第63話
文字数 5,075文字
「あの.....、大の大人が女子高生相手に恋愛ってのも、信じられないとか、まさか、騙されてるわけじゃないよな?、とか」
その言葉に、蒔田は大笑いした。
「でもって、簡単に許す女は簡単に捨てられるとか、知ったら興味が半減するとか、そのせいでセックスが楽しくないとか飽きるとか、枝本に色々言われて、お前、動揺したんだろ」
理子は赤くなったまま、黙っていた。
「枝本は、当然、女を知ってて、そんな事を言ったんだよな?」
「そのようです。でも、それは小泉君の気持ちもわかる、と言うことで言っただけで、本人自身も同じなのかどうかは、ちょっとわかりかねます」
「そりゃぁまぁ、そうだろうな。どれくらい知ってるのかは知らないが、相手にもよるしな」
「三人みたいですよ」
理子が俯いて言った。
「三人?本人から聞いたのか?」
「はい。事のついでに、って話してくれました」
「それはそれで、お前はまたショックを受けたんじゃないのか」
理子は顔を上げて蒔田を見た。
「心配しなくていい。俺は何とも思わないから」
理子の心を察したかのように言った。
「ショックは、初めての相手を知った時だけです。予想はしてたんですけどね。私が片思いだった時に枝本君が付き合っていた彼女です。二人が際どい所までいってるって話しを、当時友人から聞いていたので、多分、最後まで行ってるんじゃないかって思ってたんです。枝本君が、小泉君の気持ちに余りに同調するので、鎌を掛けたら、見事に引っかかってくれちゃいました」
「ふっ、なるほど。お前も案外、人が悪いなぁ.....。でもって、ショック受けてるんじゃ、しょうがないだろうに」
「そうですね。思った通りだっただけなのに。やっぱり、私にとっては、いつまでも特別な人なのかもしれません。でも、特別なのは今の枝本君ではなくて、当時の彼です。不完全燃焼だったのが、最大の原因かもしれません」
「じゃぁさ。俺、ふと今思ったんだが、俺と付き合う前に枝本と付き合って、完全に燃焼しきって終わっていたとしたら、特別な相手ではなくなってたかな」
「それは、わかりません。実際に経験してみないと。ただ、もし、先生と出会う前に枝本君と再会していたら、彼と付き合っていたと思います。実際、再会した時に、胸がときめきましたから。でも既に、私の気持ちは先生の方に大きく傾いていて、それを何度も修正しようとしたけれど、無理でした。正直なところ、枝本君と付き合えば、先生への気持ちは吹っ切れるんじゃないか、とまで思ったんです。でも、ダメした。だからきっと、枝本君と付き合っている状態で先生と出会っても、多分、結果は同じだったと思います。不思議ですけど、先生と出会ってしまったら、その時に誰と付き合っていようと、心は先生に奪われてしまうと思います。枝本君は私にとっては、多分これから先も、特別な人であり続けるでしょうけど、先生は彼以上に特別な人なんです」
「それを聞いて、とても安心したし、凄く嬉しいよ。俺にとっても、お前は特別だ。前にも話したが、俺はこれから先も、お前しか愛せない」
「先生.....。でも.....」
「馬鹿だな。俺がお前に飽きるわけがないだろう。お前ほど、意外性の宝庫な女はいないぞ。どう転がしたって、最上とは全く違うタイプだ。泣いたり笑ったり怒ったりポーカーフェイスだったり、変化が激しくて捉えどころが無い」
「そんなんで、疲れませんか?」
「たまには、疲れる時もあるな。あまりに天の邪鬼なんで。でも、それが楽しくもある。聞きわけの良過ぎる女はつまらない。多少手ごたえがないと」
「じゃぁ、エッチの方は.....」
「心配性のお姫様。小泉達は、兎に角出したい方が強いのさ。相手も同じように経験が無いわけだし、まして、されるがままなら尚更、楽しく無くなるのも仕方ない」
「そういうものなんですか.....」
