⒗ アルタクティス大陸の修道女

文字数 950文字

  ミナルシア神殿で団体生活を送る修道女たちも、一日のうちに別行動をとる時間がある。太陽が天高く昇る頃から、夕日の(すそ)が西の山脈に届きそうになる頃までがそうだった。彼女たちは、その間、おのおの担当の老人や病人宅を訪問するという務めに励む。

 大陸のどこでも修道女という存在への認識などはあまり変わらず、彼女たちは社会奉仕(ほうし)活動のため外部との交流もしている。

 彼女たちのその能力は、大陸中に存在する霊能力者のそれとは全く違う。苦しみから救い出せる有りがたい力だ。そのことから、神に選ばれた者のように見られたり離れて暮らすことになろうと、産みの親も喜んで送り出す。それが普通だった。

 空が全体的にぼんやりと赤みがかる頃には、いつもなら同室の全員がそろっていた。

 だが、最近は違った。

 一人だけどうしたのか、そのあとの休憩時間までも利用して、そんな奉仕活動のため(いそが)しく歩き回っているらしい者がいるのである。

 その友人を心配して、先ほどからずっと外を(なが)めているアンリが、窓辺に頬杖をついたまま、背後に向かって言った。

「ねえ・・・イヴって、最近ずっと帰りが遅いわね。」

 後ろにあるソファーや寝台には、とっくに戻って(くつろ)いでいる同期の友人たちがいる。

「そうね、担当が増えたんじゃないかしら。明日から連休だし、今日は特にそうなんじゃない?」
 ベッドに腰掛けて聖書を黙読しながらに、アシュリンが答えた。

「でも今回は実家には帰らないって言ってたわよ。だったら、そんなに頑張らなくても、明日に回せばいいのに。」と、アンリ。

 この大陸の修道女には、本人の意思ではなく、ある特殊能力を持って生まれた女子が義務でなるため、従事する年数というものがあり、定期的に実家などへ戻る許可もおりている。ただし、その場合も聖職者であることを忘れてはならないとの規則によって、修道服を脱いで修道院の外で過ごす以外は、何も変えてはならないと言いつけられている。

「あら、噂をすれば。」と、ヘレナがドアに目を向けた。

 すると、聞こえてきた足音はやはりこの部屋の前で止まり、続いてドアが(きし)んだ。

 一同、注目。ようやく、イヴが帰ってきたようだ。

 部屋に入ったイヴは、ことごとく向けられている友人たちの目を見るなり、こうきいた。

「ねえ、アイアスって知ってる?」




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