第42話
文字数 3,495文字
鏡に映る自分を見る。
どこか、変わっただろうか。
あまり変わったようには見えなかった。
胸元に、緑と虹色の石が小さく輝いていた。
理子は蒔田に言われた通り、あれからずっと肌身離さず身につけたままだった。
先生がいない時には、この石が守ってくれる。そう思った。
ぬくもりを感じる。
体の刻印は既に消えていた。
帰宅してから、見られないように随分気を使った。移動に関しても、違和感を覚えながらも、意識して普通に動いた。
母は妙に敏感な所があるからハラハラした。
普段からのポーカーフェイスが役立ったと言える。
理子がポーカーフェイスになったのは、母の影響だ。母も、人前では澄ました顔をして、見ていないようで見、聞いていないようで聞いていた。
油断のならない女性だ。
過干渉の母のお陰で、理子は嘘をつくのが上手くなったと自分で思う。子供の時から禁止事項が多かった。
どこへ行ったらいけない、何をしたらいけない、こうしろ、ああしろ、とやたらと干渉する。だが、子供のする事にいちいち手出しをするような過保護では無かった。
自分の事は自分でしなさい。
人を当てにするんじゃない。転んだら自分で立て。
そう言って困った時にも助けてくれない。
余計な事で干渉されるよりも、普段は暖かく見守って、困った時に手を貸して欲しかった。
理子は生来、自由奔放な性質で、束縛されるのが嫌いだ。
冒険とか探検が大好きで、横浜に住んでいた時には、近所の子たちと、そういう遊びをよくしていた。
道を覚えるのが早く、迷子になった事がない。一度通れば九割がた覚えている。二度通ればほぼ百%覚えてしまう。
年に数回行く祖父母の家は、幼少のうちに既に覚えていて、一人で行く事ができる。
だが母親は物凄い心配性で、子供だけで祖父母の家へ行かせなかった。
高学年になっても、電車に乗って二駅先の街まで行く事すら禁止されていた。
だが、理子は行きたかった。
だから親に内緒で友達と電車に乗って横浜まで遊びに出たし、お金が無い時には自転車で二駅先の街まで行ったりした。
小遣いは殆ど貰っていなかったから、お金が無い事が殆どで、自転車で移動するしかない。
それでも、狭い限られた範囲から外へ出る事が楽しかった。
親には友達の家へ遊びに行くと言っていた。
中学に入っても、親の締め付けは相変わらず厳しかった。それでも、最寄駅から電車で十分くらいまでの街なら、目くじらを立てなくなった。
中学に入ると、参考書や教材など近所で手に入らないものが増えてくる。そういったものを入手するのには、近辺の大きめの街へ行くしかない。
高校に入り、ゆきとよく出かけるようになった。江の島あたりまでなら、叱られなくなった。
だから二人でよく江の島まで海を見に行ったが、時には親へは「海へ行く」と言って、熱海まで行った事もあった。
嘘はついていない。本当の事を言わないだけだ。言ったら、反対されるのはわかっていた。
少しずつ、狡さを身に付けてきたように思う。
そんな自分を好きではない。本当は、ちゃんと言いたい。自分の居場所をきちんと把握していて欲しいと思う。
理子はそうやって、嘘は言わないが本当の事も言わなくなった。
だが、自分の行動に一定の枠は作っている。その枠からはみ出す事はしないし、危険な事もしない。
蒔田との事は、絶対に知られてはならない事だ。
厳しい母だったが、男女交際を禁じるほどでは無い。友達の延長で、モラルを持って付き合っている分には、文句は言わない。
プラトニックで、健全な場所でデートし、門限までに帰宅する。
結婚前にセックスなんて、とんでもない、と言う考えの持ち主だった。勿論、キスも言語道断だ。
知ったら大変な事になる。
これが例えば、相手が同世代だったら、交際を禁止されて、日々責められるだけで済むのだろうが、担任だとわかったら、大ごとだ。
蒔田を告訴するだろう。強姦罪か強制わいせつ罪で。もしくは学校と教育委員会に訴えて、辞職させるかもしれない。
愛し合っているなんて関係ない。
そもそも、そんな愛なんて信用していない。
愛しているなら、相手はまだ子供なんだから、我慢するのが当たり前だと言うだろう。