「まったくウブだな、お前は。あいつらはまだ、愛よりもしたい気持ちの方が強いんだ。俺とは違うぞ、根本的に。俺はお前を抱いて、はっきり悟った。まず、初めに愛有りきだ。愛の無いセックスの時は、ただの肉の交わりに過ぎなかった。だが、お前とは違う。愛しているから、抱きたい、交わりたいと強く思う。出す事が目的じゃない。愛を確かめ合う事が目的だ」
そう言う蒔田の眼差しが熱かった。蒔田の話しを聞いているだけで、心も体も震えてくる。
「だから、安心しろ。お前は、何も心配する事は無いんだ。感情の行き違いは、これからもあるだろうが、お前への愛は、多分一生、止められないだろうから」
「先生.....」
理子は切なげに、蒔田を見た。その表情に蒔田はドキリとした。
「どうした?」
「先生の所に、行ってもいいですか?」
か細い声で、そう言った。そんな理子に蒔田は笑顔で答えた。
「何を遠慮している。いちいち断らなくても、来たかったら来ればいい」
蒔田の言葉に理子は立ちあがると、蒔田の膝の上へ座り、首に両手を回して、抱きついてきた。
蒔田は驚きながらも、そんな理子の体を抱きしめた。
「先生.....、重くないですか?」
「大丈夫。心地良い重さだ」
二人とも、火照っていて熱かった。このまま押し倒したら、理子はどうするだろう。
多分、受け入れてくれるだろう。
だが、連休中はもうしないと約束している。
体は既に反応している。欲しくてたまらない。だが、時には我慢も肝要だと思う。
「理子.....、キスしても、いいか?」
蒔田の吐息が首筋にかかり、理子はゾクリとした。
抱きついていた腕を緩め、蒔田の顔を見る。
瞳の中に熱い火が揺れているのを感じた。
理子は躊躇いがちに、自分から唇を近付けた。
磁石に引き寄せられでもするように、蒔田の唇が吸いついてきた。とても官能的なキスだった。
始めは静かに啄ばむように、やがて貪るような激しいものへと変わっていった。
二人とも、心も体も高まっているのを感じた。
抱きたい、抱かれたい。
互いに、その思いに駆られていた。そして互いに、踏みとどまろうとしているのだった。
蒔田は、キスをしながら、理子を背後のベッドへと押し倒した。
理子は、このまま抱かれるのだろうと思ったが、蒔田は押し倒しはしたものの、キスをするだけで、一向に理子の体には触れて来なかった。
蒔田は唇を離し、理子の前髪を右手で上げると、むき出しになった額に自分の額をくっ付けた。
鼻と鼻がぶつかる。吐息が唇にかかる。
それだけでも、胸の高鳴りが激しくなった。
蒔田が自分を欲しがっている事が、全身から伝わってくる気がした。
なのに、求めてはこない。約束を守るために我慢しているのだろうか。
「先生.....、遠慮しなくてもいいんですよ?」
理子の声が震えた。その言葉に、蒔田は頭を振った。
「約束したからな。守らないと」
とても、切なそうだ。
「ごめんなさい。私が先生を煽ってしまったのかな」
そう言う理子に、蒔田は優しく口づけた。
「それは、あるかもな。あんな風に、お前が俺に抱きついてくるなんて、滅多にないし。.....それに、その前に俺を見た時のお前の表情が凄く色っぽかった」
「だって.....、先生の話しを聞いてたら、凄く悩ましい気持ちになってきちゃって。先生に抱きつきたくなっちゃったんだもの」
再び、唇が重なった。甘い吐息と共に唾液も流れて来た。理子はそれを受け入れた。
「平気なのか?」
「何がですか?」
「お前、呑み込んだだろ。もう、何度もだが、嫌じゃないのか?」
何を今さら訊いてくるのだろう、と理子は不思議に思った。
最初の時っていつだったか、思い出せなかった。
最初は驚いたが、嫌だと思った事は無かった。
「入ってきたら、呑み込むしかないじゃないですか。吐き出して欲しいんですか?」
「どうして、そういう事を言うのかなぁ」
「天の邪鬼だからです」
理子は笑った。この会話のお陰で少しクールダウンできたような気がした。
「全く、お前ってやつは。で、どうなんだ?俺が聞きたいのは嫌じゃないのか?って事だ」
この人は、嫌だと言ったら止めるのだろうか?
