第24話

文字数 4,006文字

 四人での歴史談義は楽しくて、尽きる事が無かった。
 そこへ、他班の男子がやってきた。彼も歴研の一人である。

「理子―、良かったらうちの班にも来てよ」

 理子を誘いに来たのだった。

「えー、なんだよ、お前。図々しいぞー」

 耕介が、その奇怪な顔を更に奇怪にさせた。

「何言ってんだよ。お前らだけ盛り上がって。少しくらい理子姫を貸してくれてもいいだろう?」

 矢張り、理子姫と呼ぶ。
「それ、やめてー?」と理子は赤くなって抗議したが、しつこく誘って来るので、仕方なく行く事にした。

「ちょっと行ってくるね」

 席を立って、男子の後に続いた。席は後方だった。
 理子の席の列の一番後ろに蒔田と副担任の渡辺が座っている。蒔田は通路側だ。その蒔田にどんどん近づいて行く。

 こいつらの席はどこなんだ、と緊張が高まるのを押さえながら進んで行ったら、なんと蒔田の前だった。
 蒔田の視線が何となく自分達に向けられているのを感じ、理子は視線を合わせないようにした。
 
 席に到着したら、「理子姫を連れて来たぞぉー」と大きな声で言われたので、物凄く恥ずかしくなった。絶対に蒔田に聞こえた筈だ。

「おー!」と何故か拍手が沸いた。

(なんなんだ、この盛り上がり方は)

「さぁ、姫、どうぞ」

 と、通路側、つまりは蒔田の真ん前の席を勧められた。仕方なく座る。
 案内係は通路に立ったままだった。

「ようこそ、姫。さぁ、さぁ」

 お菓子を差し出された。

「あ、ありがとう」

 何故か緊張する。何故、こいつらに緊張しなきゃならいんだ、と理子は思う。

「だけど、さっきも茂木君達に言われたんだけど、その『姫』はやめてもらえないかな」

「いいじゃない。歴研の一つの楽しみにさせてくれよ、なぁ?」

 みんなで頷き合っている。

「そうは言っても、言われる方は、ものすごーく、恥ずかしいんだけど」

「大丈夫。そのうち慣れるから」

 笑って取り合ってくれない。溜息が出た。

「まさか、耕介に義理立てしてるわけじゃないよね?」

 一人が訊いてきた。

「まさか!耕介なんて、関係ありません」

「じゃあ、やっぱり付き合ってないのかな」

「付き合ってたら、どうするの?『姫』とは呼ばない?」
 
 理子はわざと言ってみた。
 その言葉にみんなが顔を見合わせた。

「関係ない。そう、耕介なんて関係ない。姫はみんなのものだからな」

 言いだして、その言葉にみんなが盛り上がったのだった。

 理子にはこの盛り上がり方が全く理解できない。
 いきなりの展開を不思議に思うばかりだ。
 やっぱり修学旅行も祭りの一種なのかもしれない。

 可愛い子はいっぱいいる。何も歴研だからって、部員の少ない女子にこだわることは無いと思うのに。
 自分のような者が、『姫』と呼ばれる事そのものが信じられないし、正直なところ、おぞけが走る気がするのだった。

 妙な盛り上がり方に戸惑っていたら、後ろから「うるさいぞ」と声がかかった。
 蒔田だった。

「お前ら、うるさすぎ。もう少し静かにしろ。それから吉住は自分の席に戻れ」

 ええー?とブーイングが起きる。

「そこのお前が、ずっと立ちっぱなしで、目ざわりなんだ。危険だしな」

 理子は笑顔でみんなに別れを告げて席を立ち、蒔田の方は見ずに自分の席へと戻った。
 理子が戻ると枝本達が、お帰りーと迎えてくれたが、理子は小泉に言って、自分の席についたのだった。

「ゆきちゃん、ごめんね」

「ううん。あたしもちょっと長かったよね。美輝ちゃんも、ごめんね」

 理子はゆきに言って、座席を交換した。
 こうすれば、通路が間にはあるが、小泉と話しをしやすいだろう。
 シートに深く腰を沈めて、外の景色を見る。
 天気が良かったので綺麗だった。空が高い。

 理子は蒔田に注意された事で少々へこんでいた。
 自分から望んで行ったわけじゃないのに、叱られた。
 でも仕方がないのか.....。

 物思いに沈んでいたらスマホが鳴った。メールだ。
 ドキっとした。旅行中なのに、一体誰から?

 見てみたら蒔田だった。
 一瞬凍りつく。
 なぜ蒔田からメールが?
 同じ車両の一番後ろにいるのに。

 なんだか怖くて開く事ができない。一旦、閉じた。
 周囲を見回す。左のゆきは、左を向いて小泉と話していた。右の美輝は外を見ている。
 理子は高鳴る胸の鼓動を感じながら、再びスマホのスイッチを押し、メールを開けた。

  “怒ったわけじゃないから、安心しろ。理子姫”

 理子はすぐに閉じた。
 なんなんだー、理子姫とは。完全に、茶化されている。

(でも.....。)

 蒔田は、理子が怒られたと思っているのではないかと、察してくれたわけだ。
 心配してくれたから、こうしてメールをくれたんだと思うと、嬉しくて胸が暖かくなった。

(返事、どうしよう)

