⒔ 伯爵の用心棒

文字数 2,727文字

 連中が一斉に目を向けたそこには、(ひたい)に赤い布を結んでいる鋭い目の男がいた。

「お前っ。」 

 一度その男とやり合った者たちは、みな派手に音をたてて立ち上がった。

 そのあわてようとは対照的に、入ってきた時から、レッドは顔色一つ変えなかった。ただそれは、実のところ、込み上げるものを務めて(おさ)えているからだ。

「俺が冷静でいられるうちにしておけよ。」

「はあ? 何言ってんだ、お前。」と、椅子に座ったままの男が鼻で笑った。

「お前らの顔を見てると、俺はまた・・・。」

 それを独り言のように呟いて、レッドは大きなため息をついた。

「俺にも我慢の限界がある。今度は容赦できないかもしれない。」

 これを聞くと、中でも見知らぬ男たちが呆れたように仲間内で目を見合った。それからその全員が立ち上がり、レッドを取り囲んだ。

「多勢に無勢(ぶぜい)ってことが分からねえのか。周りを見てみろ。」

 レッドの真正面にいる男は、そう言って勝ち誇った笑みを浮かべている。そんな男たちの顔をあまり見ないようにしているレッドは、またやれやれと一つため息をついた。

「もってあと十分ってところだ。やるんだろ? さっさとしてくれ。」

「ヤロウッ!」 

 レッドの後ろにいた男が火蓋(ひぶた)を切った。いきなり長剣を抜いたかと思うと、レッドの左肩口(かたぐち)を目がけてむやみに振り下ろしたのである。

町中(まちなか)でそれを抜いたからには、覚悟できてんだろうな。」

 レッドはサッと()けて攻撃を脇で食い止めると、その長剣を簡単に奪い取った。続く男がすぐさま繰り出してきた剣は、後ずさりしながら(たく)みに左右に揺れ動いて(かわ)した。その攻撃はデタラメでありながらワンパターン。剣の使い方もろくに知らないただのチンピラ集団と(さと)ったレッドは自分も一本だけ備えて来てはいたが使う気になれず、そこで、今取り上げた男の片手剣を拝借(はいしゃく)することにした。

 そうして一見、カウンター近くまで追い詰められた感じのレッドは、その場所で首を巡らした。ざっと十人の殺気(さっき)立った男たちに隙間(すきま)なく囲まれている。

 チャンスとばかりに、男たちは一斉に(おど)りかかった。ところが、レッドの顔色は変わらないままだ。その証拠に片手に奪った剣を持ちながら、もう片手で背後にあるカウンターを身軽に飛び越えると、そばにあった火掻(ひか)き棒を冷静につかみ取った。

 カウンター越しの厨房(ちゅうぼう)にいた店員たちは、大あわてで避難を始めている。

 あとを追って二人の男がカウンターに乗り上がった。レッドは男たちの武器を左右の腕の一振りで(はじ)き飛ばし、次いで、その足元を火掻き棒でなぎ払った。二人の男が悲鳴を上げながらカウンターから転げ落ちると、カウンター越しにいる残りの連中の、無性に気に食わないといった顔が見えた。

 レッドは、そんな男たちと(にら)み合いながら厨房を抜けたところで、それらががむしゃらに振るってくる凶器に、火掻き棒と他人の剣で応戦した。一つと外すことなく。

 その姿に、この騒動(そうどう)(なか)ば楽しんで見物していたほかの戦士たちも、唖然(あぜん)と見ているばかりの娼婦たちも、野次を飛ばし、握り拳を振り回して(あお)り立てていた別の不良グループも、その店にいる客の誰も彼もが、今は言葉もなく目をみはっている。

