第21話
文字数 3,461文字
「だけど理子、昔とちょっと雰囲気が変わったよな」
突然の枝本の言葉に、少し戸惑った。
「えっ、そう?」
「うん。昔はもっと大人しい感じだった。どちらかと言えば目立たないタイプ」
「ああ、そうかもしれない」
理子は幼稚園へ入る前までは、女の子なのにガキ大将みたいな、お転婆を超えてヤンチャな娘だった。
引っ越して幼稚園へ入ってから、大勢の集団に馴染めなくなり、途端に消極的で内向的になった。
小学校へ入ってからは、いじめに遭ったりして更に内向的になったのだった。
変わりだしたのは、中学へ入ってからだ。
色々な面で少しずつ自信がついてきた。
小学生時代は人前で発言も出来なかったし、当てられて教科書を読むのだって、小声で自信なげにやっと読む、そんな状態だったのだ。
それが中学生になってから、ホームルームで少しずつ発言できるようになり、授業中も自ら発言できるようになっていった。
枝本からすれば、それでもまだまだ大人しいタイプだったろうが、小学生時代を知っている人間からすると、理子は大きく変わったように見えるだろう。
理子は枝本と別れてからも進化し続けていた。だから枝本が知っている理子は、まだ変化の途中だった。
二年生になってから、急激に変化したと言っても良い。
その一翼を担ったのが枝本である事を、勿論枝本自身は知らない。
枝本の存在と、二年で同じクラスになり、その後好きになった多田哲郎と言う男子の存在が、理子を大きく変えたのだった。
新しい学校で生徒会役員となり、歴史クラブを創設して頑張っている枝本に、理子は恥ずかしくないように自分も頑張らねばと、自分で自分を励ました。
そんな理子を上から引っ張り上げたのが、同じクラスで同じ班になった多田哲郎だった。
勿論、多田も、そんな意識は全くない。
たまたま、理子にとって、そういう環境を提供してくれた存在になっただけである。
いつも明るくて、クラスの事は率先して引き受け、全力で力を合わせて頑張る班。
理子はその班員の一人に過ぎなかった。班長が多田である。
理子はそこにいる事で、周囲に注目され、教師たちにも注目され、期待され、それに応えて来た。
生来から持ち合わせていた積極的で自由奔放な性格が、やっと放出され、伸び伸びと楽しい時間を過ごせたと思う。
だた、長いあいだ内向的だった事も尾を引いていて、ちょっとした事で臆病になったりするし、母親に押さえつけられて育った事も影響して、自信のなさも併せ持っていた。
「それで、どんな風に変わった感じがするの?」
枝本がどう感じているのか興味が湧いた。
「そうだな。以前よりも溌剌 とした感じかな。だけど、それだけじゃなくて、ミステリアスな部分も感じられたりする」
「えっ、なにそれ」
意外だった。「溌剌とした感じ」と言うのは、まだ理解できる。
大人しいと対照的だからだ。だが、ミステリアスって、どういう意味なんだろう。
「ごめん、上手く言えなくて。何ていうか、色んな面を持ち合わせていて不思議な感じがするんだ」
「ふーん.....。なんか、そう言われても自分じゃわからないけど」
自分の事は、自分ではよくわからない。
他人の評価だって様々だし、思いもよらない受け止め方をされていたりするものだ。
「俺は?どう?変わったと思う?」
「うーん、そうだなぁ。まず、背が伸びた」
枝本はガッカリしたように笑った。
「あれ以上伸びなかったら悲しいよ」
「あと、眼鏡が変わった」
「そりゃあ、変わるでしょう」
「枝本君も、全体の雰囲気が変わったと思うよ」
「どういう風に?」
「マイルドな感じになったと思う。こうして話していても、それは感じる」
「マイルドかぁ」
「大人っぽくなったって言うのかな。落ち着いた雰囲気があるって言うか」
中学の時は、もっと刺激的で攻撃的で、ピリピリした部分があったように思う。
いつも熱くて、不用心に触ったら火傷しそうな怖さがあった。
同じ班になった時、好きな相手と近くなる嬉しさの一方で、恐怖も感じたものだった。
「そうかぁ。まぁ、大人になったとは思うよ。昔はガキだったと自分でも思うから。ちょっと熱すぎた」
随分、冷静になったんだな、と理子は思った。
そのせいなのか、以前よりは安心感がある。その変わり良い意味での緊張感も無くなったような気がした。
話しているうちに、電車は横浜についた。
相鉄ムービルまで歩く。西口は閑散としていた。
「手を繋いでも、いいかな?」
いきなりの事に動揺する。
(えっ、どうしよう?)