 した方が良いのか、しなくても良いのか、しない方が良いのか.....。
 理子は考えた末、しない方が良いと判断した。
 取りあえず、今はしない方がいい。するなら、後で誰にも見られない場所でだ。
 もしくは、蒔田が周囲にいない場所で。

 だが、そう判断したものの、気持ちが落ち着かない。
 こんなメールを貰うと、すぐに返事をしたくなるし、更に進んで、また二人でお喋りをしたくなってしまう。

 気にかけてくれたのは凄く嬉しかったが、その反面、自分の気持ちが深まってゆきそうで、迷惑行為でもあった。
 こんな事をして、その気にさせないで欲しい。
 放っておいてくれた方が有難かったとも思う。

 車内で早めの昼食を摂り、十二時半頃に岡山駅に到着した。点呼を取ってから山陽本線へと移動し、倉敷にはすぐに到着した。
 大きな荷物だけが先にホテルへ運ばれ、生徒達は手荷物だけで自由行動に入った。

 倉敷は美しい街だった。
 江戸時代は天領だった場所で、白壁が美しい。
 美術館、博物館、考古学館、その他色んな文化施設がたくさんあった。美観地区の中心に倉敷川が流れていて、情緒豊かな風情である。

「素敵な街~」

 ゆきが目を輝かせながら、うっとりとした声を上げた。
 グループ行動とは言え、ゆきの隣には自然に小泉の姿があった。
 理子は美輝と一緒に並んで歩く。
 理子までが他の男子と一緒になったら、美輝が孤立してしまう。大事な友達をそんな目に遭わせたく無かった。

 最近のゆきは小泉との恋に夢中な感じだ。
 それはそれで良いのだが、少々周囲が見えなくなっているような気がした。

 あちこち見た後、茶屋で一服した。風が心地良い。
 周囲を見渡した。美輝は土産物に熱中しているようだった。
 それを確認して、理子はスマホを開いた。

  “理子姫はやめて下さい”

 それだけ打って、返信ボタンを押す。

(あー、馬鹿だ、私)

 返信してしまった。
 これじゃぁ、自分で自分を追い込んでいるようなものだ。
 頭では、そう考えている。だが、どうにも心が言うことを聞いてくれないみたいだ。

「理子!写真撮ろう、写真」

 枝本に声をかけられた。

 理子は誘われて、みんなと色んな組み合わせで写真を撮った。
 勿論最後は全員だ。

 楽しい時間はあっと言う間に過ぎる。
 やがて集合時間になり、その後、宿泊場所のアイビースクエアーへと移動した。
 建物自体が文化財でもある。

 レンガ作りに蔦が絡まる、美しい建物だった。
 女性受けするロマンティックさが感じられる。
 各人にホテルの見取り図が配られ、其々の部屋へと移動した。

 夕食は六時半なので、まだ一時間半ほど時間がある。理子はゆきと同じ部屋だった。

「さすがに、疲れたねー」

 荷物を置いてベッドに腰を下ろした。ふかふかだ。理子は思わず転がった。
 自宅以外の場所に泊まるのは四回目になる。全て学校行事だ。
 理子の家は厳しくて、友人の家ですら泊まれないし、自宅へ友人を泊める事すらできない。
 だからこそ、学校行事であっても解放された気分になってくる。

 突然、理子のスマホが鳴った。メールの着信音だ。
 理子はビクっとした。きっと蒔田に違いない。
 修学旅行中に、こんなにメールのやり取りをしていて良いのだろうか?
 メルアドを教え合ってから、こんな風にやり取りするのは初めてだ。

「理子ちゃんのじゃない?」とゆきに言われ、「うん」と答えて手に取った。
 ゆきの様子を窺うと、荷物の整理をしている。
 その様子を気にしながらスマホを開く。

  “わかった。嫌ならやめる。
   理子姫って可愛いのにな(笑)”

 胸がキューンと締め付けられて、顔が火照ってくるのを感じた。
 馬鹿みたいだが、自分が可愛いと言われたみたいでドキドキしてくる。

「どうかした?」

「ううん」と首を振って慌ててスマホを閉じた。

 本当に馬鹿みたいだ。からかわれているだけなのに。

 二人は別室の美輝も誘って、連れ立って部屋を出て館内を巡った。
 アイビースクエアーの館内は色んなショップや施設で充実している。
 食事までにはまだ時間があったので、あれこれ見て回る。

 いつの間にか、二人とはぐれた。
 いずれ食事の時には会えるだろうと、気にせずふらりと見ていたら、数学の石坂と出くわした。

「吉住さん、この間の文化祭、歌もお茶も素晴らしかったよ」

 と話しかけられて赤面した。思い出すのも恥ずかしい。

「君は、とてもいい声をしてるんだねぇ」

 と感心げに言う。

「先生、お茶は当日券を買われたんですか?」

「いや、柳沢先生から前売りで買ったんだ」

 柳沢とは新卒の女性教諭で、小松と同じ東京女子大出身の英語教師だった。
 茶道部の顧問でもある。

「もしかして、先生方はみんな柳沢先生から?」

「そうだね。他の先生方も買っていたようだ。蒔田先生も」

 蒔田の名前が出て、ドキッとした。

「先生は、どうしてあの回に?もう、終わりの方でしたけど」

 特に理由は無いんだろうが、少し気になったので聞いてみた。

「いや、本人に言うのも恥ずかしいが、君の番だったからだよ」

「えっ?」

 理子が驚いて石坂を見ると、石坂は照れた顔をしていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み