10. リーシャの密かな想い
文字数 1,905文字
帝都を出発してから、ずっと丘陵 の麓 に沿って歩いてきた一行は、何事もなく六日目に入って山道に踏み込んだ。高い木立 の間の歩き辛い坂道を進んでいると、やがて夕闇が迫ってきた。
レッドは後ろを振り返り、疲れが出始めた様子の隊員たちを見た。ロバに揺られ続けている王女にも疲労が見られる。
レッドは、王女と隊員たちをその場に待たせ、一人道から外れて斜面を下っていった。
それからしばらくして戻ってくると、ユリアーナ王女をミシカから降ろして、その手を取った。そして、下見をしてきた藪 の道へと導いた。隊員たちもあとに続く。おとなしくて利口なミシカは、放っておいてもついてきた。
やがて一行は、川の水音がかすかに聞こえてくる、少し広くなった場所にでた。足場もそう悪くはなく、藪に紛れてテントを張ることができるところである。
「野営の準備を始めてくれ。」
そのリーダーの声に従い、隊員たちは黙って行動を起こした。彼らは隊長・・・つまり、レッドに対して多少の不信感を抱きながらも、とりあえずは従順に応えていた。これまでも、予 め決められた通りにテキパキと動いた。そんな中、隊員たちの彼に対する印象は、はじめの頃とは少し違ってきていた。なぜなら、彼の指示は的確であるばかりでなく、驚いたことには手馴れたように堂々としているからだ。
実際、ライデル率いる盗賊一味に育てられたレッドは、皮肉なことに、おかげで身についた知識――山中や砂漠などの自然に関する知識――が備わっていたからこそ、若年でもアイアスになれたし、どんな険しい場所も、自信をもって進めるようになっていた。その点、彼は、今さらながらライデルに感謝したものだった。
邪魔になる木の蔓 や丈高 い茎 を排除しながら、ある者は雑木林 に目立たないようテントを張り、ある者は食事の準備を始めた。煙が上がる焚き火を起こすことができないため、携行食にはそのまま食べられる乾 した肉や果物、それに堅パンばかりが用意されていた。テントは紐 が付いた大きな一枚布だけ。いくらでもある樹木の枝を利用し、杭 と紐で固定するという、雨風を凌 いで眠る目的だけの簡易かつ軽量のもの。
隊員たちのさすがに手慣れた働きぶりを確認していたレッドは、つい気を抜いて目元をゆるめた。その視線の先には、ユリアーナ王女が。彼女は幼い子供のような笑顔で、ミシカに、切り分けた人参や林檎を自らあげているのである。そのロバはどうも贅沢 に育ったらしいと、レッドは呆れたように笑みをこぼして肩をすくった。そして、隊の荷物を点検し、纏 め直しているスエヴィの方へ足を向けた。
それから数分後。
物資の確認をしているその二人のもとに、女戦士の一人が何か嬉しそうに駆けてくる。中でも若いリーシャだった。
「ねえリーダー、食事もう配り終えたんだけど、ほかに何かすることない?」
「ああ、お前も食べてゆっくり休め。」
レッドは袋の中身から目を離さずに言った。
「平気よ、私、疲れてないの。あ、ねえこの荷物は?これは見た?」
リーシャは、シートで包んで紐で縛ってある大きな荷物を指差した。
「それは毛布の束。」
といっても、外套 がその役割を果たしてくれるので、極力荷物にならない薄手のものである。認識としては戦死した仲間の遺体を包むもの・・・という意味合いの方が強い。
「じゃあ、これも皆に配る分ね。テントに持って行くわ。」
「あ、そこ段差あるから ―― 。」
「きゃあっ!」
見事な反射神経で回り込んだレッドは、リーシャが足をくじく前に体で支えてやっていた。
リーシャは、助けてくれた相手の胸に頬を付けたまま、顔を真っ赤にしている。
レッドは、そんなリーシャの顔を覗 きこんで、困ったようにほほ笑んだ。こんな時、普段は近寄りがたい精悍 な顔が一変して優しくなることを、スエヴィは知っていた。
「頼むから、気をつけてくれ。足をケガされたら、置いて行かなきゃならなくなる。」
