6. 皇妃の殺意

文字数 1,001文字

 火傷(やけど)と傷の治療を終えたエミリオは、自分の部屋のベッドに横になっていた。その(かたわ)らでは、幼いランセルが心配そうに兄の顔を覗きこんでいる。

 同じ部屋に、侍医と二人の召使いのほか、皇帝ルシアスと、シャロン皇妃もいた。

 ルシアスも深刻な面持ちで息子を見下ろしていたが、窓辺の壁際(かべぎわ)を立ち位置にしているシャロンだけは違った。

 その沈黙の中、不意にノックの音が響いて、扉越しにダニルスの声が続いた。
 すぐに陛下の許可がおりて、召使いが扉を開けに行った。

 入室してきたダニルスは、陛下のやや斜め後ろに(ひざまず)いた。

(きょう)が救ってくれたそうだな。だが、一体何があったというのだ。」
 エミリオを見つめたままのルシアスは、ダニルスの気配にそう声をかけた。 

「陛下、これを・・・。」

 ダニルスは説明する前にまず両手を(かか)げて、あるものを見せた。うやうやしく差し出されている右の手には、包帯が巻かれている。そして、その上にあるのは・・・(すす)けた一本の矢だ。

 それを振り返って見たルシアスは、顔をしかめた。
「どういうことだ。」

「恐らく、これが火矢として飛ばされ、エミリオ皇子に直撃したものと思われます。危うく、殿下は炎に包まれるところでした。」

「エミリオが狙われたということか。」

「それはまだ判断しかねますが・・・どうも衛兵の中に、曲者(くせもの)がいるようです。今、宮殿中をくまなく捜索させています。」

 ダニルスはそう報告して立ち上がり、エミリオ皇子に目を向けた。

 まだ精神が安定せずにいたため、侍医(じい)が飲ませた薬の効果で、今は穏やかに眠りについている。

 ルシアスや侍医と同じく、眉をひそめてしばらくその顔を見つめていたダニルス。だがふと、彼の戦士としての鋭い感覚が、背後の異様な気配に気付かせた。

 なんだ・・・と思い、肩越しにちらと振り向いたダニルスは、とたんに背筋を冷たいものが走り抜けて、思わずパッと目を戻していた。

 ダニルスが見たそこには、シャロン皇妃がいた。

 だが彼女は、この誰もが心配で不安そうにしている中で、ただ一人だけ平然と立っているように見えたのである。

 ダニルスはもう一度、今度はそうっと振り向いた。

 すると、皇妃と視線が絡み合った。

 ダニルスは、今度は不自然でないようゆっくりと視線を戻したが、この時、彼女の目の奥に()てつくような冷酷(れいこく)な光を見てとったのである。

 ダニルスはゾッとし、信じ(がた)い恐ろしい胸騒(むなさわ)ぎを覚えずにはいられなかった。




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