23. 鳴いたミシカ
文字数 1,893文字
そうして、レッドが中間地点を通り過ぎた時だった。突然、向こう岸にいる隊員たちがそろって騒 ぎだしたのである。二人に向かって何やらわめきながら、忙 しなく腕をぶんぶんと振っている者もいる。
「橋だ、橋が流れてくる!」
「縄を切られるぞ!」
「リーダー、早く!」
彼らが何を言っているかは、川の轟音 に掻き消されて聞き取れないものの、その指先が向くところに目をやったとたん、二人は血相を変えた。
上流から、大きな残骸 が流れてくる。
それが何かは辛うじて見て取れた。橋げたを無残に破壊され、激流に崩れ落ちた木造の橋だ。それがときおり岩にぶち当たっては切り離される木片を遠慮なくバラ撒き、また一緒に流されて来る様々なものを巻き込みながら、いよいよ恐ろしげなひと塊の怪物となってみるみる迫りくるのである。
二人はゾッ・・・とした。
「シャナイア、気が変わった。」
「そうね、一緒に死ぬのは今度にしましょう。」
呆然 と竦 み上がっている場合ではないと、レッドは力を奮い起こした。
あれに巻き込まれては、ひとたまりもない・・・!
「レッド!」
スエヴィが悲鳴を上げた。
橋の残骸 は瞬く間にやってきて、呆気 なく縄を断 ち切ってしまったのだ・・・!
直撃から逃れることはできたものの、レッドはたちまち流れに押されて足を取られた。だが二人の体は、濁流に飲み込まれはしなかった。何かの破片で擦り切られた腕でも、レッドはまだしっかりと命綱を握り締めていたのである。
男たちはみな一斉に縄につかみかかった。
「早く引っ張り上げろ!」
イーサン自身、縄を引き上げながら怒鳴った。
「ほら、急げ!」と、サーフィス。
レッドは手を放さないよう堪えているだけだったが、腕っぷしの強い屈強の男たちによって、みるみる岸へ引き寄せられていった。
グリードが手を貸してレッドを岸辺に這い上がらせてやり、スエヴィが縄を外して、背中からシャナイアを下ろしてやった。
レッドはそのまま、口の中に雨が降り注ぐのも構わず仰向 けになった。そして、眉間 に皺を寄せ、むせながらぜえぜえ喘 いでいるその間も、考えていた。全員が無事でいるものの、一つ喜べないことがあると。それは、みな惨 めに濡れそぼっているということ。毛布や食料は、どうにか川に浸けずに持ってくることはできた。だが、雨風の凌 げる場所を探して、湿った毛布にくるまり、身を寄せ合うしかないのか・・・。
一方の隊員たちは、地面に寝転んだままひどく滅入 っている隊長をよそに、そばで暢気 に手を叩きながら喜び合っている。
「よし!」
「橋は崩壊した!」
「これで奴らは当分やってこられないぞ!」
「ざまあみろってんだ。」
「やったな、リーダー!」
みなのこの様子に、スエヴィはさらに驚いた。そしてようやく、彼らがこの男の魅力にも気付いて心からレッドを隊長だと認め、チームとして確かによい関係を築きつつあるのを感じ取った。
スエヴィは、レッドの頭の横にしゃがみこむと言った。
「的中したな、レッド。たいした勘 だ。それに・・・。」
スエヴィはすぐには言葉を続けず、代わりに森の奥を指差した。
レッドが肘 をついて顔を上げると、雨で霞 む視界の向こうに、ちょうど明かりが灯り始めたばかりの家が見えた。
「今日のお前はついてるぜ。」
ふと気づくと、ユリアーナ王女が川べりで向こう岸を見つめ、佇 んでいた。
その寂しそうな背中に気付くなり、一変して顔を曇らせる二人。
「宮殿で可愛がられて育った馬が、野生で生きていけると思うのか。」
スエヴィは、切ないため息をついてレッドに言った。
「王女には、ああ言うしかないだろ・・・。」
レッドは疲労を堪 えて立ち上がり、ユリアーナ王女の隣にそっと立った。
隊員たちも黙ってそばに控 えた。
向こう岸に残されたミシカは、右に左に足を踏み鳴らして、落ち着かなげにこちらを見ている。
そして、ひどく悲しそうに一つ嘶 いた。
鳴かない馬が鳴いたのを、みなは初めて聞いたと思った。
