1. ギルベルトとディオマルク(児童期)

文字数 2,222文字

 これは血の繋がりがある二人の皇子、その英雄たちの過去の物語。





 アルバドル帝国の皇帝ロベルトは、9歳の息子のギルベルトを連れて、数年来の同盟(どうめい)国であり友好関係にあるダルアバス王国を(おとず)れていた。この日、11歳の誕生日を迎えるディオマルク王子のために、ギルベルトが選んで用意させた贈り物を届けに来たのである。

 皇帝ロベルトと王レイノルダスは国としての付き合いを越えて、すでによき親友だった。そして互いの息子たちも、すっかり打ち解け(した)い合っていた。二人はこうして互いに会える日を楽しみにしており、その度に、剣の稽古(けいこ)や、頭脳で戦う(じん)取りゲームなどを楽しんだ。

 王宮の敷地内には、所々に壮麗な建物がそびえ建っている。中でも目を奪われるのが、色鮮やかな青いドーム屋根と、数本の尖塔(せんとう)が見事な主宮殿である。それを眺めながら、二人の王は、建物一つが丸ごと植物園となっている空中庭園の小さな茶室で、悠々(ゆうゆう)芳醇(ほうじゅん)なワインを味わっていた。そこからは、息子たちが、いつものように剣の稽古に励んでいる姿も見守ることができた。稽古といっても、半分は遊びだ。

 よく晴れた、花々の全てが輝いて見える午後だった。

 植物園の建物自体は、柱と、階段や手摺(てす)りだけの壁のない造りである。そのため、ときおり爽やかな風が吹き抜けていく。

 小鳥のさえずりが清らかに響き渡る中、ロベルトとレイノルダスは、殺伐(さつばつ)とした世の中の(わずら)わしさを忘れて、今の穏やかな時間を共に()みしめ合っていた。

「ギルベルト皇子は、確か5歳の時に乗馬を始められたのだったな。それも、そなたが自ら全てを教え込むとは、さすがは元軍人であるな。そなたは、よき父親だ。」
 手首を()かせてグラスをゆっくりと回しながら、レイノルダスが言った。

「息子との時間は、私にとっては楽しみでもあるのでな。だが、毎日のように勝手に遠乗(とおの)りへ行こうとするので、困っておるのだ。」

「ははは。それでは、もうかなり腕も上げられたのだろうな。ディオマルクにも、そろそろ険しい場所でも乗りこなせるよう本格的な指導をと考えておるのだが、いずれは共に遠乗りなどしたいものだな。」

「ぜひとも。何しろ、もうあの二人はすっかり意気投合して、

が合うようだからな。」

「ははは、

いな。」

「いやいや。まあとにかく、あの二人が、この先も仲のよい親友のままであれば、国としてもよい関係を保ってゆくことができる。将来も安泰(あんたい)というものだ。」

「まこと安心して――」

 突然、ロベルトが口に含んだワインを派手に噴き出し、レイノルダスの方は、高価なワイングラスを地面に落として割ってしまった。

 二人の君主が実につまらない駄洒落(だじゃれ)で親交を深めているそこへ、息子たちのひどい(わめ)き声が飛び込んできたのだ。ディオマルクの怒鳴(どな)り声と、それに透かさず切り返すギルベルトの大声が。 

「何とたわけたことを!」
「何がたわけているというのだ!」 

 周りに(ひか)えている召使(めしつか)いたちも驚いて、みな一斉(いっせい)に目を向けていた。

 仰天(ぎょうてん)した二人の父親も、共に息子たちを見た。

 ギルベルトとディオマルクは近々と顔を突き合わせ、すっかり興奮した様子で何やら激しく言い合っている。そのそばでは、一緒にいるディオマルクの妹のファライア王女が、一人困ったようにおろおろしていた。

「そなたは、世継ぎの立場にあることを分かっておらぬのか!」

「一体、何事だ。ディオマルク。」
 すぐさま駆け寄ったレイノルダスは、狼狽(ろうばい)しながら息子の肩に手を置いた。

「ギルベルトが、大人になったら(いくさ)(おもむ)くなどと・・・。」
 ディオマルクは、父の困ったような顔に子供ながらに気がとがめ、少々気弱な声で答えた。

 正直なところ反論する理由にはまだあり、ディオマルクは、親友のギルベルトに死ぬようなことをしてほしくはないのである。
 
「父上は戦場に立ち、戦を知っているからこそ国を強くできた。だから、私も戦を知らねば皇帝にはなれないと言ったのだっ。それのどこがたわけているっ。」

 そう息巻(いきま)いているギルベルトに、今度はロベルトが場を取り(つくろ)おうと(あわ)てて言った。
「これはきっと、我が息子の言い方がよくなかったのだろう。単に軍の指揮を()りたいということだな、ギルベルト。」

「単にとはどういう意味でしょうか、父上。戦う指揮官ということならそうですが、私は帝位を継ぐ前に、ただの一兵士として戦いとうございます。」

 また聞いていられず、ディオマルクが口を(はさ)んだ。
「だから、それでもし、そなたの身に何かあれば――」

「何かなど起こらぬよう、強くなってみせる!」

(あき)れた皇太子だ!」

「はははは。ディオマルク王子は、まこと国想いで感心だ。周りの期待をしっかりと受け止めて、よく自覚されておられる。ギルベルトも見習わねば。」

「父上!私も将来、アルバドル帝国を背負う者として・・・」

「ギルベルト、そなたは、馬術や弓術(きゅうじゅつ)、剣技の腕を磨くことばかりに懸命になっているようだが、それが全てではないだろう。そなたには、ほかにも学ばねばならぬ多くのことがある。アルバドル帝国を背負う者として、実戦を知る以上に必要なことであるぞ。」
 息子と面と向かい合えるよう腰を落としたロベルトは、(おごそ)かな声で(さと)すようにそう言った。

 ギルベルトはぐうの音も出なくなり、ちらとディオマルクに目を向ける。

 大人びた表情で(あき)れたように見つめ返してくるその目と、目が合った。

 ギルベルトはみるみるふくれっ面になり、ムスッとして、地面に視線を落とした。



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