「ごめん。そういうの、恥ずかしくて.....」
戸惑いながら理子は俯いた。
須田先輩と付き合っている時も、結局手を繋いだ事は無かった。
「そっか。そうだよね」
別に手くらい繋いだっていいじゃないか。
枝本と初めて校外で会った日、別れ際に握手をした。
枝本の方が手を差し出したので、理子は思い切りドキドキしながら手を合わせたのだった。
あの時、とても幸せだったのを今でもはっきりと覚えている。
その相手から、手を繋ぐことを望まれたのに、何故迷い、断ったのか。
本当は、手くらい繋いでも良かったのだ。
だが、恋人同士でもないのに手を繋ぐ事に抵抗を感じるし、また手を繋ぐことで勘違いされても困るという思いも働いた。
勘違い.....。
そう思った時、枝本の気持ちを思い測った。
まさか、もしかして?
そもそも文化祭で一緒に回った事からして、そういう気持ちがあったからではないのか?
だから映画にも誘ったし、手を.....。
これは暗に気持ちを伝えられていることなのか。
そんな気持ちに捉われながら、映画館の中へ入った。
月曜の午前中だけに、ここも空いている。
二人は真ん中の席に座った。薄暗い館内で、袖が触れあう程の距離にいる事に、理子の鼓動は早くなる。
映画が始まるまでの間、息苦しさを覚える。
「小泉と最上さん、渋谷でデートだって。聞いてるよね?」
枝本が話しかけて来てホッとした。少し緊張が緩む。
「うん。枝本君も聞いたんだ」
「昨日の文化祭で告白してオーケー貰ったって、電話してきた。嬉しそうだった」
「へぇ~、小泉君が。へぇ~」
「なんかやけに感心してるね」
「うん。なんかやっぱり、小泉君って意外と積極的だったんだなって思って」
「前にもそんな事を言ってたよね」
「彼、普段も口数が少ないじゃない?だから、私にはよくわからなくて。パソコン部の彼の友達から聞いた話しからすると、積極的なタイプじゃないって思ったし」
「まぁね。でもあの二人は見た目のイメージと違って、結構、進んでるよね。周囲からは、焦れったい程、奥手のように見えるけど」
「言えてる」
本当に、そう思う。
そんな事を話していたら、場内が暗くなって映画が始まった。
映画を観終わった後、東口へ行き、そごうの食堂街で遅めの昼食を取った。
話しが弾んだ。
枝本は、昔、自分が作った歴史クラブの時の発掘の話しなどをした。とても楽しそうにはなしてくれて、それはそれで良かったけれど、理子にとっては、いわく付きの歴史クラブなので、少し複雑な気分でもあった。
「明日、蒔田先生に歴研の申請をしようと思ってるんだ」
蒔田は顧問を引き受けるだろうか?
修学旅行が目前だから、許可が下りるにしても戻ってきてからになるだろ。
歴史の話となると目を輝かす枝本を見て、そんなに好きだったんだ、と改めて思った。
そうごを出て再び西口へ戻った時、理子は蒔田の姿を見つけた。
綺麗な女性と一緒だった。
女性はスラックスのポケットに手を突っ込んでいる蒔田の腕に腕を絡ませていた。
胸がズキンとした。
二人はガラス張りの店の前で、品物を見ている。
買い物に来たのだろうか?