また妙なやり取りに発展しそうな気がしたので、それは聞かないでおくことにした。
「嫌じゃありません。最初はちょっと驚いたけど、やっぱり、呑むしかないじゃないですか。でないと、溢れちゃいそうだし.....。その事については、何の問題もありませんよ。汚いものじゃないし、そんなの気にしてたらキス自体できないじゃないですか」
「ウブなお前のセリフとは思えないな」
「どうしてですか?先生がくれるものを私が拒否できるわけないのに。きっと、先生がそうして欲しいんだろうと思ったからなのに、違うの?」
蒔田は優しく笑った。
「いや、違わない。お前の言う通りだ。だが、そういうのを嫌がる女もいるだろうし、自分でしておきながら、本当のところ理子がどう思ってるのか、知りたくなったんだ。無理してるんじゃないかと思ってな」
「昨日、言ったじゃないですか。愛してるから平気だって。あなたが私にしてくれる事は、みんな愛の証しだから、歓び以外の感情なんて無いです。だから、したいようにしてくれて構わないんですよ。それとも、こんな私、嫌ですか?」
「馬鹿な事は言わないでくれ。嫌なわけが無いだろう。恋人が、自分の全てを受け入れてくれる事の他に、嬉しい事なんてあるか」
「先生。愛って不思議ですね。私、本を沢山読むから、知識だけは豊富です。これで意外と潔癖症な所があるんです。だから色んなシーンを読んで眉を寄せるような事とかもあるんですけど、先生が相手となると、全然平気なんです。愛してると、色んな事を喜んで受け入れられるんですね」
こんなにも他人を愛するようになるとは、理子も思っていなかった。
蒔田の全てが好きだ。
蒔田は理子の隣に横たわると、理子の手を取った。指と指を絡める。
「先生?」
「ん?」
二人は顔を横に向けて互いを見つめた。
「少しはクールダウンしました?」
「そうでもない。こうしてないと、ヤバそうだ」
「なんだか私達、浮いたり沈んだり欲情したり、忙しいですね」
理子の言葉に蒔田が吹きだした。
「確かに、そうだな。なんでこう、感情の波が激しいんだろうな」
「先生が情熱家だからですよ」
「俺は、お前を好きになる前までは、クールで落ち着いた男で通ってたんだけどな」
「今だって、他の人の前では、そうなんじゃないですか?」
「そうだな。お前がいなきゃ、俺はいつだって冷静なんだ」
「それって、私のせいにしてませんか?ちょっと酷くないですか?」
「ふっ、お前のせいには違いない。だが酷くなんかないぞ。俺の心を揺さぶれるのは、お前だけって事なんだから、栄誉な事じゃないか」
「栄誉って.....。じゃぁ、赦しを請わずにはいられない程、揺さぶってあげましょうか?」
「俺は構わないぞ。だが、その揺り返しの大きさも考えるようにな」
二人は顔を見合わせて笑った。互いに、ついつい張り合ってしまう。
「先生」
「なんだ?」
「実は私、ちょっと寝不足気味なんです.....」
「どうした?まさか遅くまで勉強してたわけじゃないだろう?」
「勉強じゃないです。一昨日の晩は、先生の事が気になって、昨夜はゆきちゃんの事が気になって.....」
「そうか。一昨日は悪かったな。本当に大人げなかった」
「いえ、もういいんです。それより、何かとっても眠くなってきちゃって。このまま少し眠ってもいいですか?折角の先生との時間が勿体ないんですけど、疲れちゃったみたい。何もしてないのに.....」
蒔田は優しく理子の髪を撫でた。
「興奮して疲れたんだろう。少し眠るといい。そばにいるから」
蒔田の魅力的な低音が眠気を更に誘い、理子は眠りへと落ちて行った。
眠りに落ちた理子の寝顔を蒔田は見つめる。
可愛い寝顔だった。
まだ幼さが残っているように感じられる。
その寝顔を見て思う。
急ぎ過ぎているのではないかと。
一年前と比べると、随分と遠い場所へ連れて来てしまったような気がするのだった。
まだ少女なのだから、もっと大きな気持ちで暖かく包んでやるべきなのに、激情の嵐に強引に
巻き込んでしまった。
だが、引き返す事はできない。
