3. 採用試験

文字数 3,166文字

 採用試験が行われるのは、屋根の高い石畳の広い部屋。向かって並んでいる机の席に、重臣と見られる厳格な面持ちの試験官が三人座っていた。そしてその横には、いかにも腕のたちそうな、貫禄(かんろく)ある落ち着き払った大男が二人 (ひか)えている。レッドに、佐官以上の格の者であることを(うかが)わせた。

「えー・・・では、まず名前を聞かせてもらおう。」

 真ん中の席の試験官が、顔をしかめてレッドを眺めまわしたあとで言った。

「レドリー・カーフェイです。」

「ではカーフェイ君・・・君・・・その、歳は?」

 そう問う試験官の声は、どこか戸惑いにも似た響きを帯びている。

二十歳(はたち)です」

「戦士暦は?」

「三年です。」

 会場内がざわついた。

 明らかに、レッドにとってあまり快くないざわめきだった。試験官たちは互いに耳元でささやき合い、レッドの耳に、若すぎる・・・という声も聞こえた。

 ややしてから、そのうちの一人が咳払(せきばら)いをして向き直ると、レッドの腰に目を留めた。

「君は・・・剣の予備を常に備えているのかね。」

 レッドは二刀流だ。二本の長剣を腰から下げているのはそのためである。

「予備ではありません。基本的に、どちらも使います。」
 レッドは堂々と答えた。

「気分によって替えるということかね。」

「いえ、同時に。」

 これを聞くと、その試験官は一瞬 呆気(あっけ)にとられた顔になり、そしてこう言った。
「同時に? まるで伝説の男だな。」と。

 また目を見合った三人の試験官はみな、ふっと笑みを零したようだった。それもまたレッドには不快なものだったが、こういうことには慣れているので、さほど気にはしなかった。これまでも、最初はだいたいこんな扱いを受けてきたのである。

 一方、上の者たちのこの見下した態度に、黙って(ひか)えていた二人の男は次第に(いきどお)りを覚えていた。

「お言葉ですが、年齢や戦士暦でその者の腕を決め付けてしまうのはどうかと。まずは、私どもとの手合わせを。」

 その男は生真面目(きまじめ)な口調で言った。

「うむ。これは失礼した、カーフェイ君。では、歩兵軍の大佐であるこのラングレンとの簡単な試合により決めさせていただく。模造(もぞう)剣を使ってもらうので遠慮はいらんが、かなりよくできたものであるから、大怪我も覚悟してもらいたい。なにしろ大事な任務に関わる者の選考なのでな、こちらとしても一切手加減はしないことになっている。それで、君は見たところ片手剣の型でいいのかね。」

「はい。それでお願いします。」

「二本いるかね。」

「どちらでも。」

 会場に小さな笑いが起こり、レッドはやれやれとため息をついた。

 そうして、とりあえずは一本ですることに。

 大佐ラングレンとレッドは、剣を構えて石畳のフロアに対峙(たいじ)した。

 この時ラングレンは、戦士としての鋭い感覚が察知したものに、一瞬、動揺を覚えた。つけ入る(すき)なく、静かに構えをとるその青年の姿。認めまいとしたが、それに思わず(すご)みを感じ、やや恐れをなしたのは事実。軍の上官であるこちらの気迫をものともしない蛇のような目つきと、逆にそれを呑み込んでしまうほどの堂々たる態度・・・それには感服させられるほどである。まさに戦士暦や年齢で相手を見くびってはいけないと、ラングレンは痛感した。この男は(あなど)れない相手だ。

「さあ、君の実力を見せてくれ。いくぞ。」

「よろしくお願いします。」

 二人は間合いを計り、ラングレンの方が先に床を()った。

 カン、カン、キン!