通り過ぎる女性の何人かが、振り返って蒔田を見ていた。
矢張り、どこにいても目立つ。
「あれぇ、もしかして蒔田先生?」
枝本も気がついたようだ。
「え?どこ?」
理子は咄嗟に気づいていないふりをした。
「あそこだよ。あれって、やっぱりデートだよな?」
ああやって、腕を組んでいるのだから、デートなのだろう。
やっぱり、彼女はいたんだ。
理子の気持ちは沈んだ。胸が痛い。
二人は蒔田に気づかれないように、その場を離れた。
「驚いたなぁ。あんな場面に出くわすなんて」
全くだ。まるで予想もしていなかったことだ。
「やっぱり、先生には彼女がいたんだな」
「大人なんだし、ルックスもいいわけだし、いない方がおかしいじゃない」
理子は自分に言い聞かすように言うのだった。
突然の枝本の言葉に、少し戸惑った。
「えっ、そう?」
「うん。昔はもっと大人しい感じだった。どちらかと言えば目立たないタイプ」
「ああ、そうかもしれない」
理子は幼稚園へ入る前までは、女の子なのにガキ大将みたいな、お転婆を超えてヤンチャな娘だった。
引っ越して幼稚園へ入ってから、大勢の集団に馴染めなくなり、途端に消極的で内向的になった。
小学校へ入ってからは、いじめに遭ったりして更に内向的になったのだった。
変わりだしたのは、中学へ入ってからだ。
色々な面で少しずつ自信がついてきた。
小学生時代は人前で発言も出来なかったし、当てられて教科書を読むのだって、小声で自信なげにやっと読む、そんな状態だったのだ。
それが中学生になってから、ホームルームで少しずつ発言できるようになり、授業中も自ら発言できるようになっていった。
枝本からすれば、それでもまだまだ大人しいタイプだったろうが、小学生時代を知っている人間からすると、理子は大きく変わったように見えるだろう。
理子は枝本と別れてからも進化し続けていた。だから枝本が知っている理子は、まだ変化の途中だった。
二年生になってから、急激に変化したと言っても良い。
その一翼を担ったのが枝本である事を、勿論枝本自身は知らない。
枝本の存在と、二年で同じクラスになり、その後好きになった多田哲郎と言う男子の存在が、理子を大きく変えたのだった。
新しい学校で生徒会役員となり、歴史クラブを創設して頑張っている枝本に、理子は恥ずかしくないように自分も頑張らねばと、自分で自分を励ました。
そんな理子を上から引っ張り上げたのが、同じクラスで同じ班になった多田哲郎だった。
勿論、多田も、そんな意識は全くない。
たまたま、理子にとって、そういう環境を提供してくれた存在になっただけである。
いつも明るくて、クラスの事は率先して引き受け、全力で力を合わせて頑張る班。
理子はその班員の一人に過ぎなかった。班長が多田である。
理子はそこにいる事で、周囲に注目され、教師たちにも注目され、期待され、それに応えて来た。
生来から持ち合わせていた積極的で自由奔放な性格が、やっと放出され、伸び伸びと楽しい時間を過ごせたと思う。
だた、長いあいだ内向的だった事も尾を引いていて、ちょっとした事で臆病になったりするし、母親に押さえつけられて育った事も影響して、自信のなさも併せ持っていた。
「それで、どんな風に変わった感じがするの?」
枝本がどう感じているのか興味が湧いた。
「そうだな。以前よりも
「えっ、なにそれ」
意外だった。「溌剌とした感じ」と言うのは、まだ理解できる。
大人しいと対照的だからだ。だが、ミステリアスって、どういう意味なんだろう。
「ごめん、上手く言えなくて。何ていうか、色んな面を持ち合わせていて不思議な感じがするんだ」
「ふーん.....。なんか、そう言われても自分じゃわからないけど」
自分の事は、自分ではよくわからない。
他人の評価だって様々だし、思いもよらない受け止め方をされていたりするものだ。
「俺は?どう?変わったと思う?」
「うーん、そうだなぁ。まず、背が伸びた」
枝本はガッカリしたように笑った。
「あれ以上伸びなかったら悲しいよ」
「あと、眼鏡が変わった」
「そりゃあ、変わるでしょう」
「枝本君も、全体の雰囲気が変わったと思うよ」
「どういう風に?」
「マイルドな感じになったと思う。こうして話していても、それは感じる」
「マイルドかぁ」
「大人っぽくなったって言うのかな。落ち着いた雰囲気があるって言うか」
中学の時は、もっと刺激的で攻撃的で、ピリピリした部分があったように思う。
いつも熱くて、不用心に触ったら火傷しそうな怖さがあった。
同じ班になった時、好きな相手と近くなる嬉しさの一方で、恐怖も感じたものだった。
「そうかぁ。まぁ、大人になったとは思うよ。昔はガキだったと自分でも思うから。ちょっと熱すぎた」
随分、冷静になったんだな、と理子は思った。
そのせいなのか、以前よりは安心感がある。その変わり良い意味での緊張感も無くなったような気がした。
話しているうちに、電車は横浜についた。
相鉄ムービルまで歩く。西口は閑散としていた。
「手を繋いでも、いいかな?」
いきなりの事に動揺する。
(えっ、どうしよう?)
