14. 罪悪感と絶望にも

文字数 1,797文字

 山へ入れる細道を見つけた。とにかく遠くへ行かなければ・・・という考えが働いた。山脈を越えれば危険を遠ざけられる。

 しばらくは、息が詰まりそうなほどの苦しみだけを抱えて、ただ茫然(ぼうぜん)と歩き続けた。

 日が暮れて、道から少し外れたところに見つけた岩の(くぼ)みに座りこんだ。ここで夜を明かそう。

 冬でなくても、夜は急に冷えてくる。しかも山の中。何の防寒着もない状態で、寒さに震えた。だが外的な(つら)いという感情は、自分の中からもはや消え失せてしまったようだった。

 また二人で話そう・・・と、彼は言った。そしたら、どんな話をしていただろう。正体に気づいていたことだろうか。もっとたくさんのことを、伝えたそうにも見えた。

 だが・・・彼は、もう・・・。

 真っ暗な雑木林(ぞうきばやし)の中で、何度も泣いた。今まで経験のない精神の狂いように、人気の無い場所で構わず嗚咽(おえつ)をもらし、(こわ)れそうになりながら泣いた。

 ふと見上げれば、偶然、木の葉越(はご)しに輝く一等星が見えた。
 思わぬことに、ほんの少し、奇妙な安らぎを得られた。

 ひどい罪悪感と絶望の中にいても、まだ死ねない・・・と、我に返った。

 それから落ち着いて、目を閉じた。疲労のおかげで、いつの間にか眠ることができた。

 朝日が射してきた頃、エミリオは目を覚ました。

 のろのろと首を回して、辺りを見た。葉が落ちて小枝が()き出しになっている、細い木々に囲まれていた。とても(さび)しい感じがするところだ・・・。

 昨日の出来事が思い出された。心苦しくて・・・胸が張り裂けそうになる・・・悲惨な・・・。

 目頭がまた熱くなり、目を閉じたエミリオは、ゆっくりと呼吸を整えて気持ちを立て直した。気が確かでいることに、努力を()いなければならなかった。

 ここから出ないと・・・と、気合いで立ち上がったエミリオは、まず口にできそうなものを探した。木に()っている何か果物を剣先で切り落として食べ、湧き水を見つけて飲んだ。ただ、食べたいという気持ちは全く湧いてこなかった。胃が受けつけない時もあった。それに、自然の恵みからは力をつけられそうにもなかった。だが、とりあえず命はつないだ。

 この何日かは、そうして生き延びた。

 体力が落ち、無気力でふらふらでも、とにかく前へ進んだ。思考力も衰えていたが、意図(いと)せずとも思い出されることに、時には涙を浮かべ、嗚咽(おえつ)を漏らしながら歩いた。かなり心は病んでいた。

 そんな状態でも、むしろ、その度に奮い立たされた。あの二つの言葉に・・・。

 〝生き抜いてください・・・!〟
 〝主人の死を無駄にしないで!〟

 ずいぶん登ってきて、開けた(がけ)の上に出た。眼下に平原を見渡せた。遠くに湖が見え、その周辺には町もあるだろう。だが、山麓(さんろく)の森を抜けると、少し()れた、枯れ草のような黄色と萌黄(もえぎ)色の大地がほとんどを占めている。その中に、広い街道(かいどう)が一本通っている。国を抜けていく大街道だ。そこを行く馬車の動きも見てとれた。

 もうすぐ山脈を越えられる。

 人の往来(おうらい)が盛んな広い道は避け、国を出るまでは、できるだけ森の小道や山道を進もうと考えた。

 (とうげ)を普通に越えられる道は、やがて大街道(だいかいどう)の近くの広い道に出る・・・と分かったところで、エミリオは、少し勾配(こうばい)のきつい斜面の細道を選んだ。

 ただでさえ克己心(こっきしん)がいるような場所を、万全ではない体で下りていくのは死ぬほど苦労した。実際、ちょっと何か起これば、すぐに死につながる道だ。剣帯が無いので片手が使えないのも問題だった。

 だが、今は恐怖心といったものは無かった。そもそも、頭も心もほとんど空虚な状態でいた。

 そしてふと、我に返る。それは栄養不足のせいもあるだろう。とにかくその繰り返しだった。なのに、ただ必要に応じて手足を出していただけで、ふと気づけば下山に成功していた。

 (ふもと)の道は切り開かれたものらしかった。モミの木に囲まれていて、木々の間から明るい光が射し、道を照らしている。それだけでも、心は少し救われた。

 山脈を越えたあと、いちおう目指す場所は決めていた。山麓(さんろく)を見下ろした時に、大きな沼が目についた。その近くに修道院らしきものが建っていたのだ。

 夫人の言葉を思い出したエミリオは、とりあえずそこで、教えられた通りに助けと助言を求めようと思った。無論、詳しい事情は話せないが。

 どう生きて旅をするかは、頭が少しでも働く時に考えた。常に前向きな気持ちでは出来そうになかった。




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