11. シャロン皇妃の陰謀

文字数 2,196文字

 乱世が続く大陸の、特に西部。エドリースとまとめて呼ばれるそこでは、いまだ同等の軍事力を持つ複数の国家がいがみ合うように頻繁に争い、そのため大陸中で激戦の地と呼ばれるようになっていた。

 その頃には、エミリオは、皇子でありながら百戦錬磨の(つわもの)のような肉体を備えた、美貌(びぼう)の青年に成長していた。実際、戦場に立って心を鬼にすることさえできれば、多くの敵を一度に倒せるほどの実力があり、(きた)え上げたその腕の筋肉で、刃広(はびろ)の大剣を自在に振り回すこともできた。

 だが事実、宮殿の中にいながら、彼の感覚はまるで戦場に立っているかのように、常に()ぎ澄まされていた。

 エミリオが二十歳を過ぎた頃から、ルシアスは、帝位継承について真剣に悩み始めていた。気付いていたからである。シャロンの陰謀(いんぼう)に・・・。

 だがルシアスは、エミリオを愛しながらも、それを(とが)めることはなかった。エミリオとランセルのどちらを世継(よつ)ぎにするかに長く(さいな)まれ、シャロンのことも思うあまり、誰にも相談できずに、ただ素知らぬふりを続けるしかなかった。しかしその胸の内では、彼女の暴走を止める何か良い案は浮かばぬものか・・・と、一人苦悩していた。

 そして、それをいいことに、シャロンの暗殺計画は、次第に大胆なものになっていったのである。

 シャロンは、臣民を愛してはいなかった。その誰もが、先代皇后のフェルミスを、今も愛しているのを知っているからだ。そして、その実子であるエミリオもまた、全臣民から愛されているのだということも。

 だから、例え皇帝ルシアスがランセルを世継ぎに選んだとしても、シャロンの不安が消えることはなかったのである。

 そこである日、軍の名簿や個人情報が記された書類を手に入れたシャロンは、弓兵や歩兵の中から数名を引き抜いて呼びつけた。それも、わざと家族のいる者ばかりを。

 そして、計画通りに、こう話を持ちかけたのだ。

「将来、帝位の引き継ぎ及び戴冠(たいかん)式を、満場一致で円滑(えんかつ)に行うために、あなた方に極秘(ごくひ)任務が与えられました。」と。

 これに顔を見合った彼らが、理解できないという表情をしているのも無理はない。法に従い優先順位のままいけば、それは、この国の誰もがそれを望んでいるだろう、最もふさわしい者に落ち着くはずなのだから。

 しかし、彼らのこんな反応も分かっていたこと。シャロンは静かに言葉を続けた。

「今は、各国が資源や領土の奪い合いで(しのぎ)を削っている時代。そなたらも知るように、軍事力の大規模な拡大に成功したアルバドル帝国は現在、全ての国土を取り戻す正当な戦いを続ける一方、それにとどまらず、勢いのままにその勢力を広げている。先代皇后が亡くなった今、もはやアルバドル帝国とて油断ならない敵も同然。いずれ、かの国と争うことにでもなれば、アルバドル皇室の血を引いているエミリオ皇子では、冷静な判断ができないでしょう。軍を混乱させる恐れもあります。それゆえ、陛下は、ランセル皇子を後継者に選ばれました。しかし、臣民が、将来起こり得るその不安要素に気づくことはなく、その誰もが、エミリオ皇子に期待している。そのため、陛下は苦渋(くじゅう)の決断をされたのです。」

 そこでシャロンは、目の前にいる一人一人の目を見据(みす)えると、ついに言った。

「エミリオ皇子の・・・暗殺を。」

 これ以上の衝撃はないといった驚きようで、集められた者たちはまた目を見合い、絶句した。

 つまり彼らは、最も不名誉な刺客(しかく)に選ばれたのだから。

 まだ全く動揺を(おさ)えられないでいるそんな彼らに、シャロンは悲しげな表情を浮かべてみせる。

「これは、その時予想される臣民の不満や反感を回避し、皇帝と臣民との信頼関係を保つための、やむを得ない手段です。わたくしも(つら)いのですが、このことで陛下も(ひど)く胸を痛めておられるので、この件についての報告は全てわたくしにし、わたくしの指示に従うように。これは皇帝の命令です。失敗は許されません。」

 何か脅迫(きょうはく)と陰謀めいた発言が気にはなるものの、逆らえないと分かり切っている者たちはみな愕然(がくぜん)として、胸の内でひどく(なげ)いた。この()まわしい裏の特別任務を与えられた者たちは、この時からシャロンの目論見(もくろみ)に合わせて動く傀儡(かいらい)となり、死ぬよりも辛い日々を送らねばならなくなってしまったのである。

 しかし、誰にも、それは責められることではなかった。実際、極秘任務とは名ばかりで、宮殿の中で度々襲われれば、ほかの者も同胞(どうほう)を疑いだす。ダニルスのように推理を進めて、確信した者もいた。だが口に出すことはできない。襲撃はさすがに飛び道具に限られていたが、決定的だったのは、刺客(しかく)の姿に気付いて、追いかけようとした従者をあわてて引き止めたエミリオが、そのあと、辛そうに首を振ってみせたこと。

 従者はみな、その動きに気付くことがあれば、ただ黙って体を差し出し、命を賭けてエミリオ皇子を守るしか仕方がなかった。

 そしてある日、中庭で読書をしている皇子の頭上から、ガラス製の花瓶が落ちて来た。いや、落とされたのだ。そしてそれは、皇子を守るために身を(てい)した従者に直撃。彼は脳挫傷(のうざしょう)を負い、運動機能障害の後遺症が残ったため、復帰しても同じ職には()くことができなくなり、二度とエミリオのそばに戻ってくることはなかった。

 それからというもの、ひどく落ち込んだエミリオは、シャロンには都合のよいことに付き人を(こば)むようになったのである。


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