「ごめん。そういうの、恥ずかしくて.....」
戸惑いながら理子は俯いた。
須田先輩と付き合っている時も、結局手を繋いだ事は無かった。
「そっか。そうだよね」
別に手くらい繋いだっていいじゃないか。
枝本と初めて校外で会った日、別れ際に握手をした。
枝本の方が手を差し出したので、理子は思い切りドキドキしながら手を合わせたのだった。
あの時、とても幸せだったのを今でもはっきりと覚えている。
その相手から、手を繋ぐことを望まれたのに、何故迷い、断ったのか。
本当は、手くらい繋いでも良かったのだ。
だが、恋人同士でもないのに手を繋ぐ事に抵抗を感じるし、また手を繋ぐことで勘違いされても困るという思いも働いた。
勘違い.....。
そう思った時、枝本の気持ちを思い測った。
まさか、もしかして?
そもそも文化祭で一緒に回った事からして、そういう気持ちがあったからではないのか?
だから映画にも誘ったし、手を.....。
これは暗に気持ちを伝えられていることなのか。
そんな気持ちに捉われながら、映画館の中へ入った。
月曜の午前中だけに、ここも空いている。
二人は真ん中の席に座った。薄暗い館内で、袖が触れあう程の距離にいる事に、理子の鼓動は早くなる。
映画が始まるまでの間、息苦しさを覚える。
「小泉と最上さん、渋谷でデートだって。聞いてるよね?」
枝本が話しかけて来てホッとした。少し緊張が緩む。
「うん。枝本君も聞いたんだ」
「昨日の文化祭で告白してオーケー貰ったって、電話してきた。嬉しそうだった」
「へぇ~、小泉君が。へぇ~」
「なんかやけに感心してるね」
「うん。なんかやっぱり、小泉君って意外と積極的だったんだなって思って」
「前にもそんな事を言ってたよね」
「彼、普段も口数が少ないじゃない?だから、私にはよくわからなくて。パソコン部の彼の友達から聞いた話しからすると、積極的なタイプじゃないって思ったし」
「まぁね。でもあの二人は見た目のイメージと違って、結構、進んでるよね。周囲からは、焦れったい程、奥手のように見えるけど」
「言えてる」
本当に、そう思う。
そんな事を話していたら、場内が暗くなって映画が始まった。
映画を観終わった後、東口へ行き、そごうの食堂街で遅めの昼食を取った。
話しが弾んだ。
枝本は、昔、自分が作った歴史クラブの時の発掘の話しなどをした。とても楽しそうにはなしてくれて、それはそれで良かったけれど、理子にとっては、いわく付きの歴史クラブなので、少し複雑な気分でもあった。
「明日、蒔田先生に歴研の申請をしようと思ってるんだ」
蒔田は顧問を引き受けるだろうか?
修学旅行が目前だから、許可が下りるにしても戻ってきてからになるだろ。
歴史の話となると目を輝かす枝本を見て、そんなに好きだったんだ、と改めて思った。
そうごを出て再び西口へ戻った時、理子は蒔田の姿を見つけた。
綺麗な女性と一緒だった。
女性はスラックスのポケットに手を突っ込んでいる蒔田の腕に腕を絡ませていた。
胸がズキンとした。
二人はガラス張りの店の前で、品物を見ている。
買い物に来たのだろうか?
通り過ぎる女性の何人かが、振り返って蒔田を見ていた。
矢張り、どこにいても目立つ。
「あれぇ、もしかして蒔田先生?」
枝本も気がついたようだ。
「え?どこ?」
理子は咄嗟に気づいていないふりをした。
「あそこだよ。あれって、やっぱりデートだよな?」
ああやって、腕を組んでいるのだから、デートなのだろう。
やっぱり、彼女はいたんだ。
理子の気持ちは沈んだ。胸が痛い。
二人は蒔田に気づかれないように、その場を離れた。
「驚いたなぁ。あんな場面に出くわすなんて」
全くだ。まるで予想もしていなかったことだ。
「やっぱり、先生には彼女がいたんだな」
「大人なんだし、ルックスもいいわけだし、いない方がおかしいじゃない」
理子は自分に言い聞かすように言うのだった。