹那 に剣をなぎ払い、目の前に次々と現れる敵の四人を、瞬 く間に斬り捨てていたのである。
「くそっ、強い。」
「なんてチームだ。」
敵のある者は目をみはって絶句し、ある者は苛立 ちも露 に言い放つ。これが傭兵 、何よりも戦闘能力に絶対の自信を持つ者たちの実力、精鋭部隊の底力・・・! 今更ながら思い知らされた。そう、少なくとも男たちは全員、幾多 の修羅場 を実力でくぐり抜けてきたエリート戦士なのである。
一方、後ろへ回りこんだレッドは、女戦士たちを励ましながら戦い、その攻撃が薄くなると前へ戻って行ったが、再度先頭に着くことをしなかった。
この場合、敵の手にかかれば列を乱し、そのままフォーメーションを壊しかねない先頭に比べて、倒れても比較的邪魔にならずに済む後ろに腕の劣 る者・・・つまり、女戦士たちを置く。それは当然のことだったが、敵に背中を見せることになるので、そこは死に近い場所でもある。そこに目をつけられたとなると、ほかにも周りを一流のベテラン戦士で固めてあるとはいえ、放ってはおけなくなる。レッドは、もう一人も死なせるつもりはないのだから。それに、レッドには後ろが気になる理由がもう一つあった。先ほどまでしばらく後部についていて、ついにその時がきたことを悟っていたのである。
「王女、手すりをしっかり握っていてください。敵の間を強行突破します。」
ユリアーナもうなずいた。彼らを信じ、彼らと運命を共にすると覚悟を決めて。
「分かりました。」
再び先頭に立ったレッドは、「まだ早いだろ、ホークとイリス。」と言うと、隊員たちを振り返った。
「二人はさっき言ったことを、国境を越えてからもう一度言うこと。そしてほかの全員、きちんとそれを聞くように。」
レッドはそこでニヤッと笑ったが、すぐに真顔に戻ると、切実な声でさらに言葉を続ける。
「いいか、これは命令だ。約束してくれ、もう一人も死ぬな。」
「そうだ、ここまで来て
ジュリアスがわめいた。
「今夜は祝い酒だ!」
スエヴィは腕を突き上げて叫んだ。
「おお!」
息を合わせてそう
そして身軽になったところで、一斉に剣を引き抜く。
ついに動きだした敵の部隊が丘を駆け下りてきた。襲撃をしかけよとの命令は今、下されたようだ。
「自分の持ち場は死に物狂いで死守しろ! 殺られるな、行くぞ!」
レッドも声を張り上げて士気を上げ、隊員たちを引き連れてまっしぐらに走り出した。
敵の群れが、左右からいよいよわっとばかりに押し寄せてくる。それらはいち早く行く手を
彼らは一体となって、互いに邪魔にならない程度の距離を見事に保ち続けた。誰も彼もがこれまで以上に熱く、荒々しく武器を振るっていた。
今や思いは一つ。任務をまっとうし、誰も死なせない。
若い隊長に影響され、隊員たちは、この時初めて
だが、今日この時だけは、レドリー・カーフェイという男のもとにいるあいだは、その気持ちを大事にしたいと誰もが思った。
レドリー・カーフェイ・・・その男は、過酷な決断を迫られる戦場において、それができながらも安易に決めず、卓越した技能、身体能力、自身に備わる全てをもって可能な限り隊員を生かし、結果、必ずや勝利を導く男・・・と、みなは理解して、信じた。
彼らのその
だが敵にとっても最後の賭けであり、敵の部隊は左右から一心不乱に襲いかかり、弾き飛ばされてもなお
いくら気持ちだけは突っ走っていても、駕籠を担いで走る二人に合わせていては、敵の勢いを振り切ることはできなかった。そのため、新手にすぐに前へと回りこまれてしまう。しかし、それでよかった。道を
いっときも止まるわけにはいかないので、急所を狙っての致命傷を与えるのは難しい。誰もが立派に応戦しているものの、その動きは、攻撃を受け流したり弾き返すばかりで、先手を取り、相手を離脱させることができている者は、
ほとんどそんな
その手にかかった敵は、耐えきれずに絶叫を上げながら、次々と倒れ込む。体をくの字に曲げて転がった同胞を
そこでためらって身を引いたおかげで、とばっちりを食らわずに済んだ一人が、その混乱の中、あるものを瞬時にとらえた。
それは、敵の指揮官の
男は目を疑ったが、驚く前にもう、「ヤツはアイアスだ、近付くな!後ろから崩せ!」と叫んでいた。
「させるか!」
レッドは身をひるがえして、いきなり列から外れた。
「リーッ⁉」
すぐあとに続いていたジュリアスが
「構わず走れ! 隊形を崩すな!」
「真っ先に離れたくせに。」
ブルグがぼやいた。
「ヤツならすぐに追いつくさ。」と、スエヴィ。
ここぞとばかりに、敵が剣を振りかざす。
「ヤツが抜けたぞ、今だ!」
「なめんな!」
そう声を合わせると、スエヴィとジュリアスは連携して、レッドの代わりを見事に務め始めた。神がかり的な
「くそっ、強い。」
「なんてチームだ。」
敵のある者は目をみはって絶句し、ある者は
一方、後ろへ回りこんだレッドは、女戦士たちを励ましながら戦い、その攻撃が薄くなると前へ戻って行ったが、再度先頭に着くことをしなかった。
この場合、敵の手にかかれば列を乱し、そのままフォーメーションを壊しかねない先頭に比べて、倒れても比較的邪魔にならずに済む後ろに腕の
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