20. 死ぬ前に・・・
文字数 2,127文字
シャナイアは隣で何か言いたげに苦笑しているデュランを見ると、従 うしかないと思い、仕方なくうなずいた。
「・・・分かったわ。」
「じゃあ、今からは、俺がお前を負ぶって行くから。」
「はっ⁉ 嫌よ、自分で歩くわよ!」
「さっき歩けないような弱音吐いてたのは、どこのどいつだ。ここぞって時に動かなくなっちまったら、お前を連れて行く意味がないだろ。お前はまだ必要だって言ったろうが。いいか、隊長命令だからな。」
シャナイアはもう、黙るしかできなくなってしまった。
「カーフェイ殿、わたくしのミシカにシャナイアを。私は歩きますから。」
ユリアーナ王女が進み出て来て、ためらいもせずにそう言った。
だがレッドは言下に、「大丈夫です。私がずっと負ぶって行きますから。」
「でも・・・。」
「王女、聞いてください。」
レッドは、わざと少々厳しい声を出した。
「あなたが我々と共に歩けば、それこそかなりの遅れを取ることになってしまいます。」
ユリアーナはハッとして、申し訳なさそうにうつむいた。
「・・・そうですわね。」
ずっと厳しい表情だったレッドは、そっとほほ笑んだ。そして王女に向き直ってひざまずくと、こう言ったのである。
「王女・・・そのお心遣 いとても感動いたしました。お国へ帰れば、近い将来、王女にはきっとたくさんの求婚者が現れるでしょう。いつか王妃になられても、どうかそのお心のままで。」
「ありがとうございます、姫様。その時は、きっと大陸一お優しい王妃様になられるのでしょうね。」
シャナイアもすぐにそう続けたが、レッドの口からそんなセリフがすらりと出てきたことには、正直少し驚いていた。
ユリアーナも驚いたように顔を上げ、シャナイアの目を見たあと、若い隊長のその精悍 な顔に浮かぶ優しさに気付いて、少し照れくさそうな微笑を返した。
これに共感したり、ここで完全に心の変化を認めた者は多くいた。イリスがほっとした笑顔をあからさまに浮かべ、ジェイクやタイラーがそっと目を見合い、ほかにも何人かが周りにいる者の表情をちらちらと窺 っている。そして目が合うと、何か複雑な表情を交わし合うのだった。アイアスと知った時にもう隊員たちの不信感は払拭 されたが、この男はそれだけじゃない。そう思うのは俺だけか・・・という顔である。
だが、シャナイアが視線をほかへ向けると、たちまち誰もが悲痛感に襲われた。
そこで隊員たちがそろって目を向けた先には、レイアスの遺体と、そして、傍 らで泣きじゃくっているようなモイラの背中が・・・。
「レッド・・・モイラが。」
シャナイアがレッドを見上げて言った。
その姿を見つめているレッドの横顔も浮かない。
モイラはどうしたのか、リーシャが亡くなった時でさえ堪 えられただろう涙を、隠しもせずに流し続けているのである。レイアスの死に顔を見下ろして。
隊員たちも移動して、今度はその二人の周りに集まった。
シャナイアも立ち上がり、気を利かせたデュランの肩を借りて、負傷している足を庇 いながらゆっくりと歩いた。
シャナイアは、震えているモイラの肩にそっと手を置いた。
「モイラ・・・もしかして・・・。」
「逆だよ。」
サーフィスが不意に言った。
「ひと目惚れしたって・・・言ってた。」
サーフィスは、レイアスと同じテントで休んでいた仲だった。
モイラはこくりとうなずいた。
「好きだ・・・って、言われたわ。死んじゃう前に。彼、私の手を引いて・・・前に来たの。そして矢にかかったのよ。だからまともに胸に・・・。」
「そう・・・だったの。」
いち早く敵の射手 に気づいたレイアスの体は、とっさに動いてモイラを庇ったのだろうと、レッドも理解した。
レイアスは口数の少ない男だった。だがいつも微笑 んでいるような、穏 やかで紳士的な男だった。もっとも任務中であるので、誰もべらべらと会話を楽しむことはないが、そんな彼が仲間と交わしたわずかな会話の中で、彼女のことを想う気持ちを打ち明けていたのは驚くべきことだった。切々たる想いが伝わってきた・・・。
地面に膝 をついたシャナイアは、命を助けられた同じ立場でリーシャのことを思い出しながら、両手を伸ばしてモイラをぎゅっと抱きしめた。
彼らは例によって、レイアスの遺体を丁寧に毛布で縛ると、道から外れた草地に横たえた。そして、長い黙祷を捧げた。
そうしてレイアスの弔 いを終えると、スエヴィは言った。