「うん。ごめんなさい、リーダー。」
あわてないよう体勢を立て直したリーシャは、はにかんだ笑みを返して、ゆっくりと戻って行った。
「わざとやっているとしたら・・・見事だな。」
本気で感心して、スエヴィはつぶやいた。
「何が。」
「その顔の使い方。」
「はあっ⁉ どういう意味だっ。」
「いや、いい。その点、お前はそんなに器用じゃないのは知ってる。」と返して、スエヴィは苦笑を浮かべる。
「・・・まあいい、とにかくあと頼む。俺、ちょっと辺りの様子見てくるから。完全に暗くなる前に、敵の気配と、水源の場所を確かめておきたいんだ。」
「了解。すぐ戻ってくれよ。」
レッドは耳を澄まし、川の水音を探りながら藪 の中へ姿を消した。
レッドは後ろを振り返り、疲れが出始めた様子の隊員たちを見た。ロバに揺られ続けている王女にも疲労が見られる。
レッドは、王女と隊員たちをその場に待たせ、一人道から外れて斜面を下っていった。
それからしばらくして戻ってくると、ユリアーナ王女をミシカから降ろして、その手を取った。そして、下見をしてきた
やがて一行は、川の水音がかすかに聞こえてくる、少し広くなった場所にでた。足場もそう悪くはなく、藪に紛れてテントを張ることができるところである。
「野営の準備を始めてくれ。」
そのリーダーの声に従い、隊員たちは黙って行動を起こした。彼らは隊長・・・つまり、レッドに対して多少の不信感を抱きながらも、とりあえずは従順に応えていた。これまでも、
実際、ライデル率いる盗賊一味に育てられたレッドは、皮肉なことに、おかげで身についた知識――山中や砂漠などの自然に関する知識――が備わっていたからこそ、若年でもアイアスになれたし、どんな険しい場所も、自信をもって進めるようになっていた。その点、彼は、今さらながらライデルに感謝したものだった。
邪魔になる木の
隊員たちのさすがに手慣れた働きぶりを確認していたレッドは、つい気を抜いて目元をゆるめた。その視線の先には、ユリアーナ王女が。彼女は幼い子供のような笑顔で、ミシカに、切り分けた人参や林檎を自らあげているのである。そのロバはどうも
それから数分後。
物資の確認をしているその二人のもとに、女戦士の一人が何か嬉しそうに駆けてくる。中でも若いリーシャだった。
「ねえリーダー、食事もう配り終えたんだけど、ほかに何かすることない?」
「ああ、お前も食べてゆっくり休め。」
レッドは袋の中身から目を離さずに言った。
「平気よ、私、疲れてないの。あ、ねえこの荷物は?これは見た?」
リーシャは、シートで包んで紐で縛ってある大きな荷物を指差した。
「それは毛布の束。」
といっても、
「じゃあ、これも皆に配る分ね。テントに持って行くわ。」
「あ、そこ段差あるから ―― 。」
「きゃあっ!」
見事な反射神経で回り込んだレッドは、リーシャが足をくじく前に体で支えてやっていた。
リーシャは、助けてくれた相手の胸に頬を付けたまま、顔を真っ赤にしている。
レッドは、そんなリーシャの顔を
「頼むから、気をつけてくれ。足をケガされたら、置いて行かなきゃならなくなる。」
「うん。ごめんなさい、リーダー。」
あわてないよう体勢を立て直したリーシャは、はにかんだ笑みを返して、ゆっくりと戻って行った。
「わざとやっているとしたら・・・見事だな。」
本気で感心して、スエヴィはつぶやいた。
「何が。」
「その顔の使い方。」
「はあっ⁉ どういう意味だっ。」
「いや、いい。その点、お前はそんなに器用じゃないのは知ってる。」と返して、スエヴィは苦笑を浮かべる。
「・・・まあいい、とにかくあと頼む。俺、ちょっと辺りの様子見てくるから。完全に暗くなる前に、敵の気配と、水源の場所を確かめておきたいんだ。」
「了解。すぐ戻ってくれよ。」
レッドは耳を澄まし、川の水音を探りながら
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