じっと対岸を見つめるユリアーナのその瞳からは、涙が幾筋にもなって流れ落ちていた。それは雨と一緒になって分かり辛かったが、お上品に鼻をすすり上げ、肩を揺らしている様子から、誰もが察していた。迷惑をかけないようにと一生懸命に心の悲しみは隠せても、溢れ出す涙まではどうすることもできないその姿に、レッドも隊員たちも胸を締めつけられた。
「ごめんなさい・・・。」
ユリアーナは涙声で、ただ隣にいるだけのレッドに謝った。
「いえ・・・。」
やがてモイラとイリスが進み出てきて、王女を優しく促 した。
そしてユリアーナは、二人に慰 められながらミシカに背中を向けた。
「橋だ、橋が流れてくる!」
「縄を切られるぞ!」
「リーダー、早く!」
彼らが何を言っているかは、川の
上流から、大きな
それが何かは辛うじて見て取れた。橋げたを無残に破壊され、激流に崩れ落ちた木造の橋だ。それがときおり岩にぶち当たっては切り離される木片を遠慮なくバラ撒き、また一緒に流されて来る様々なものを巻き込みながら、いよいよ恐ろしげなひと塊の怪物となってみるみる迫りくるのである。
二人はゾッ・・・とした。
「シャナイア、気が変わった。」
「そうね、一緒に死ぬのは今度にしましょう。」
あれに巻き込まれては、ひとたまりもない・・・!
「レッド!」
スエヴィが悲鳴を上げた。
橋の
直撃から逃れることはできたものの、レッドはたちまち流れに押されて足を取られた。だが二人の体は、濁流に飲み込まれはしなかった。何かの破片で擦り切られた腕でも、レッドはまだしっかりと命綱を握り締めていたのである。
男たちはみな一斉に縄につかみかかった。
「早く引っ張り上げろ!」
イーサン自身、縄を引き上げながら怒鳴った。
「ほら、急げ!」と、サーフィス。
レッドは手を放さないよう堪えているだけだったが、腕っぷしの強い屈強の男たちによって、みるみる岸へ引き寄せられていった。
グリードが手を貸してレッドを岸辺に這い上がらせてやり、スエヴィが縄を外して、背中からシャナイアを下ろしてやった。
レッドはそのまま、口の中に雨が降り注ぐのも構わず
一方の隊員たちは、地面に寝転んだままひどく
「よし!」
「橋は崩壊した!」
「これで奴らは当分やってこられないぞ!」
「ざまあみろってんだ。」
「やったな、リーダー!」
みなのこの様子に、スエヴィはさらに驚いた。そしてようやく、彼らがこの男の魅力にも気付いて心からレッドを隊長だと認め、チームとして確かによい関係を築きつつあるのを感じ取った。
スエヴィは、レッドの頭の横にしゃがみこむと言った。
「的中したな、レッド。たいした
スエヴィはすぐには言葉を続けず、代わりに森の奥を指差した。
レッドが
「今日のお前はついてるぜ。」
ふと気づくと、ユリアーナ王女が川べりで向こう岸を見つめ、
その寂しそうな背中に気付くなり、一変して顔を曇らせる二人。
「宮殿で可愛がられて育った馬が、野生で生きていけると思うのか。」
スエヴィは、切ないため息をついてレッドに言った。
「王女には、ああ言うしかないだろ・・・。」
レッドは疲労を
隊員たちも黙ってそばに
向こう岸に残されたミシカは、右に左に足を踏み鳴らして、落ち着かなげにこちらを見ている。
そして、ひどく悲しそうに一つ
鳴かない馬が鳴いたのを、みなは初めて聞いたと思った。
じっと対岸を見つめるユリアーナのその瞳からは、涙が幾筋にもなって流れ落ちていた。それは雨と一緒になって分かり辛かったが、お上品に鼻をすすり上げ、肩を揺らしている様子から、誰もが察していた。迷惑をかけないようにと一生懸命に心の悲しみは隠せても、溢れ出す涙まではどうすることもできないその姿に、レッドも隊員たちも胸を締めつけられた。
「ごめんなさい・・・。」
ユリアーナは涙声で、ただ隣にいるだけのレッドに謝った。
「いえ・・・。」
やがてモイラとイリスが進み出てきて、王女を優しく
そしてユリアーナは、二人に
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)