 レドリー・カーフェイ。その男の戦いぶりは、さながら神か鬼人。(すご)みのある一斉攻撃を前に、桁外(けたはず)れた瞬発力で相手の武器を次々と()ね飛ばし、あれよという間に全ての者を空手にさせたのである。そのうえ余裕あらば肘鉄(ひじてつ)を叩き込み、次いで足蹴(あしげ)りを食らわせていた。彼も火掻き棒を足元に捨て、奪った剣を椅子に突き立ててからは(こぶし)応酬(おうしゅう)となったが、それも(つか)の間、結果七人が床に(うずくま)り、恐れをなして攻撃を躊躇(ちゅうちょ)した残りの数人は、腰を抜かして近くのテーブルに寄りかかっている。

 レッドは苦しそうに(うめ)いている連中をぐるりと見下ろし、そして、最初に剣を奪い取った男に目を留めた。その男が乱闘に加わる間もなくレッドが片付けてしまったので、男はその間、ただその場でおどおどと見守るしかできなかったのである。

 男はレッドのその目と目が合うと、息を詰まらせてよろよろと後ずさり、空いているテーブルを背にしたところで止まった。 

 椅子から剣を引き抜き、大股でその男に近付いたレッドは、男の肩をつかんで背後の天板に荒々しく押し倒した。

「俺は伯爵の用心棒をしている。強姦及び窃盗の刑罰が改善されたのを、知ってるか。」
 レッドは、いい加減なことを真面目な顔と冷酷な声で言った。

 押さえつけられている男は圧倒されて、目に恐怖を浮かべたまま何も答えられないでいる。

「そうか、分かった。すぐに済むことだから、今ここで実際にやってみせようか? 斬首刑(ざんしゅけい)だ。」

「バカな!」と、罪人の口から思わず大きな声が出た。「嘘だろ、頼む!止めてくれっ!」

 レッドは腕を振り上げ、男の顔面の真横に、男の剣を勢いよく突き立てた。

 男は気絶してしまった。

「お前の剣だ。」

 レッドが動き出すと、ほかの連中は数歩あとずさりして距離をとった。だがレッドが次に歩み寄る相手は決まっている。

 赤毛の男は床にうずくまり、頭を両手で丸め込んで震えだした。そこへ右手が突き出され、ぶっきらぼうな声が聞こえると、たまらず短い悲鳴をあげた。

「ほら。あと一分だぞ。」

 理解が遅れて、少ししてから、おずおずと見上げる赤毛の男。だが、レッドが手のひらを二度上下して催促(さいそく)したのを見ると、あわてて胸ポケットに指を突っ込んだ。(あせ)って最初上手くいかなかったが、例のペンダントを引っ張り出して無言で返した。

 そうして、イヴの大切な物を確かに取り戻したレッド。さっさと背中を返して、従業員たちと一緒に避難した店主の方へ向かう。

「紙とペンを。」

 衝撃で顔が強張(こわば)っている店主に、レッドはそう(おだ)やかな声をかけた。

 会計カウンターへと戻った店主は、そこでメモ用紙とペン、そしてインク(つぼ)を差し出した。

 レッドはサインをして、それをそのままカウンターの上に残した。

「損害賠償の請求は、役場かグレーアム伯爵の屋敷の方にしてくれ。」

「は、はいっ。」

(さわ)ぎを起こして済まなかった。」

「い、いえ、お疲れさまでした。」

 微笑で応えたレッドは、真っ直ぐに出入口へ向かった。

 そして去り(ぎわ)。今はただ化け物でも見るような目を向けてくる連中には、こうひと言。

「お前ら、あとで逮捕状を持ったお(むか)えがやって来てくれるから、そこで待ってろ。」

 一目散に逃げ出すことだろうと分かってはいたが、連中がそのままこの町を出て行くなら、彼女がまた運悪く鉢合(はちあ)わせることもなくなる。顔を見かけるだけでも、彼女には耐え切れないだろう。

 そうしてレッドは、周囲の驚嘆(きょうたん)の囁きと、驚愕(きょうがく)の眼差しをよそにドアを押し開け、店をあとにした。

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