第27話

文字数 2,575文字

 修学旅行から一週間が過ぎ、中間テストが始まった。
 この時期の中間テストは二年生にとっては非常に厳しい。
 文化祭に修学旅行と、息つく暇もなくテストに突入なので、準備不足となる。

 中間テストの寸前に、歴史研究部の発足が承認されたと知らされた。
 だが活動は中間テストが終わってからだ。

 理子は修学旅行から戻ってきてから、猛勉強した。
 修学旅行での蒔田との一連の出来事を反芻して色々考えたかったが、無理やり頭を切り替えたのだった。

 あれから。
 あの京都の夜以来、蒔田との何気ない一瞬の視線の交差が多くなった気がした。
 ほんの一瞬だが、以前にも増して、合うのを感じる。

 理子はこれまで、極力自分から蒔田と目が合わないようにしてきた。
 蒔田の顔を見る時はいつも盗み見るようにして、目が合いそうになるとすぐに視線を外す。
 まともに見るのは歴史の授業の時だけだ。

 それなのに、何故こうも視線が合うのだろう。
 理由はわからない。
 その度に胸が高鳴り、気が散るし、心が乱される。
 それを振り切るように勉強に心血を注いだのだった。

 朝霧の中間テストはいつも二日間しかない。すぐに終わるが、付け焼刃が難しくもある。
 なんとか乗り切ったテスト終了後、初めての歴研の集まりがあった。
 理子はその日は茶道部の部活の日だったが、休んだ。ゆきも美輝も同様だ。

 この日は初日と言う事で、全員が参加した。蒔田もやってきた。
 こんな風に少人数の中で蒔田と接するのは初めてだった。
 それに、ホームルーム以外で近くで会うのも久しぶりだし、あの修学旅行の夜の事がずっと心に引っかかっているのもあり、酷く緊張するのだった。

 それぞれが自己紹介をした。
 男子は大体殆どが戦国か幕末好きに分かれた。
 激動の時代だから面白く思うのだろう。それに、戦いばかりで血が騒ぐのかもしれない。

 理子は最近は、戦国にはあまり興味がない。
 最初は理子も戦国から入った。
 時代の変化が激しく、魅力的な人物も多い。だが、殆どの武将や出来事を知ったら、他の時代に興味が移ってしまった。

 幕末についても同じだ。ただ新撰組への情熱はまだ薄れていないが、今一番興味があるのは、古代から平安、鎌倉初期だろう。
 古代に関しては殆ど謎だらけだけに、興味は最大だ。

 歴研の初日は、みんなで好き勝手に、話の流れに任せて談義した。
 ゆきは小泉の為に入部したので、歴史の事には疎いが、皆の話しを熱心に聞いていた。
 美輝は歴史が得意なわけではないものの、読書家なせいか見識があり、時々良いポイントで質問するので、皆、嬉しそうに答えていた。

 終わるころになって、部長と副部長を決める事になり、部長は枝本に決まった。創部の一番の功労者だから当然だろう。

「副部長には、吉住さんはどうかな」

 茂木が理子を推薦した。
 理子が困った顔をしたら、蒔田が「吉住はダメだ」と言った。

 その言葉にみんなが驚きの表情になった。

「なぜです?吉住さんほど、歴史に精通した人はいないじゃないですか。是非、彼女にも中心者として、みんなをリードしてもらいたいです」

「吉住は他に二つも部活に入ってる。それだけでも大変なのに、更に歴研が増えて、その上副部長なんて務まるか?」

「でも、副ですよ」

「ダメだ。彼女の負担も少しは考えてやれ。お前ら、姫とか呼んでるようだが、姫なら尚更大事にしてやれ」

 理子は蒔田の言葉に胸が熱くなった。
 こんな風に言ってくれるなんて。

「先生の言う事も確かに一理あると思いますが、一応本人にも聞いてみましょうよ。吉住さんはどう?」

 枝本がそう振ってきた。

「ごめんなさい。私は辞退したいです。先生が言うように、大変過ぎて、とても副部長なんて無理.....」

 部活がこれ一つなら引き受けても良いと思うが、矢張り現状は無理だろう。
 それに受験勉強もある。
 理子のその言葉に、みんなは従った。本人がそう言うのだから仕方が無い。副部長は耕介に決まった。

 その晩。
 蒔田からメールが来た。修学旅行以来で久しぶりだ。胸がときめいた。
 胸の高まりと共に、恐怖感も覚える。

  “今日は御苦労さん。お前も何かと大変だな。
   ところで、俺の友人の主催で、平安王朝展を
   上野の東京美術館でやっている。
   チケットを二枚もらった。
   今度の日曜日、一緒に行かないか?”

(ええーっ!?)

 目を剥いた。
 思いも寄らない言葉に、驚愕する。

 心臓が早鐘のように鳴り響いていた。

 “一緒に行かないか”の部分に視線が集中する。
 その言葉が理子の頭の中を駆け巡り、こだました。

 スマホを持つ手が震えていた。
 信じられない思いで何度も繰り返し読み返す。

 何度読み返しても、文面は同じだ。
 同じではあるが、本当に誘われているのかと疑いの心が生じて来てしまう。

 短くて簡潔な文章にも関わらず、誤読しているのではないかと思えてならない。

 これが本当なら、一緒に行きたい。凄く嬉しい。
 でも、どうして?

 蒔田の言動には、毎回、どうして?の思いが付きまとう。
 どうして私を誘うの?彼女がいるじゃない。友達だっているだろうに。

 本当に、先生かな?
 そう思って、送信者名を確認する。
 間違いない。

 こんな事をいつまでも思っていてもしょうがない。
 いずれにせよ、返事はしなければならないだろう。
 一緒に行こうって言われたんだから、一緒に行けばいいんだ。
 何をぐだぐだと考える必要がある。

 理子はネットで平安王朝展を調べてみた。
 今回の展示は目を奪われるほど豪華だった。
 凄く興味が湧いてくる。
 それだけでも是非行きたいと思い、意を決して返信した。

  “平安王朝展、とても充実した内容のようですね。
   是非、見たいのでご一緒させて下さい”

 何か理由づけをしないと、恥ずかしくて一緒に行きたいとは言えなかった。
 蒔田から再びメールが来た。

  “では、午後一時に、お前の家の近くにある
   栗山高校の校門前まで車で迎えに行くから”

 上野まで車で行くのか。
 先生の車に乗る?
 考えただけで興奮する。自分の耳がおかしくなりそうな程、心臓の鼓動が激しかった。

 電車で二人一緒にと言うわけにもいかないだろうから、車は自然の成り行きなのかもしれない。そう思うしかない。

 その晩理子は、胸が高鳴ってなかなか寝付けなかった。

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