そうでなくても、結婚するまで我慢できないのは、愛していない証拠だと、普段から豪語している。
愛が無くてもセックスはできる。それを十分承知して、女は自分の身は自分で守らねばならない。
男はセックスをしたいが為に、愛の言葉を囁く。やってしまえば興味は半減する。飽きる。
捨てられるのがオチ、そういつも言われてきた。
だから蒔田に求められた時、母親の言葉が頭をよぎったのだった。
あの日、先生は私に飽きただろうか.....。
もう年も明けて今日で四日目だ。
今日は歴研のメンバーで新年会をやる事になっている。場所は駅前のラウンドワン。
ボウリングをした後にカラオケだ。
明日の五日の日は、蒔田家に招待されている。
今回は正月なので、家族で迎えてくれるという。
十日ぶりになる。
考えてみると、こんなに蒔田と会わないのは初めてだ。
夏休みでさえ、部活の時に隣の教室だから顔くらいは合わせていた。
ゆきは大晦日の晩、小泉と待ち合わせて初詣に行く、と暮れに言ってきた。
一年の時は、須田先輩に初詣に誘われたが、理子の家は、夜に男子は勿論、女の友達とすら出歩く事を禁止されている。
初詣なんて関係ない。初詣は元旦の午前中に家族で近くのお寺へ行くのが恒例だった。
そういう事情を察してか、蒔田から初詣には誘われなかった。
寂しかったが誘われたところで断らなければないのだから、断る辛さを味わわなくて済んだのをラッキーと思うしかない。
時報から数秒して、あけおめメールが蒔田から来た。その後、ゆきや、歴研のメンバー達からも来た。
歴研のメンバーもみんなで集まって初詣に出ていて、羨ましく思うのだった。
高校に入ってから、友達同士や部活の行事で遠出をしたり、泊まりに行ったりする機会が増えたが、理子は僅かしか参加できなかった。
この時期しか経験できない、友人達との貴重な体験をさせてもらうことができない。
他人を信じない母は、出先で男子に襲われる事を心配している。
男女が一緒に寝泊まりして、そういう事が無い方がおかしいと思っている。
女友達の家も同じだ。男兄弟や父親を疑っているので、絶対に泊らせには行かせない。
自分の実家ですら、自分の弟達を信用していないので、二人きりになることはさせないのだった。
確かに、血縁者による性的虐待の事実も世の中には存在しているから、母の心配もあながち間違いとは言い切れないのかもしれない。
だが、理子からすると行き過ぎのように思えた。
解放されたい。
早く、母から解放されて自由になりたい。
家の手伝いは当たり前の家なので、小学生の頃から色々と手伝わされてきた。
そのこと自体は、仕方のない事だと思っている。
だが何をやるにしても、全部、母流で、神経質すぎるのが難だった。
その通りにできないと、激しく叱られる。それが物凄く窮屈だった。
身支度が済んだので、理子は家族に挨拶をして家を出た。
ラウンドワンまで自転車で行く。
正月だが、取り立ててお洒落はしなかった。
グレーの厚手のTシャツに黒のチュニック、ジーンズ、その上にコートを羽織って出た。
普段理子はあまり黒は着ない。自分で似合うと思わないからだ。
だが今日の服は、去年、ゆきが一緒に買い物に行った時に選んでくれたものだった。
チュニックの胸元が大きくUの時に開いているので、重たい感じがしなくて良かった。
ラウンドワンに着くと、殆どが集まっていた。みんな思いのほか時間厳守だ。だが、耕介が来ていなかった。
学校へは遅刻してくる事も無いし、どちらかと言えば早い方なのに、こういう時は苦手なのか。
確か修学旅行の時にも遅かった。
「おはよう!明けましておめでとう!」
みんなに挨拶をする。
「理子ちゃーん」
ゆきが嬉しそうに駆け寄ってきた。
十日ぶりだが、十日前よりも可愛くなっている気がした。私服のせいか。
ゆきは赤いダッフルコートを来ていて、制服と変わらない丈の短い可愛いスカートを履いていた。女の子らしい。
美輝は来ていなかった。家族で帰省しているそうだ。
「ねぇ、理子ちゃん。あたし、話したい事があるんだ。メールじゃなくて直接と思って。終わった後、いいかな。大丈夫?」
「うん。いいよ」
理子は頷いたが、話しってなんだろう?やっぱり、小泉君の事だろうか。
