⒘ 修道女たちの座談会

文字数 2,309文字

「アイアス? さあ、私は聞いたことがないから。」
 アンリが答えた。

「やだ、二人共知らないの? アイアスと言えば名誉(めいよ)象徴(しょうちょう)じゃない。」

「ヘレナ、あなたには男兄弟がいるからでしょう? 十歳から神殿暮らしの私たちじゃあ、知らなくても不思議はないわ。アンリはお嬢様育ちだし、イヴは一人っ子だもの。でも、そう言う女姉妹の私でも知ってるけれど。」
 ベルが言った。

 それに、アシュリンが続けた。
「私も、幼い頃に、パパからその武勇伝を聞いたことがあるわ。アイアスは通称で、正式名はアイアンギルスよ。とりあえず、戦士で知らない人はいないんですって。彼らの(あこが)れの的で、なかなかお目にかかれるものじゃあないのよ。今では大陸でも数えるほどしかいないそうだから、伝説の勇者ね。私たち修道女の存在よりも、ずっと率は低いわ。」

「なんでも、数々の厳しい試験によって腕を試されるだけでなく、正義感や忠誠心などの人間性も問われたうえで見事合格した者だけが、やっと名誉の象徴、つまり、その資格を取った(あかし)として、(ひたい)に聖獣の刺青(いれずみ)(ほどこ)すことができるんですって。」と、ヘレナ。

(わし)ね・・・。」

 この時、イヴの目には、彼の額にあったその紋章(もんしょう)がはっきりと浮かんだ。

「そうよ。」と、ヘレナは答えた。「アイアスの戦士は、ほかの傭兵(ようへい)の数倍戦場に立つと言われているわ。ほら、傭兵って無事に帰還すれば、当分は働きに出なくてもいいほどの報酬(ほうしゅう)が得られるでしょう? でも、彼らは関係ないんですって。どうすれば平和に近づけるかを常に考えながら、自分の正義に従って仕事を選び、そうして戦争が無くなるまで戦い続けるさだめなんですって。それに、町の外はほとんど無法地帯と化していて、盗賊なんかが幅を()かせているでしょう? だから、常に旅をしているアイアスは、自然とそれらを()らしめる存在になっていて、世直し舞台とも言われているらしいわ。それで彼らのほとんどが、体力の限界を感じる前に戦場で名誉ある戦死を()げるそうよ。最も死に近い場所に常にいるのでしょうし、いくら腕がよくても無理もないわね。」

「まあ・・・なんて苛酷(かこく)なの。」
 アンリは悲しげに(まゆ)をひそめた。

「でも、それを承知でアイアスを目指し、試験に(のぞ)みに来る戦士は()えないらしいわ。」と、ベル。

「ねえ、アイアスの人って身を固めたりするのかしら。」
 アシュリンが問いかけた。

「そりゃあ・・・人間だもの。よほど理解のある恋人でもできれば、するんじゃない?」
 ヘレナが言った。

「でも、妻になる人は大変よね。無事に帰ってきてくれたと思ったら、愛しい人はすぐにまた出て行っちゃうわけでしょう? 彼の身を案じて、不安に胸を押しつぶされそうになりながら、一人取り残される孤独に耐える覚悟が必要よね。待つ方も、待たせる方も辛いわよね。それでも幸せだと思えるのかしら。まるで生き地獄だわ。」とアンリも言って、こう続けた。「そんな時、その人は、恋人のために戦士を辞めようとは思わないのかしら。」

「馬鹿ね、戦士を辞めるってことは、アイアスとしての何もかもを捨てるってことじゃない。名誉が消えてなくなるのよ。どれほど苦労してそれを勝ち得たかを思えば、それこそかなりの覚悟がいるわよ。そもそも、正義感や忠誠心の異常に強い人なんだから、何かよほどの理由が無い限り、有り得ないわね。」
 即座にベルが答えた。

「あら、それなら私たちだって同じじゃない。いくら退院したあとは自由だっていっても、よほど愛しい人じゃない限り、ただの女になる勇気なんて、私無いわよ。」と、アシュリン。

 イヴは、友人たちが、自分の持ちかけた話題にすっかり夢中になって座談会をしているその間、誰かが何かを言う度に、(せわ)しなくそちらへ目を向けた。

 気分はみるみる憂鬱(ゆううつ)になり、視線も下へと落ちていく・・・。

 そんな親友の様子にも気付かずに、一方の彼女たちは楽しそうにおしゃべりを続けている。

「ねえねえ、もしすごく好きな人ができて、その人がアイアスだったらどうする?」
 ずいぶん軽い声で、ヘレナがきいた。

「それって、彼と心底愛し合えたとして?」
 真っ先にアシュリンが反応した。

「お互いが、お互い無しでは生きていけないくらいにね。」

「それなら、彼には名誉を捨ててもらうわ。その代わりに、私も名誉を捨てるの。でないと不公平だもの。」

「お互い何もかも捨てて、本物の愛を手に入れるのね。究極の愛だわ。なんてロマンチックなの。」
 アンリは何かしら遠いものでも見つめるように、うっとりとしている。

 すると、ベルがため息混じりに、「ほんとにそう思う?ほんとに愛しい人に、名誉を捨ててなんて言えるかしら。私には、とてもできそうにないわ。」と、呆れたと言わんばかりに反論。そして、「そもそも、あなたたち、ちょっと視点がズレちゃってるじゃない。よほどの理由ってゆうのは、そういうことじゃないのよ。例えば、(ほこ)りが持てなくなるような失敗をしてしまったとか、そういう理由で、アイアスとしてやっていく自信が無くなった場合を言うのよ。」

 納得(なっとく)のため息が広がった。

 そうして会話が落ち着くと、アンリが不思議そうな顔をして、イヴを見た。
「ところでどうしたの? だしぬけにそんなこときいて。」

「え、あ、ううん。何でもないの。ちょっと耳にしたから、興味があっただけ。」
 どこか(あせ)った身振(みぶ)りと共に、イヴはそう答えた。
「いけない、エマカトラ様に呼ばれていたんだわ。じゃあ、またあとでね。」

 そしてイヴは、何やら誤魔化(ごまか)すように急いで行ってしまった。

 明らかに妙だ・・・ルームメイトたちは顔を見合わせる。そして、誰もがふと思った・・・。

「まさか・・・男っ⁉」


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