27. 助け船

文字数 2,131文字

 まだ眠るには早い時間から、ほとんどの隊員が雑魚寝(ざこね)で休んでいた。

 そんな中、真ん中のテーブル席について話し合っているのは、レッドとスエヴィ、それにシャナイアにジュリアス、そして最年長のグリードと、次に経験豊かなホークである。

 夫人はそんな彼らのために珈琲を淹れてやり、彼らはそれに軽く頭を下げながらも話を続けた。

「やはり王女を歩かせるのは無理があるんじゃないか。このままスフィニアと上手く合流できればいいが、水かさが引いて流れが落ち着けば、せっかく切り離した追っ手に追いつかれるのも、時間の問題だろう。」
 グリードが言った。

(きた)えてる俺たちとは違って、普段ろくに歩くこともないお方だぞ。きっとすぐにバテ・・・いや、お疲れになられるぞ。」と、ジュリアス。

「なら、王女は俺が抱いて行こう。体力には自信があるし、力持ちが自慢さ。」
 ホークが胸を張って申し出た。

 珈琲をふるまった後も遠慮なくそばで聞き耳を立てていた夫人は、ここで声を掛けずにはいられなくなってしまった。

「ちょっと、あなたたち。さっきから聞いてれば、何を無茶な相談してるの。いいものをあげるから、それに王女様を乗せて行きなさい。」

「え・・・いいもの?」
 レッドがきき返す。

 夫人はニヤッと微笑んで腕を組んだ。
「主人が作った駕籠(かご)よ。少し前まではもう一人、今は帝都で暮らしている息子がいてね。私や娘たちもよく乗せてもらったものよ。倉庫にあるから、それを王女様が快適に乗れるように作り直してあげるわ。主人は大工だから、一晩あればじゅうぶんよ。」

 思わぬ助け船。彼らは信じられないというように目を見合う。

「なんて幸運。」
 グリードがつぶやいた。

「お前は、本当に強運の持ち主だよ。」
 スエヴィがレッドの肩を叩いて言った。

「おばさま、大好き!」と、シャナイア。
「おばさん、素敵だ!」と、ジュリアス。

「調子いいわね。」
 夫人は呆れた笑顔を浮かべた。

 レッドの目にも、そんな彼女はあたかも幸運の女神のように映ったほどである。
「ありがとう、助かります! あ、手伝います。」

「そんなボロボロの体で何言ってるの。あなたたちはよく休んでおかないと、王女様を守りきれないでしょう。助手なら優秀なのがいるから結構よ。」
 夫人は、作業用の敷物に胡座(あぐら)をかいて、黙々と太い木の棒を削っている少年の背中を見た。
「ねえ、キーファ。」

 キーファは作業中の手を止め、振り向いて、得意気(とくいげ)な顔をした。
「うん、任せてよ。僕、見習いなんだ。」

 (たく)みにナイフを扱うその姿には、会議に入る前にレッドも気づいて、感心しながら驚いていたところだった。一人前の大工のようだと。

 だが確か、キーファにはなりたいものがあったはずだ・・・。
「アイアスになるんじゃなかったか?」

「大工のアイアスになるんだよ。」

「なるほど。」と、レッドは笑った。

 周りの者たちも一緒になって笑い声を上げた。

 そのあいだもタイミングをみていたレッド。実は、夫婦に一つ頼みたいことがあって、急に真顔になり口を閉じた。そして、妙に改まるとこう言いだしのである。

「それと、いろいろとお世話になっておいてあつかましいのですが・・・。」
レッドは姿勢を正して、それから言葉を続けた。
「できれば、もう一つお願いが。」

 何かと思い、隊員たちも注目した。

「ええ、この際ついでに聞いてあげるわ。」

「川の向こう岸に、やむなく王女が大切にしているロバを捨ててきました。野生で生きてはいけないでしょう。もし見つけたら、こちらで引き取ってはもらえませんか。」

 隊員たちは目を見合った。一様に不意をつかれた顔だったが、それは(なか)ば呆れたような笑みに変わった。

「ええ、いいですとも。そんなことならお安い御用よ。むしろ光栄だわ。明日、探しに行ってみるわね。」

「ああ、ありがとうございます。ただ、今は橋が流されて渡ることができないんですが。」

「流れさえ落ち着けば小舟を出せるから大丈夫よ。ロバさんでしょ、乗せられるわ。お名前は何ていうのかしら。」

「ミシカです。」

「そう。なんなら、スフィニア王国のお城まで届けてあげてもいいわよ。」

 ありがたい!と、レッドは再び心から感謝した。こんな時に気にすべきではないと分かってはいても、別れ際の王女の悲しみは目に焼き付いていて心を重くしていた。
 だが、このことは内緒にしておこうと、レッドは考えた。それはまだ困難で確かな未来ではないし、運よく再会できれば、その時の喜びがさらに大きくなるから。

 そのあと彼らから離れた夫人は、部屋中に干してある一行(いっこう)の毛布の乾き具合を確かめに行った。

 夜もますます冷えてくる中、ずっと裸も同然の恰好(かっこう)でいる男たちを気遣って、暖炉もずっと強火で()かれたままである。おかげで、今その一枚をつかんだ夫人の顔には笑顔が浮かんだ。満足に乾いたらしい。

 それを次々と手に取った夫人は、休んでいる男たちにそっと掛けて回った。気づいて礼を言う者もいれば、ここではすっかり気を抜いていて眠ったままの者もいる。

 シャナイアは、今度はグリードに抱えてもらい、後輩たちと同じ二階の客間へ戻って行った。会議の場にいたほかの者たちも、ソファーに(もた)れたままの座った姿勢で、ようやく眠りについた。


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