2. 亜麻色の髪の女戦士
文字数 2,292文字
都市の中央にある城には、いかつい男たちがぞろぞろとやってきていた。奥には、灰青色の屋根を架 けた城館が濠 の中にそびえていたが、城門をくぐると係員が待っていて、訪 れた戦士たちは道順に従って進むように指示される。
そうして、レッドとスエヴィも、姿形はまるで聖堂のような石造 りの別館へと入って行った。
特に煌 びやかな装飾など何も無い館内に、広い中庭を囲む回廊があった。一人ずつ呼ばれて試験会場へ入っていくあいだ、集まった男たちは壁際 で待たされていた。奥の方にある重厚な両開きの扉の前や、廊下の所々に、今度は兵士の身なりをした男が数人立っている。一列に並んでいる受験者を、その誰もがみな厳粛 な顔で眺めていた。
レッドもスエヴィも私語を慎み、両腕を組んで壁にもたれていた。ほかの男たちも同様で、ただ静かにじっとしている。
だが不意に、その緊張感を掻き乱すざわめきが起こった。
二人は何かと思い、首を突き出して見た。それを、そばにいる兵士に注意されることはなかった。兵士たちの視線も、同じくそちらにあったからだ。
奥の部屋から出てきたらしい、若い女性の姿が見えた。女でありながらズボンを履き、細身の長剣を帯びている。目の醒めるような、とびきりの美女だ。凛とした大きな瞳と、引き締められた戦闘服で分かるメリハリのはっきりした姿態で、亜麻色 の長い髪をポニーテールにしてまとめている。
誰もかれもが釘付けになっていたが、レッドだけは息を呑んだのは一瞬で、すぐに首を引っ込めた。
スエヴィが締 まりのない顔でささやきかける。
「見ろよ、女戦士だぜ。初めて見た。」
「女戦士を?」
「いや、あんなとびっきりのイイ女をだ。」
「なるほど・・・。」
「彼女も応募したのかなあ。」
「いや、違うみたいだ。兵士たちの態度を見てみろよ。」
そう言われて、スエヴィは、視線を美女のそばにいる兵士へ移した。
すると、彼女とすれ違う瞬間、その兵士は先に一礼したのである。
「妙に低姿勢だな・・・関係者か。」
「誰かお偉 いさんに気に入られてる用心棒だろ。わざわざ女を雇 ったってことは、恐らくユリアーナ王女のだろ。」
「てことは、これに選ばれれば、もれなくあの美女もついてくるわけだ。」
どういう意味の〝もれなく〟なのかと呆れたあとで、レッドは周りの男たちの様子に気付いた。誰も彼もが、骨付き肉にありつけた犬のような顔をしている。
「なんか・・・お前みたいなのがゴロゴロいるな、ここには。」
「なんだよ、レッド。お前は興味ねえのかよ。」
レッドの脳裏に、別れてきた彼女がまたふと現れた。こんなふうに、ちょっとしたきっかけで度々姿を見せてはダメージを与えていく・・・イヴ。
彼女は、癒 しの力や治癒 力と呼ばれる特殊能力を持つ修道女だ。それは実際に、痛みや苦しみを精神だけでなく肉体からも軽減させてやることができる力だが、純潔でなければ維持できないため、異性と契れば無くなってしまう。そもそも、聖職者でいる間は当然規則で禁じられているので、貞操を守るのは義務である。
自分の立場を自覚して、誰かと恋愛することなど生涯無いと確固たる意志でいたはずのレッドは、こともあろうに、そんな彼女を心底愛した。そして、彼の心の傷に覿面 に効く薬のように、ある夜、彼の目の前に唐突 に現れた彼女もまた、こともあろうに、そんな彼を無性に愛した。互いに必要な存在となった。
だからレッドは、彼女の退院を待って、一度は一緒になる約束をしたのである。しかしそのあとで、彼女の能力のことを詳しく知ったレッドは、全て捧げる決心をしてまで愛してくれた彼女を裏切り、一方的に別れを告げた。
その辛 い過去に、未だレッドは苛 まれている。だがむしろ、それを罰だと考えた。そして、彼女のことを忘れたいなどとは思わず、甘んじて受け入れ、逆に彼女の姿を、ぬくもりを、一緒に過ごした甘い日々を、綺麗な思い出のまま胸にしまった。
そういうわけで、レッドは今、そんな軽いスエヴィにノリよく返してやることができなかった。
「ねえことはねえけどさ・・・今はちょっと・・・。」
「あ?」
「あ、いや、ほらなんか年上っぽいしさ。」
「なんだよ、そんなこと気にするヤツだったか?そういえばお前、俺より五つも年下だったな。」
二人はそこまでにして、口を閉じた。
また腕を組んで壁にもたれ、うつむいて、一度思い出したらなかなか消せないその女性のことを考えていたレッドの視界に、すらりとした形のよい足が現れた。
レッドは、顔を上げていった。
さっきの美女がそこにいて、自分のことを不思議そうに見つめているその目と、目があった。
「あなた・・・いくつ?」
見た目の美しさを損 なわない綺麗で歯切れのいい・・・いかにも気が強そうな声。
