24. 地獄で仏

文字数 2,309文字

 煙突(えんとつ)のある、木材と石材でできた二階建ての大きな家だった。その家の横には、丸太が高く積み上げられていた。離れには(うまや)や家畜小屋があり、雨音と一緒にかすかな鳴き声も聞こえる。

 川辺からここまでは、シャナイアは、その時気を利かせたホークに抱きかかえられて、連れて来てもらった。

 隊員たちを従えて、レッドはその家の玄関戸を叩いた。

 間もなく中から顔を出したのは、五十過ぎと(おぼ)しき背の高い男性。その人はレッドを見るなり、声もなく目を大きくした。

「驚かせてすみません。我々は、ユリアーナ王女をスフィニア王国まで護衛している者です。どうか一晩休ませてもらえませんか。」

「あ、ああええ、もちろんです、どうぞお入りください!」

 その男性は一行を中へ通したあと、奥さんの名前を叫びながら、大慌てで厨房(ちゅうぼう)へ駆けて行った。

 レッドが中へ入ると、たちまち広い居間が目の前に広がった。二階まで吹き抜けていて、すぐ横に見える階段を上がったところに、二階の部屋のドアがあった。それは横一列に並んでいくつも見えていた。旅籠屋(はたごや)のような間取りだ。一階の床は石畳(いしだたみ)で、真ん中の絨毯(じゅうたん)が敷かれている上に低いテーブル。それを四方から長いソファーが取り囲んでいる。

 やがて、その家族全員が出てきた。夫婦のほかに年頃の娘が二人と、十歳かもう少し上に見える少年がいた。

 一家は、モイラに付き添われて現れたユリアーナ王女を見るなりひれ伏し、夫婦は使い慣れない変に丁寧な言葉で何か感動を表しているようだったが、興奮するあまり本人も何を言っているのかよく分かってはいないようだった。

 そして、その身分からは有り得ない(みじ)めな姿でいる王女は、着替えを借りるため、娘二人にそのまま二階の一室へと案内された。イリスとモイラも一緒に上がっていき、二階のまた別の部屋へ入って行った。階段を上がったところでホークに下ろしてもらったシャナイアも、二人の後輩に続いて同じ部屋へ向かった。手すりにつかまりながら、やや不自然ではあったが心配したほどではないように見えたので、敵がすぐにやってこなければ、最後までもつかもしれない・・・そう思い、レッドは少しほっとした。

 彼女たちへの配慮はそれでじゅうぶんだったが、問題は、一階の床を水浸(みずびた)しにしている大勢の(たくま)しい男たちである。サイズが様々で全員の着替えを用意することはできないが、代わりにバスタオルなら腐るほどあった。それで、男たちはみなびしょ濡れの着衣を脱ぎ、二人の娘が二階から下りてこないうちに大急ぎで体を拭き、そのバスタオル一枚を腰に巻いた。それを用意してくれた夫人がそのままそこに居たが、気にしている場合ではなかった。

 夫人はそれから、負傷者ばかりの一行(いっこう)のために湯を沸かし、水桶(みずおけ)を用意してくれ、足りなかった包帯や治療道具まで提供してくれた。先ほど腕を痛めたレッドも含め、みな雨に打たれたり傷口に不衛生な濁流(だくりゅう)が入りこんだりしたので、手当てをし直す必要があった。

 さらには、居間のあちこちに縄が張りめぐらされ、竿(さお)が掛けられた。彼らのずぶ濡れになった着衣や、湿(しめ)った毛布を干すために。そしてそれらは、二階の手すりなども利用して、所狭(ところせま)しに全て干された。

「すみません・・・家の中こんなにして。」
 夫人に向かって、レッドは深く頭を下げる。

「いいのよ、うちは石畳だから傷まないの。それに、すぐに乾くわ。」
 笑顔で答えてやりながら、夫人は暖炉(だんろ)に火をつけた。

 夏が終わったばかりの頃でも、北方のモナヴィーク地方と、ノースエドリース地方の境目(さかいめ)にあるレトラビア帝国領では、夜になると少々寒さが(こた)えてくる。基本的に、大陸のほとんどの地域で、一年を通して日中と夜の気温差は大きい。

 家の奥へと一旦離れていた主人が、暖炉の横にある通路から戻ってきた。やや厚みのある長い敷物を何枚も抱えている。それは本来、この広いリビングで宴会が開かれる時に、客が気軽に腰を下ろせるようにするためのもの。当然、一行のために用意してくれたのである。

 その間にも、男たちは、武器の手入れや負傷者の包帯を取り替えたりと、みなきびきび働いていた。

 スエヴィがレッドの腕を手当てしてやり、それが済むと、二人は例によって荷物の点検を始めた。

 その様子を、そばにいた夫人が気に留めた。二人の手元を(のぞ)き込んだ彼女の(まゆ)が、とたんに悲しげなものになる。

「まあまあ、食料も台無しね。」

 木立の下を通ってはきたものの、最もダメージを受けたのは、やはり川を渡った時だろう。袋の底が濡れて、中にも水が入り込んでいた。

「半分は何とか。でもパン(堅パン)は・・・。」

 レッドはため息混じりに答えた。食べられないことはないが、ひどくマズそうだ・・・。

「あと何日かかるの。」

「二日の予定です。」
 スエヴィが答えた。 

「それなら任せてちょうだい。普通のパンで良ければ、明日までに全員の分を焼き上げるわ。」

 思わず目を見合った二人。

「本当に?」と、スエヴィ。

 夫人は笑顔で胸を張った。

「ああ、ありがとう!助かります。」
 地獄で仏とばかりに、レッドも声を(はず)ませた。 

 夫人は早速(さっそく)、まだ二階にいる娘たちを大声で呼んだ。
「フィオナ、ローラン、すぐに下りてきて手伝ってちょうだい。」

 それに応えて二人の娘はすぐに出てきたが、下を見るなり口に手を当て、恥ずかしそうに下りてきて、逃げるように厨房(ちゅうぼう)へ入って行った。

 その姿が楽しくて仕方がない男たちは、下品にではなく軽い笑い声を上げ、レッドもその反応を可愛らしいと思い目で追っていたが、ふと思い出して視線を二階へ向ける。

 そうだ、あいつにテリーの布返してもらわねえと。

 レッドは階段を上がって行った。


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