 二人は同時に一度剣を引き、タイミングを計って更に数合打ち合った。
 そのあとのラングレンの攻撃は、矢継ぎ早に繰り出された。彼は自他共に認める豪腕である。実際、これまでの受験者の中に、彼の剣をしかと受け止めきれる者などほとんどいなかった。

 ところがレッドは、その誰よりも彼の太刀筋(たちすじ)や攻撃を読み、確実に受け止め、腕力でもひけをとらずに(ことごと)く跳ね()けているのである。

 これには試験官たちも目をみはった。ラングレンの方が、明らかに苦い表情を浮かべている。今までの受験者は、長引いてもこの男が必死になるなど決してなかったのだ。

「ま、待て!」

 試験官の一人がいきなり声を張り上げた。

 その声に応えて、二人は(すみ)やかに剣を引いた。ラングレンは肩で息をし、レッドの方は軽く呼吸を整えている。

「君・・・二本使ってみせてくれ。ノーマンも入れ。」

 相手にもう一人加わった。その男も同じく、レッドの剣捌(けんさば)きと力強さを()の当たりにして、度肝を抜かれていた。

 ラングレンとノーマンは、共にレトラビア帝国軍が誇る一流の戦士であったが、二人は今、レドリー・カーフェイという戦士暦三年の若者を前にして、互いに頷きかけ、注意を促し合っていた。

 レッドは模造剣をもう一本与えられ、二本の剣を構えた。

 試合再開。

 たちまち凄まじい剣戟(けんげき)の連続音が鳴り響く。

 すると試験官たちは、今度は、レッドの身ごなしの素早さにも驚倒することになった。危なげなく鮮やかに身をかわし、素早い効率的な動きで、時には二人の同時攻撃をも的確に受け止めている。

 さすがに少々時間を取ったが、やがてレッドは、逆に二人の動きを見極め始めた。そして、ほとんど受け流すだけだった腕の動作は、ある時、豪快で積極的なものに変わった。

「あっ!」
「うっ!」

 冷静沈着なこの二人が一緒に声を上げてしまったのは、不意をつかれたというより、その一瞬技、その動きに全く反応できなかったことが信じられなかったからだ。

 だがそう驚いている間にも、二本の模造剣は、音をたてて床の上に虚しく横たわっていた。ラングレンもノーマンも、握り締めていられないほどの威力で、剣を跳ね上げられたのである。

 試験官の三人は、強張(こわば)った顔で停止したまま唖然(あぜん)と大口を開けている。

 やがて、ラングレンが完敗といった潔い表情でレッドに向き直った。
「見事だ。君の出身を聞いておこう。その腕だ、無論、資格はあるんだろ。」

「はい。」
 レッドは答えた。
「ロナバルス王国のアイアンギルスです。」

 次の瞬間、会場内はこれまで以上の驚異に包まれた。

 今語られているその武勇伝のほとんどは、何十年も過去のものだ。大陸中を探しても、今となっては数えるほどしかいないと言われている伝説の戦士、アイアンギルス。通称アイアス。

 それは、ロナバルス王国の北のはずれ、ユダの町に存在する戦士養成所で、伝説の剣士の称号を勝ち得た者たちのことである。それがまだ二十歳の目の前にいる若者であるなど、目も耳も疑うような話だが、その実力を思い知らされたあとでは、もはや信じられないことではなかった。

「アイアンギルス・・・アイアス。ならば、その布に隠された額には・・・。」
 ノーマンが興奮を隠し切れない声でつぶやいた。

 試験官の一人がいきなり立ち上がり、「見せてくれ。あの、伝説の紋章をっ。」とわめいて身を乗り出した。 

 こういう場では、レッドもためらうことなく、頭の後ろに手をやって結び目を外すことができる。そして、前髪が少し分かれている眉間(みけん)の上、そこに、(わし)が獲物を捕らえる瞬間を(かたど)った刺青(いれずみ)がはっきりと現れた。

 誰もがいっそう驚いた顔で、姿勢を正して立つレッドを食い入るように見つめだした。

「君は・・・いったい、いつからアイアスに? 戦士暦三年ということは・・・まさか。」
 ラングレンが問うた。

「一次試験を受けたのは十七の時です。十八で、その資格を。」

「そうか、アイアスには訓練期間が無い。一次試験に合格した者が、その後、現役アイアスと共に戦地を渡り歩くおよそ半年間の二次試験に臨む。その間に十八になったというわけか。」と、ノーマン。

「信じられん・・・十代のアイアスが存在していたとは・・・。」

 弱冠(じゃっかん)二十歳の生粋(きっすい)のアイアス・・・。

 試験官たちは、レッドがそこに立った最初とは一変した態度で、口々にささやき合っていた。

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