もっと冷静にならなければ。
そうしないと、理子も受験に集中できない。そうなれば、結婚も先延ばしになる。
大人の自分がリードしないでどうする。
くだらない事でいちいち嫉妬しているのは時間の無駄だ。
蒔田は、気持ち良さそうに眠っている理子の頬に、そっと口づけた。
その言葉に、蒔田は大笑いした。
「でもって、簡単に許す女は簡単に捨てられるとか、知ったら興味が半減するとか、そのせいでセックスが楽しくないとか飽きるとか、枝本に色々言われて、お前、動揺したんだろ」
理子は赤くなったまま、黙っていた。
「枝本は、当然、女を知ってて、そんな事を言ったんだよな?」
「そのようです。でも、それは小泉君の気持ちもわかる、と言うことで言っただけで、本人自身も同じなのかどうかは、ちょっとわかりかねます」
「そりゃぁまぁ、そうだろうな。どれくらい知ってるのかは知らないが、相手にもよるしな」
「三人みたいですよ」
理子が俯いて言った。
「三人?本人から聞いたのか?」
「はい。事のついでに、って話してくれました」
「それはそれで、お前はまたショックを受けたんじゃないのか」
理子は顔を上げて蒔田を見た。
「心配しなくていい。俺は何とも思わないから」
理子の心を察したかのように言った。
「ショックは、初めての相手を知った時だけです。予想はしてたんですけどね。私が片思いだった時に枝本君が付き合っていた彼女です。二人が際どい所までいってるって話しを、当時友人から聞いていたので、多分、最後まで行ってるんじゃないかって思ってたんです。枝本君が、小泉君の気持ちに余りに同調するので、鎌を掛けたら、見事に引っかかってくれちゃいました」
「ふっ、なるほど。お前も案外、人が悪いなぁ.....。でもって、ショック受けてるんじゃ、しょうがないだろうに」
「そうですね。思った通りだっただけなのに。やっぱり、私にとっては、いつまでも特別な人なのかもしれません。でも、特別なのは今の枝本君ではなくて、当時の彼です。不完全燃焼だったのが、最大の原因かもしれません」
「じゃぁさ。俺、ふと今思ったんだが、俺と付き合う前に枝本と付き合って、完全に燃焼しきって終わっていたとしたら、特別な相手ではなくなってたかな」
「それは、わかりません。実際に経験してみないと。ただ、もし、先生と出会う前に枝本君と再会していたら、彼と付き合っていたと思います。実際、再会した時に、胸がときめきましたから。でも既に、私の気持ちは先生の方に大きく傾いていて、それを何度も修正しようとしたけれど、無理でした。正直なところ、枝本君と付き合えば、先生への気持ちは吹っ切れるんじゃないか、とまで思ったんです。でも、ダメした。だからきっと、枝本君と付き合っている状態で先生と出会っても、多分、結果は同じだったと思います。不思議ですけど、先生と出会ってしまったら、その時に誰と付き合っていようと、心は先生に奪われてしまうと思います。枝本君は私にとっては、多分これから先も、特別な人であり続けるでしょうけど、先生は彼以上に特別な人なんです」
「それを聞いて、とても安心したし、凄く嬉しいよ。俺にとっても、お前は特別だ。前にも話したが、俺はこれから先も、お前しか愛せない」
「先生.....。でも.....」
「馬鹿だな。俺がお前に飽きるわけがないだろう。お前ほど、意外性の宝庫な女はいないぞ。どう転がしたって、最上とは全く違うタイプだ。泣いたり笑ったり怒ったりポーカーフェイスだったり、変化が激しくて捉えどころが無い」
「そんなんで、疲れませんか?」
「たまには、疲れる時もあるな。あまりに天の邪鬼なんで。でも、それが楽しくもある。聞きわけの良過ぎる女はつまらない。多少手ごたえがないと」
「じゃぁ、エッチの方は.....」
「心配性のお姫様。小泉達は、兎に角出したい方が強いのさ。相手も同じように経験が無いわけだし、まして、されるがままなら尚更、楽しく無くなるのも仕方ない」
「そういうものなんですか.....」