「今回は、さすがにヤツらも大打撃を受けたろうからな。予備軍を仕向けてくるとしても、すぐには無理だろう。」
そこへ、突然の雨 —— 。
真上の空はいよいよ濃くなった灰色の雨雲で覆われている。
「まずい、荷物がびしょ濡れになっちまうぞ。」
ライアンが狼狽 しながら荷物を取りに行き、それを担 いで木の下へ逃げ込んだ。
ほかの者も、すぐにそれに倣 った。
「急ごう、日が暮れるまでにはまだだいぶある。先へ進むぞ。」
そう言ってシャナイアに背中を向けたレッドは、有無を言わせぬ口調で彼女に負ぶさるよう命令した。
シャナイアもおとなしく従 った。
一行は道の脇の、大木が厚い傘を作ってくれる下をなるべく選んで歩きだした。
雨脚 はすぐに強くなり、そのまま篠 つくように降りだした。
「・・・分かったわ。」
「じゃあ、今からは、俺がお前を負ぶって行くから。」
「はっ⁉ 嫌よ、自分で歩くわよ!」
「さっき歩けないような弱音吐いてたのは、どこのどいつだ。ここぞって時に動かなくなっちまったら、お前を連れて行く意味がないだろ。お前はまだ必要だって言ったろうが。いいか、隊長命令だからな。」
シャナイアはもう、黙るしかできなくなってしまった。
「カーフェイ殿、わたくしのミシカにシャナイアを。私は歩きますから。」
ユリアーナ王女が進み出て来て、ためらいもせずにそう言った。
だがレッドは言下に、「大丈夫です。私がずっと負ぶって行きますから。」
「でも・・・。」
「王女、聞いてください。」
レッドは、わざと少々厳しい声を出した。
「あなたが我々と共に歩けば、それこそかなりの遅れを取ることになってしまいます。」
ユリアーナはハッとして、申し訳なさそうにうつむいた。
「・・・そうですわね。」
ずっと厳しい表情だったレッドは、そっとほほ笑んだ。そして王女に向き直ってひざまずくと、こう言ったのである。
「王女・・・そのお
「ありがとうございます、姫様。その時は、きっと大陸一お優しい王妃様になられるのでしょうね。」
シャナイアもすぐにそう続けたが、レッドの口からそんなセリフがすらりと出てきたことには、正直少し驚いていた。
ユリアーナも驚いたように顔を上げ、シャナイアの目を見たあと、若い隊長のその
これに共感したり、ここで完全に心の変化を認めた者は多くいた。イリスがほっとした笑顔をあからさまに浮かべ、ジェイクやタイラーがそっと目を見合い、ほかにも何人かが周りにいる者の表情をちらちらと
だが、シャナイアが視線をほかへ向けると、たちまち誰もが悲痛感に襲われた。
そこで隊員たちがそろって目を向けた先には、レイアスの遺体と、そして、
「レッド・・・モイラが。」
シャナイアがレッドを見上げて言った。
その姿を見つめているレッドの横顔も浮かない。
モイラはどうしたのか、リーシャが亡くなった時でさえ
隊員たちも移動して、今度はその二人の周りに集まった。
シャナイアも立ち上がり、気を利かせたデュランの肩を借りて、負傷している足を
シャナイアは、震えているモイラの肩にそっと手を置いた。
「モイラ・・・もしかして・・・。」
「逆だよ。」
サーフィスが不意に言った。
「ひと目惚れしたって・・・言ってた。」
サーフィスは、レイアスと同じテントで休んでいた仲だった。
モイラはこくりとうなずいた。
「好きだ・・・って、言われたわ。死んじゃう前に。彼、私の手を引いて・・・前に来たの。そして矢にかかったのよ。だからまともに胸に・・・。」
「そう・・・だったの。」
いち早く敵の
レイアスは口数の少ない男だった。だがいつも
地面に
彼らは例によって、レイアスの遺体を丁寧に毛布で縛ると、道から外れた草地に横たえた。そして、長い黙祷を捧げた。
そうしてレイアスの
「今回は、さすがにヤツらも大打撃を受けたろうからな。予備軍を仕向けてくるとしても、すぐには無理だろう。」
そこへ、突然の雨 —— 。
真上の空はいよいよ濃くなった灰色の雨雲で覆われている。
「まずい、荷物がびしょ濡れになっちまうぞ。」
ライアンが
ほかの者も、すぐにそれに
「急ごう、日が暮れるまでにはまだだいぶある。先へ進むぞ。」
そう言ってシャナイアに背中を向けたレッドは、有無を言わせぬ口調で彼女に負ぶさるよう命令した。
シャナイアもおとなしく
一行は道の脇の、大木が厚い傘を作ってくれる下をなるべく選んで歩きだした。
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