7. 渓谷の盗賊一味

文字数 2,454文字

 荒野(こうや)の貿易路を張って、ようやく収穫が得られた頭のライデルとその一味は、上機嫌で下品な笑い声を盛大に上げながら、バルジグラ渓谷(けいこく)のそそり立つ断崖(だんがい)の間を抜けてきた。馴染(なじ)み深いその岩山の(ふもと)に、アジトがあるのだ。

 すると、積み重なる岩間を進んできて、もうすぐたどり着くという時、(つや)やかな黒毛のたいそう立派な馬 ―― (まと)っているものから何から全て ―― が、アジトの前の低い木に繋がれているのに気付いた。

「おい見ろよ、馬がいるぜ。それもえらく見事なやつだ。」
「こりゃどういうこった。神からの賜物(たまもの)か。」
「俺たちみたいなならず者に、神が恩恵(おんけい)なんぞくれるかよ。くれるなら、もっと面倒で厄介なもんに決まってる。」

 男たちは有頂天のまま、たいしてそれに驚きもせずに言った。仲間内で交わす、毎度の軽い冗談のノリだった。今どのような奇妙なことが起こっても、考え込んだり、悩んだりできそうにない気分だ。

 ところが、同じようにニヤニヤしながら先頭を歩いていたライデルが、にわかに顔をこわばらせ、「待て待ていっ、お前ら!」とわめいたのである。

 子分はみな、つんのめって立ち止まった。ハッと気付いて互いに顔を見合わせる。

「ジェンだっ!」

 一味(いちみ)はもう目の前にあるアジトへと転がるような勢いで駆け込んだ。

 すると、中に男がいた。

如何(いか)にも。」

 地べたに胡坐(あぐら)をかいてそこにいる男は、そう言って愉快そうな笑みを浮かべた。

 男たちは一様に目を丸くし、狐につままれたような顔をしている。

「こりゃ驚いた・・・まさにだぜ。」と、子分のリオがつぶやいた。

 ライデルは頭を突き出して、まじまじとその男を見つめた。
「ジェラール?本当にお前なのか?」

 子分たちに〝ジェン〟とあだ名で呼ばれたその男、ジェラールは、ゆっくりと一つうなずいた。

「ああそうだ。ライデルよ、近いうちにここへ帰ってくると思ったぞ。」

「しょっちゅう帰ってきとるわ。俺らの住処(すみか)で何を言っとるか、このペテン師が。」
 ライデルはつっけんどんに言い放った。

 だがジェラールの方はそれを面白がるような声で、「この私を詐欺(さぎ)よばわりするとは聞き捨てならんな。まだこだわっているのか。」

「こだわるわい。お前があの時もそんな上等な格好をしていれば、俺らはお前から(いただ)くものだけ頂戴しておさらばだったんだ。それを、あんな薄汚い格好でうろちょろしとるから、てっきり小汚い風来坊かと思って親近感を抱いてやったというに。」

「汚いを二度も言いおったな。」
 ジェラールがまた軽い声で切り返すと、ライデルは苛立(いらだ)たしげに手を振った。

「そんなこたあ、どうだっていい。それより、リストリデン侯爵(こうしゃく)だったか将軍様よ、いったいまた何の用事だ。俺らとお前とでは、住む世界が違うんだぞ。それほど(した)っているわけでもあるまいに。」

 すると、ジェラールの顔が急に深刻になった。

「ライデルよ、実は折り入って頼みが ・・・。 」

「嫌だ。」
 ライデルはぴしゃりと突き放した。

「今、用事は何だときいたではないか。それならきちんと最後まで —— 」

「断る。お前がそういう声を出した時は、きっとろくなことがねえんだ。あの時だって、うまい話に乗せられてついて行ったら、ワケの分からん重装騎兵と一戦交える羽目になって。結局、俺らに国まで護衛させたってわけだ。なんて狡猾(こうかつ)なヤツだ。詐欺だ。」

「その分、余計に手当てを払ったではないか。うまい話というのは嘘ではなかったろう。」

「とにかく嫌なものは嫌だ、断る、ダメだ、もう御免だ。」

 そこでふと、住処が異様に殺風景になっていることに気付いて、ライデルはぎょっとした。暖を取るためのものが・・・なんたることか(いちじる)しく減っている!

「ああっ、なんだこのざまは! みんな燃えかすになってやがるっ。」と、ライデルがわめくと、「夕べの寒さは(こた)えたな。」という、ジェラールのすました声が続いた。

 その時。

「おじさん、この人だれ?」

 入り口のところで、不意に少年の声が。

 反射的にそろって目を向ける一同。

 まったく唐突(とうとつ)に、思いもよらぬ時に思いもよらぬものを目にして、ライデルとその子分たちは、(つか)の間黙り込んだ。

 男の子がいる。鋭い顔つきの十歳くらいの少年。親はどこだ・・・?

 ライデルはハッと我に返ると、隠しようのないたいそう驚いた顔で、うろたえながらジェラールに視線を振り戻した。

「お前、まさか・・・。」

「この子を引き取ってもらいたい。」と、ジェラール。

「悪い冗談だ、そんなに俺を困らせたいか! ガキほど面倒で厄介なもんは知らんっ。」

 すっかり興奮してわめいたあと、ライデルは気が遠くなって倒れて、白目をむきそうになった。

 ジェラールは深いため息をついただけで、何も返さなかった。

 ライデルとジェラールは、しばらくただ互いに顔を見合っていた。ライデルは、ジェラールがそんなことを言い出した訳を話し始めるだろうと恐れながら待ち、ジェラールの方は、ライデルに分からせるにはどうすべきかと慎重に思案していた。

 やがてジェラールは、不安そうな顔で入り口に突っ立ったままの少年に目を向けた。

「レッド、そろそろ包帯を替えないといけないね。さあ、おいで。」

 レッドはぎこちなくうなずいた。それから、大きく目をみはったまま注目してくる男たちの間をおどおどと通って、ジェラールの前に立った。

 ジェラールは、一度レッドの肩越しにライデルの目を見た。だがそれだけで、あとは何も言わずにレッドの上着に手をかけた。その視線は、ライデルに何かあるなと思わせるものだ。

 ジェラールは、レッドの上着をまくり上げていった。

 背中はまともにライデルの方へ向けられている。

 まず、汚れた包帯が現れた。驚いたライデルは眉を動かしたが、何も言わなかった。しかし、次にその包帯がジェラールの手によってスルスルと(ほど)かれてゆくと、驚愕(きょうがく)して言葉を失った。

 明らかに、ほかから手を加えられた傷が現れたのである。それは、細く腫れ上がって背中じゅうを(ほとばし)る、いくつもの傷痕(きずあと)。拷問や刑罰で受ける傷だ。


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