「まったくウブだな、お前は。あいつらはまだ、愛よりもしたい気持ちの方が強いんだ。俺とは違うぞ、根本的に。俺はお前を抱いて、はっきり悟った。まず、初めに愛有りきだ。愛の無いセックスの時は、ただの肉の交わりに過ぎなかった。だが、お前とは違う。愛しているから、抱きたい、交わりたいと強く思う。出す事が目的じゃない。愛を確かめ合う事が目的だ」
そう言う蒔田の眼差しが熱かった。蒔田の話しを聞いているだけで、心も体も震えてくる。
「だから、安心しろ。お前は、何も心配する事は無いんだ。感情の行き違いは、これからもあるだろうが、お前への愛は、多分一生、止められないだろうから」
「先生.....」
理子は切なげに、蒔田を見た。その表情に蒔田はドキリとした。
「どうした?」
「先生の所に、行ってもいいですか?」
か細い声で、そう言った。そんな理子に蒔田は笑顔で答えた。
「何を遠慮している。いちいち断らなくても、来たかったら来ればいい」
蒔田の言葉に理子は立ちあがると、蒔田の膝の上へ座り、首に両手を回して、抱きついてきた。
蒔田は驚きながらも、そんな理子の体を抱きしめた。
「先生.....、重くないですか?」
「大丈夫。心地良い重さだ」
二人とも、火照っていて熱かった。このまま押し倒したら、理子はどうするだろう。
多分、受け入れてくれるだろう。
だが、連休中はもうしないと約束している。
体は既に反応している。欲しくてたまらない。だが、時には我慢も肝要だと思う。
「理子.....、キスしても、いいか?」
蒔田の吐息が首筋にかかり、理子はゾクリとした。
抱きついていた腕を緩め、蒔田の顔を見る。
瞳の中に熱い火が揺れているのを感じた。
理子は躊躇いがちに、自分から唇を近付けた。
磁石に引き寄せられでもするように、蒔田の唇が吸いついてきた。とても官能的なキスだった。
始めは静かに啄ばむように、やがて貪るような激しいものへと変わっていった。
二人とも、心も体も高まっているのを感じた。
抱きたい、抱かれたい。
互いに、その思いに駆られていた。そして互いに、踏みとどまろうとしているのだった。
蒔田は、キスをしながら、理子を背後のベッドへと押し倒した。
理子は、このまま抱かれるのだろうと思ったが、蒔田は押し倒しはしたものの、キスをするだけで、一向に理子の体には触れて来なかった。
蒔田は唇を離し、理子の前髪を右手で上げると、むき出しになった額に自分の額をくっ付けた。
鼻と鼻がぶつかる。吐息が唇にかかる。
それだけでも、胸の高鳴りが激しくなった。
蒔田が自分を欲しがっている事が、全身から伝わってくる気がした。
なのに、求めてはこない。約束を守るために我慢しているのだろうか。
「先生.....、遠慮しなくてもいいんですよ?」
理子の声が震えた。その言葉に、蒔田は頭を振った。
「約束したからな。守らないと」
とても、切なそうだ。
「ごめんなさい。私が先生を煽ってしまったのかな」
そう言う理子に、蒔田は優しく口づけた。
「それは、あるかもな。あんな風に、お前が俺に抱きついてくるなんて、滅多にないし。.....それに、その前に俺を見た時のお前の表情が凄く色っぽかった」
「だって.....、先生の話しを聞いてたら、凄く悩ましい気持ちになってきちゃって。先生に抱きつきたくなっちゃったんだもの」
再び、唇が重なった。甘い吐息と共に唾液も流れて来た。理子はそれを受け入れた。
「平気なのか?」
「何がですか?」
「お前、呑み込んだだろ。もう、何度もだが、嫌じゃないのか?」
何を今さら訊いてくるのだろう、と理子は不思議に思った。
最初の時っていつだったか、思い出せなかった。
最初は驚いたが、嫌だと思った事は無かった。
「入ってきたら、呑み込むしかないじゃないですか。吐き出して欲しいんですか?」
「どうして、そういう事を言うのかなぁ」
「天の邪鬼だからです」
理子は笑った。この会話のお陰で少しクールダウンできたような気がした。
「全く、お前ってやつは。で、どうなんだ?俺が聞きたいのは嫌じゃないのか?って事だ」
この人は、嫌だと言ったら止めるのだろうか?
