20. 執念

文字数 1,445文字

 部隊長はあの惨劇について、皇妃には、「遺体は人目につきますので、滝壺(たきつぼ)に葬りました。」と、死を覚悟で(いつわ)った。

 ウィルの我が身を犠牲にした一か八かの賭けは、そうして見事に受け入れられた。が、それは一時的なものでしかなかった。

 どこから情報が漏れたのか・・・。暗殺を命じられた者たちのあいだでは、当然、極秘にしていた。それは誰もが自らの意志で守り抜いてきたはず。だが内部の人間からでなくとも、様々な可能性がある。また何か、ちょっとしたきっかけ・・・そう、例えば、子供たち。あの場には、何も知らない無邪気な ―― 心にひどい傷を負ったはずの ―― 子供たちもいた。もし、ふと不審に思ったシャロン皇妃が少し手を回すだけで、そうと取れる事実を知ることもできるだろう。つまり、報告の真偽の確認。

 とにかく、結局はまたも、エミリオ皇子の生存が知られてしまったのである。

 そして、今度はわざと嘘をついた暗殺部隊の隊長は、異常なまでに躍起(やっき)になっている彼女から強く(しか)られることは無かった代わりに、実質的な国外追放ともいえる、果てしない地獄の指令を言い渡されたところだった。 

 国を逃れたエミリオ皇子を見つけ出し、確実に殺すまで、戻ってきてはならないと言うのである。

「どう証明すればよろしいのでしょうか。まさか、遺体を・・・と。」
 隊長は愕然(がくぜん)としながらも、さすがに(あき)れて、せめてもの少し反抗的な態度をとった。

 これによって、シャロンも一瞬押し黙った。怒り任せに無茶を言っていることが分かっていた。だが、無性にこみあげるこの苛立ちのおさえはきかなかった。

「無理なら、それに値するものでも構いません。」
「例えば・・・どのような・・・。」
「自分でお考えなさい。」

 その感情的な態度に困惑し、隊長は重いため息をついた。
 皇妃は遺体を見ることを望んでいる・・・本気で首を持ち帰れ、とでもいうのか。

「お言葉ですが・・・この広い大陸で、あてもなく彷徨(さまよ)っておられるはずの皇子の足跡(そくせき)を、どうたどればよいのでしょう。」
 聞き込みしかないだろうが・・・。滅入(めい)りながら隊長はそう考えた。本当なら、馬鹿馬鹿しいと吐き()てたいくらいだ。

「聞き込みでも何でも、方法が無いわけではないでしょう。それはあなたの方がよく思いつくはずです。あなた・・・。」
 そういうことを、わざと言ってくるとは・・・・とイライラしたが、シャロンは(にら)みつけただけで済ました。
「とにかく、エミリオ皇子の容姿は目立ちます。ひと目で印象に残る特徴。聞き込みに苦労はしないでしょう。」
 その言葉を、シャロンは忌々(いまいま)し気に口にした。

「あの日、エミリオ様は着の身着のまま逃亡されました。すでにもう・・・生き倒れている可能性も、じゅうぶんに考えられます。皇子は、俗世で生きていく(すべ)を身に着けておられません。そこでは皇子は幼子も同然。世間の何も分からず、路頭に迷ったはずです。」

「それなら、その可能性も視野に入れて捜索(そうさく)なさい。そして、その証拠を持ち帰りなさい。身元が分からない遺体でも、発見されれば管轄(かんかつ)の行政機関が動いて、それなりの(とむら)いをしているのが当然でしょう?」

 隊長は険しい表情で背筋をピンと伸ばすと、大きく一歩さがった。
「命令には従います。陛下・・・。」

 シャロンはふんと息を吐きだして、うなずいた。
「下がって構いません。」

「失礼いたします。」

 廊下へ出ると、隊長もまた派手なため息をついて首を振った。
 あれ以上、聞いてはいられない。何を言っても無駄だ・・・と分かってはいたが。


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