「・・・二十歳 。」
「そう・・・。余計なことだけど・・・この任務、経験豊かな屈強 の戦士ばかりを集めるつもりらしいわよ。さっき聞いてきたの。」
その美女は、レッドの顔から視線を徐々に下へと落としていく。袖から出ている隆起した腕の筋肉や、着衣の上からでも分かる丈夫そうな大胸筋からは、屈強と推測するにじゅうぶん。それでいて背が高く均整がとれたスタイルには、思わず感嘆 の吐息を漏らしていた。
彼女は、いやに眺められているな・・・と思いつつも、黙っていたレッドの顔に最後視線を戻すと、あからさまに苦笑を向けて言った。
「いい体してるけど・・・じゃね。」
レッドは、去っていく彼女のあでやかな後ろ姿を見送りながら、「やっぱ年上だな。」と、つぶやいた。
スエヴィは、いわくありげにふっと笑った。
「甘く見られたな、レッド。」
そうして、レッドとスエヴィも、姿形はまるで聖堂のような
特に
レッドもスエヴィも私語を慎み、両腕を組んで壁にもたれていた。ほかの男たちも同様で、ただ静かにじっとしている。
だが不意に、その緊張感を掻き乱すざわめきが起こった。
二人は何かと思い、首を突き出して見た。それを、そばにいる兵士に注意されることはなかった。兵士たちの視線も、同じくそちらにあったからだ。
奥の部屋から出てきたらしい、若い女性の姿が見えた。女でありながらズボンを履き、細身の長剣を帯びている。目の醒めるような、とびきりの美女だ。凛とした大きな瞳と、引き締められた戦闘服で分かるメリハリのはっきりした姿態で、
誰もかれもが釘付けになっていたが、レッドだけは息を呑んだのは一瞬で、すぐに首を引っ込めた。
スエヴィが
「見ろよ、女戦士だぜ。初めて見た。」
「女戦士を?」
「いや、あんなとびっきりのイイ女をだ。」
「なるほど・・・。」
「彼女も応募したのかなあ。」
「いや、違うみたいだ。兵士たちの態度を見てみろよ。」
そう言われて、スエヴィは、視線を美女のそばにいる兵士へ移した。
すると、彼女とすれ違う瞬間、その兵士は先に一礼したのである。
「妙に低姿勢だな・・・関係者か。」
「誰かお
「てことは、これに選ばれれば、もれなくあの美女もついてくるわけだ。」
どういう意味の〝もれなく〟なのかと呆れたあとで、レッドは周りの男たちの様子に気付いた。誰も彼もが、骨付き肉にありつけた犬のような顔をしている。
「なんか・・・お前みたいなのがゴロゴロいるな、ここには。」
「なんだよ、レッド。お前は興味ねえのかよ。」
レッドの脳裏に、別れてきた彼女がまたふと現れた。こんなふうに、ちょっとしたきっかけで度々姿を見せてはダメージを与えていく・・・イヴ。
彼女は、
自分の立場を自覚して、誰かと恋愛することなど生涯無いと確固たる意志でいたはずのレッドは、こともあろうに、そんな彼女を心底愛した。そして、彼の心の傷に
だからレッドは、彼女の退院を待って、一度は一緒になる約束をしたのである。しかしそのあとで、彼女の能力のことを詳しく知ったレッドは、全て捧げる決心をしてまで愛してくれた彼女を裏切り、一方的に別れを告げた。
その
そういうわけで、レッドは今、そんな軽いスエヴィにノリよく返してやることができなかった。
「ねえことはねえけどさ・・・今はちょっと・・・。」
「あ?」
「あ、いや、ほらなんか年上っぽいしさ。」
「なんだよ、そんなこと気にするヤツだったか?そういえばお前、俺より五つも年下だったな。」
二人はそこまでにして、口を閉じた。
また腕を組んで壁にもたれ、うつむいて、一度思い出したらなかなか消せないその女性のことを考えていたレッドの視界に、すらりとした形のよい足が現れた。
レッドは、顔を上げていった。
さっきの美女がそこにいて、自分のことを不思議そうに見つめているその目と、目があった。
「あなた・・・いくつ?」
見た目の美しさを
「・・・
「そう・・・。余計なことだけど・・・この任務、経験豊かな
その美女は、レッドの顔から視線を徐々に下へと落としていく。袖から出ている隆起した腕の筋肉や、着衣の上からでも分かる丈夫そうな大胸筋からは、屈強と推測するにじゅうぶん。それでいて背が高く均整がとれたスタイルには、思わず
彼女は、いやに眺められているな・・・と思いつつも、黙っていたレッドの顔に最後視線を戻すと、あからさまに苦笑を向けて言った。
「いい体してるけど・・・じゃね。」
レッドは、去っていく彼女のあでやかな後ろ姿を見送りながら、「やっぱ年上だな。」と、つぶやいた。
スエヴィは、いわくありげにふっと笑った。
「甘く見られたな、レッド。」
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