どこか、変わっただろうか。
あまり変わったようには見えなかった。
胸元に、緑と虹色の石が小さく輝いていた。
理子は蒔田に言われた通り、あれからずっと肌身離さず身につけたままだった。
先生がいない時には、この石が守ってくれる。そう思った。
ぬくもりを感じる。
体の刻印は既に消えていた。
帰宅してから、見られないように随分気を使った。移動に関しても、違和感を覚えながらも、意識して普通に動いた。
母は妙に敏感な所があるからハラハラした。
普段からのポーカーフェイスが役立ったと言える。
理子がポーカーフェイスになったのは、母の影響だ。母も、人前では澄ました顔をして、見ていないようで見、聞いていないようで聞いていた。
油断のならない女性だ。
過干渉の母のお陰で、理子は嘘をつくのが上手くなったと自分で思う。子供の時から禁止事項が多かった。
どこへ行ったらいけない、何をしたらいけない、こうしろ、ああしろ、とやたらと干渉する。だが、子供のする事にいちいち手出しをするような過保護では無かった。
自分の事は自分でしなさい。
人を当てにするんじゃない。転んだら自分で立て。
そう言って困った時にも助けてくれない。
余計な事で干渉されるよりも、普段は暖かく見守って、困った時に手を貸して欲しかった。
理子は生来、自由奔放な性質で、束縛されるのが嫌いだ。
冒険とか探検が大好きで、横浜に住んでいた時には、近所の子たちと、そういう遊びをよくしていた。
道を覚えるのが早く、迷子になった事がない。一度通れば九割がた覚えている。二度通ればほぼ百%覚えてしまう。
年に数回行く祖父母の家は、幼少のうちに既に覚えていて、一人で行く事ができる。
だが母親は物凄い心配性で、子供だけで祖父母の家へ行かせなかった。
高学年になっても、電車に乗って二駅先の街まで行く事すら禁止されていた。
だが、理子は行きたかった。
だから親に内緒で友達と電車に乗って横浜まで遊びに出たし、お金が無い時には自転車で二駅先の街まで行ったりした。
小遣いは殆ど貰っていなかったから、お金が無い事が殆どで、自転車で移動するしかない。
それでも、狭い限られた範囲から外へ出る事が楽しかった。
親には友達の家へ遊びに行くと言っていた。
中学に入っても、親の締め付けは相変わらず厳しかった。それでも、最寄駅から電車で十分くらいまでの街なら、目くじらを立てなくなった。
中学に入ると、参考書や教材など近所で手に入らないものが増えてくる。そういったものを入手するのには、近辺の大きめの街へ行くしかない。
高校に入り、ゆきとよく出かけるようになった。江の島あたりまでなら、叱られなくなった。
だから二人でよく江の島まで海を見に行ったが、時には親へは「海へ行く」と言って、熱海まで行った事もあった。
嘘はついていない。本当の事を言わないだけだ。言ったら、反対されるのはわかっていた。
少しずつ、狡さを身に付けてきたように思う。
そんな自分を好きではない。本当は、ちゃんと言いたい。自分の居場所をきちんと把握していて欲しいと思う。
理子はそうやって、嘘は言わないが本当の事も言わなくなった。
だが、自分の行動に一定の枠は作っている。その枠からはみ出す事はしないし、危険な事もしない。
蒔田との事は、絶対に知られてはならない事だ。
厳しい母だったが、男女交際を禁じるほどでは無い。友達の延長で、モラルを持って付き合っている分には、文句は言わない。
プラトニックで、健全な場所でデートし、門限までに帰宅する。
結婚前にセックスなんて、とんでもない、と言う考えの持ち主だった。勿論、キスも言語道断だ。
知ったら大変な事になる。
これが例えば、相手が同世代だったら、交際を禁止されて、日々責められるだけで済むのだろうが、担任だとわかったら、大ごとだ。
蒔田を告訴するだろう。強姦罪か強制わいせつ罪で。もしくは学校と教育委員会に訴えて、辞職させるかもしれない。
愛し合っているなんて関係ない。
そもそも、そんな愛なんて信用していない。
愛しているなら、相手はまだ子供なんだから、我慢するのが当たり前だと言うだろう。
