17. 明星の安らぎ

文字数 1,286文字

 その日の夜は、一行が毎度利用しているという、旅人のための無人の宿泊所に泊まった。ほかにも同じような行商人の一行が宿泊していた。運よく空いている小屋があり、寝椅子(ねいす)蝋燭(ろうそく)、それに燭台(しょくだい)が用意されていた。眠るためだけの場所だが、外には調理ができるスペースがある。そこで夕食には温かいスープも飲むことができた。

 夜中に一度目覚めると、再び寝付くことはほとんど無理だった。真っ暗な中でじっとしていると、同じことばかり思い出して、考えてしまう。それは鮮烈に脳裏に浮かび上がり、たまらなくなる。

 助けてくれた人を殺したも同然。まだ幼い子供たちから父親を、貧しくとも幸せな家庭から(あるじ)を奪った。働き手を失えばますます生活は苦しくなるだろう。あの場は、その後どうなったのか・・・。私は、己がもたらした惨状をそのままにして、ただ逃げ出してきたのだ。彼らは追ってきただろうか・・・命令に背けない者たち。なんと多くを不幸にしてきたことか。これほど重い罪を、どうすれば償える・・・。
 
 エミリオは頭から毛布を被り、こみ上げる嗚咽(おえつ)を我慢した。誰かを起こしてしまうかもしれない・・・と、その訳をきかれることを恐れた。それで、結局はそっと立ち上がると、よく注意しながら外へ向かった。

 ドアの近くでは主人が眠っていた。ゆっくり歩いても板張りの床はギシギシと(きし)んだが、彼は身動き一つしない。ドアは音をたてずに開閉できた。

 風も()いだ静寂(せいじゃく)の中に立つと、虫の声と川のせせらぎがよく聞こえてきた。そちらへ首を向ければ、細い木造の遊歩道がある。親切にも、わざわざ所々で灯りがともされてあるので、このどこかに水飲み場でもあるのだろう。(まが)()がって続いている向こうは、全体的に少し白く明るくなっていた。

 エミリオはそちらに足を向けた。灯りがともった森の遊歩道は、幻想的な感じがする。こういう場所へは来たことがなかった。木の橋を渡してあるだけで、まるで庭園のようだ。ほとんど緑ばかりの、無計画に出来上がった自然のそれに、エミリオは見惚(みと)れながら歩いた。

 途中、岩の(くぼ)みから(あふ)れ出している()き水を見つけた。やはりあった、ここが水飲み場だ。ひしゃくが置いてある。遊歩道の下ではシダに覆われた小川が流れている。

 今は夜中の何時頃だろうか・・・と考えながら、エミリオは小川に沿ってさらに進んだ。

 やがて、開けた場所に出た。うっすらと霧が漂う大きな川のほとりに立っていた。東の尾根は青白く光り始め、その上に明けの明星(みょうじょう)が輝いている。

 茫然(ぼうぜん)魅入(みい)っていると、不意に涙が(ほお)を伝い落ちた。

 心が求めていたのかと気づいた。ここで泣ける・・・と妙にほっとしたから。自責の念と悲しみで息苦しかったが、以前のように精神が壊れそうになることも無く、妙に落ち着いていられた。

 エミリオの目には、その金星が聖母のようにも見えていた。遊歩道が川に突き出して切れているところ。頭上に(きら)めく星が見える場所で、周りに人気(ひとけ)は無い。

 エミリオはそこに突っ立ち、薄れゆく星の光を惜しむように、夜明けの空を見つめ続けた。両手を下ろしたままで、顔を上げてほろほろと泣いていた。



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