9. 凄腕の連れ

文字数 2,405文字

アルバドル帝国の皇帝の居城(きょじょう)は、広大で緑豊かな(おもむき)深い森の中にある。城壁が張り巡らされてはいるものの、自然を利用した仕掛(しか)噴水(ふんすい)や、必要な吊り橋などをさりげなく置くことしかしない代々城主によって、その森は城の敷地内にも生かされていた。この国の森はどこでも、昔から守られ続けているのである。

 そして、緑に囲まれた岩山の上にそびえ立つその城は、大小様々な尖塔(せんとう)が見事なバランスをとりながら母屋(おもや)と繋がった、趣向(しゅこう)をこらした城館。すぐ背後には山脈に囲まれた湖があり、その湖沿いを東へたどって行くと、それほど遠くもないところに、帝都で最もにぎやかな街があった。

 その街の灯りを、毎晩のように、ただ(うらや)ましそうな顔で眺めていたギルベルト皇太子。

 幼い頃は勉強の方にはさっぱり身が入らず、体を作ったり、技を磨くことばかりに夢中になっていた彼だったが、成長するにつれて、(かしこ)思慮(しりょ)深い青年になった。体の方も幼い頃から(きた)えてきたので、今ではすっかり見事な筋肉美が出来上がっていた。

 少年時代には、もと弓兵軍少将であり、時には軍師をも務めた父親に、戦う術を何から何まで徹底的に教わった。その遺伝子のおかげか、産まれ持った運動能力にも恵まれていた。そして今では、兵士が行っている訓練の二倍、三倍の筋力トレーニングなどを自ら進んでこなし、佐官クラス以上の凄腕(すごうで)の戦士たちをつかまえては手合わせをさせたりと、相変わらず腕を磨くことに余念がなかった。

 何も無意味にそれらを続けてきたわけではない。ギルベルトの意志は、少年の頃から固く一心で変わらなかったのである。

 そしてこの日、ギルベルトはかねてからの望みをついに叶えるべく、いつにも増して・・・あるいは、いつになく真剣な顔で、父のもとへと向かっていた。

 玉座の間へと続く広廊の天井には、見る者を圧倒する見事な絵が一面に描かれている。壁面には銀のランプが整然と並び、天井からは、いくつもの灯りを()せた巨大なシャンデリアが吊り下げられてあった。それでも故意(こい)絢爛(けんらん)さを(おさ)えた内装は、聖堂のような神聖な雰囲気をも(かも)し出す。補修や改築工事が急がれる場所から少しずつ着工していき、そうしてこの城が今の立派な姿に完全に生まれ変わったのは、わずか十数年前のこと。

 今でこそ屈指(くっし)の強国と(ささや)かれつつあるアルバドル帝国だが、かつては実力に経済力が(ともな)わない弱小国だった。それを、軍人の頃に軍師としての才能を開花させたロベルトの活躍により、経済力や技術に富むダルアバス王国と同盟を結ぶことに成功。両国は互いの利益のために協力し合い、ようやく実力を発揮できるようになったアルバドル王国は、目覚ましい急成長を遂げた。

 そしてロベルトは、次に、かつてのアルバドル王国がそうであったように、破綻(はたん)寸前にある隣国を救済する形で取り込んで半連邦国家を成立。その後もみるみる勢力を広げ、無敵の大国と噂されるエルファラム帝国と、もはや肩を並べるほどの領土と軍事力を得るまでに拡大させた。

 その広廊をギルベルトが渡っていると、軍の上官や政府関係者たちが、正面からぞろぞろとやってくるのが見えた。
 そしてすれ違いそうになると、誰もが皇子に向かってうやうやしく頭を下げて行く。

 その中に、ギルベルトの見知らぬ男がいた。切れ長の鋭い目つきと、ギルベルトから見ればやや低く感じられるが長身で、()れ惚れするような(たくま)しい体つきをしている。何よりも、その中では目立って若い。

 それについ目を奪われたギルベルトは、ふと、最後を歩く一人を呼び止めた。彼には、ほかにもききたいことがあった。

宰相(さいしょう)の用心棒にアイアス※ を(やと)ったと聞いたが、先日訪問先から戻ったのだろう。ぜひ会ってみたいが話はできるか。」

「ただいま諮問(しもん)会議を終えたところですので、先ほどまでは居りましたが・・・申し訳ございません。このあとのことは何も聞いておりませんので。」

「そうか・・・。ところで、先ほどすれ違った青年は何者だ。なぜ一緒にいる。」

「ああ、彼も一応 宰相(さいしょう)の用心棒ですので。契約には入っていないのですが、アイアスの彼から同行させて欲しいと申し出があったようです。詳しい事情は存じませんが、旅仲間でしょう。連れですな。」

「連れ?まさか息子じゃあるまいな。よく認められたものだ。」

「ええ何しろ・・・」
 その政務官は、急に声をおさえた。
「歩兵軍大佐が、剣技で負かされたそうでございます。それで同行を認められたとか。」

「なに、まことか。」

(うわさ)でございます。」

 ギルベルトは急に興味が湧いてきて、興奮ぎみに続けた。
「ならば彼でもいい、ぜひ手合わせ願いたい。今夜会わせてくれぬか。」

「それは少し難しいかと。彼らは先日をもって任期満了ですし、間もなく旅立つようでございましたから。ああ、それで報酬(ほうしゅう)の手続きにでも向かったのでしょう。別行動ということは、青年の方は早速(さっそく)荷造りでしょうな。」

「そうなのか・・・残念だ。見たところ相当若いが、一体いくつだ。」

「十七と聞きましたが。」

「まことか。」

「噂でございます。」

 十代で佐官クラス、いやひょっとすると将官クラスの腕。ギルベルトは、父である皇帝ロベルトに重大な話があったが、それを止めて、今すぐ彼を追いかけたくなってしまった。

「名は何と。」

「確か、レドリー・カーフェイ※ と。」

「覚えておこう。彼らが発つまでに機会があれば、自ら頼むことにする。で、父上は。」

「まだ玉座の間かと。オーランド将軍 ※ と引き続き話をされておられました。」

 玉座の間は、皇帝を交える時には諮問会議の間としても使われる。 

「そうか。もう行っていいぞ。」

「は・・・。」

 男は一礼をして、皇太子の前から離れた。





※ アイアス = 大陸最強の傭兵団の通称 〈注:ギルドとは少し違います〉
※ レドリー・カーフェイ = レッドの正式名
※ オーランド将軍 = アルバドル帝国軍大将アラミス・オーランド

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