また妙なやり取りに発展しそうな気がしたので、それは聞かないでおくことにした。
「嫌じゃありません。最初はちょっと驚いたけど、やっぱり、呑むしかないじゃないですか。でないと、溢れちゃいそうだし.....。その事については、何の問題もありませんよ。汚いものじゃないし、そんなの気にしてたらキス自体できないじゃないですか」
「ウブなお前のセリフとは思えないな」
「どうしてですか?先生がくれるものを私が拒否できるわけないのに。きっと、先生がそうして欲しいんだろうと思ったからなのに、違うの?」
蒔田は優しく笑った。
「いや、違わない。お前の言う通りだ。だが、そういうのを嫌がる女もいるだろうし、自分でしておきながら、本当のところ理子がどう思ってるのか、知りたくなったんだ。無理してるんじゃないかと思ってな」
「昨日、言ったじゃないですか。愛してるから平気だって。あなたが私にしてくれる事は、みんな愛の証しだから、歓び以外の感情なんて無いです。だから、したいようにしてくれて構わないんですよ。それとも、こんな私、嫌ですか?」
「馬鹿な事は言わないでくれ。嫌なわけが無いだろう。恋人が、自分の全てを受け入れてくれる事の他に、嬉しい事なんてあるか」
「先生。愛って不思議ですね。私、本を沢山読むから、知識だけは豊富です。これで意外と潔癖症な所があるんです。だから色んなシーンを読んで眉を寄せるような事とかもあるんですけど、先生が相手となると、全然平気なんです。愛してると、色んな事を喜んで受け入れられるんですね」
こんなにも他人を愛するようになるとは、理子も思っていなかった。
蒔田の全てが好きだ。
蒔田は理子の隣に横たわると、理子の手を取った。指と指を絡める。
「先生?」
「ん?」
二人は顔を横に向けて互いを見つめた。
「少しはクールダウンしました?」
「そうでもない。こうしてないと、ヤバそうだ」
「なんだか私達、浮いたり沈んだり欲情したり、忙しいですね」
理子の言葉に蒔田が吹きだした。
「確かに、そうだな。なんでこう、感情の波が激しいんだろうな」
「先生が情熱家だからですよ」
「俺は、お前を好きになる前までは、クールで落ち着いた男で通ってたんだけどな」
「今だって、他の人の前では、そうなんじゃないですか?」
「そうだな。お前がいなきゃ、俺はいつだって冷静なんだ」
「それって、私のせいにしてませんか?ちょっと酷くないですか?」
「ふっ、お前のせいには違いない。だが酷くなんかないぞ。俺の心を揺さぶれるのは、お前だけって事なんだから、栄誉な事じゃないか」
「栄誉って.....。じゃぁ、赦しを請わずにはいられない程、揺さぶってあげましょうか?」
「俺は構わないぞ。だが、その揺り返しの大きさも考えるようにな」
二人は顔を見合わせて笑った。互いに、ついつい張り合ってしまう。
「先生」
「なんだ?」
「実は私、ちょっと寝不足気味なんです.....」
「どうした?まさか遅くまで勉強してたわけじゃないだろう?」
「勉強じゃないです。一昨日の晩は、先生の事が気になって、昨夜はゆきちゃんの事が気になって.....」
「そうか。一昨日は悪かったな。本当に大人げなかった」
「いえ、もういいんです。それより、何かとっても眠くなってきちゃって。このまま少し眠ってもいいですか?折角の先生との時間が勿体ないんですけど、疲れちゃったみたい。何もしてないのに.....」
蒔田は優しく理子の髪を撫でた。
「興奮して疲れたんだろう。少し眠るといい。そばにいるから」
蒔田の魅力的な低音が眠気を更に誘い、理子は眠りへと落ちて行った。
眠りに落ちた理子の寝顔を蒔田は見つめる。
可愛い寝顔だった。
まだ幼さが残っているように感じられる。
その寝顔を見て思う。
急ぎ過ぎているのではないかと。
一年前と比べると、随分と遠い場所へ連れて来てしまったような気がするのだった。
まだ少女なのだから、もっと大きな気持ちで暖かく包んでやるべきなのに、激情の嵐に強引に
巻き込んでしまった。
だが、引き返す事はできない。
もっと冷静にならなければ。
そうしないと、理子も受験に集中できない。そうなれば、結婚も先延ばしになる。
大人の自分がリードしないでどうする。
くだらない事でいちいち嫉妬しているのは時間の無駄だ。
蒔田は、気持ち良さそうに眠っている理子の頬に、そっと口づけた。