そうでなくても、結婚するまで我慢できないのは、愛していない証拠だと、普段から豪語している。
愛が無くてもセックスはできる。それを十分承知して、女は自分の身は自分で守らねばならない。
男はセックスをしたいが為に、愛の言葉を囁く。やってしまえば興味は半減する。飽きる。
捨てられるのがオチ、そういつも言われてきた。
だから蒔田に求められた時、母親の言葉が頭をよぎったのだった。
あの日、先生は私に飽きただろうか.....。
もう年も明けて今日で四日目だ。
今日は歴研のメンバーで新年会をやる事になっている。場所は駅前のラウンドワン。
ボウリングをした後にカラオケだ。
明日の五日の日は、蒔田家に招待されている。
今回は正月なので、家族で迎えてくれるという。
十日ぶりになる。
考えてみると、こんなに蒔田と会わないのは初めてだ。
夏休みでさえ、部活の時に隣の教室だから顔くらいは合わせていた。
ゆきは大晦日の晩、小泉と待ち合わせて初詣に行く、と暮れに言ってきた。
一年の時は、須田先輩に初詣に誘われたが、理子の家は、夜に男子は勿論、女の友達とすら出歩く事を禁止されている。
初詣なんて関係ない。初詣は元旦の午前中に家族で近くのお寺へ行くのが恒例だった。
そういう事情を察してか、蒔田から初詣には誘われなかった。
寂しかったが誘われたところで断らなければないのだから、断る辛さを味わわなくて済んだのをラッキーと思うしかない。
時報から数秒して、あけおめメールが蒔田から来た。その後、ゆきや、歴研のメンバー達からも来た。
歴研のメンバーもみんなで集まって初詣に出ていて、羨ましく思うのだった。
高校に入ってから、友達同士や部活の行事で遠出をしたり、泊まりに行ったりする機会が増えたが、理子は僅かしか参加できなかった。
この時期しか経験できない、友人達との貴重な体験をさせてもらうことができない。
他人を信じない母は、出先で男子に襲われる事を心配している。
男女が一緒に寝泊まりして、そういう事が無い方がおかしいと思っている。
女友達の家も同じだ。男兄弟や父親を疑っているので、絶対に泊らせには行かせない。
自分の実家ですら、自分の弟達を信用していないので、二人きりになることはさせないのだった。
確かに、血縁者による性的虐待の事実も世の中には存在しているから、母の心配もあながち間違いとは言い切れないのかもしれない。
だが、理子からすると行き過ぎのように思えた。
解放されたい。
早く、母から解放されて自由になりたい。
家の手伝いは当たり前の家なので、小学生の頃から色々と手伝わされてきた。
そのこと自体は、仕方のない事だと思っている。
だが何をやるにしても、全部、母流で、神経質すぎるのが難だった。
その通りにできないと、激しく叱られる。それが物凄く窮屈だった。
身支度が済んだので、理子は家族に挨拶をして家を出た。
ラウンドワンまで自転車で行く。
正月だが、取り立ててお洒落はしなかった。
グレーの厚手のTシャツに黒のチュニック、ジーンズ、その上にコートを羽織って出た。
普段理子はあまり黒は着ない。自分で似合うと思わないからだ。
だが今日の服は、去年、ゆきが一緒に買い物に行った時に選んでくれたものだった。
チュニックの胸元が大きくUの時に開いているので、重たい感じがしなくて良かった。
ラウンドワンに着くと、殆どが集まっていた。みんな思いのほか時間厳守だ。だが、耕介が来ていなかった。
学校へは遅刻してくる事も無いし、どちらかと言えば早い方なのに、こういう時は苦手なのか。
確か修学旅行の時にも遅かった。
「おはよう!明けましておめでとう!」
みんなに挨拶をする。
「理子ちゃーん」
ゆきが嬉しそうに駆け寄ってきた。
十日ぶりだが、十日前よりも可愛くなっている気がした。私服のせいか。
ゆきは赤いダッフルコートを来ていて、制服と変わらない丈の短い可愛いスカートを履いていた。女の子らしい。
美輝は来ていなかった。家族で帰省しているそうだ。
「ねぇ、理子ちゃん。あたし、話したい事があるんだ。メールじゃなくて直接と思って。終わった後、いいかな。大丈夫?」
「うん。いいよ」
理子は頷いたが、話しってなんだろう?やっぱり、小泉君の事だろうか。