第23話
文字数 3,277文字
朝、8:00の新横浜駅。
修学旅行が始まった。
理子は最寄駅が同じな、枝本、小泉、ゆき、美輝の四人と待ち合わせた。
駅は朝霧の生徒たちで混みあっていた。どこか落ち着きがなく興奮した空気が充満していた。
新横浜に着くと、その空気は更に膨張している感じがした。
既に教師達は来ていて、出席簿をチェックしている。
蒔田は背が高い上に存在感があるので、何処に居るのかすぐにわかった。
その姿を確認しただけで、ドキドキと鼓動が高鳴る。
各自、出席を自己申告した後、自分のクラスに並ぶ事になっていた。
理子達は申告の為に蒔田の所へ行くと、
「ああ、吉住は残って出席の手伝いをしてくれ」と、蒔田は名簿へ目を落としたまま、そう言った。
「わかりました」
夏以来、事務的なやり取りばかりだ。
文化祭の後のあのメールにはドキっとしたが、それきりだ。
もうずっと、「吉住」としか呼ばれていない。
理子自身、二人きりになるのを避けているのだから、当たり前なのに、それを寂しいと思う自分がいた。
矛盾している。でも、仕方ないじゃないか。
恋人だっている人なのに。
枝本の時のように、彼女がいても好きである事はやめられない、なんてわけにはいかない。
住む世界が違いすぎる。どんなに思ったところで交わる事は無い。
ただ見ているだけで幸せでいられるのなら、それでもいい。だが、きっと、幸せよりも辛いだろう。今だって、胸が苦しいのだから。
私は馬鹿だ。
先生を好きになるなんて。
最早 、理子は自分の気持ちを自覚していた。
先週の振替休日の日、先生と彼女が腕を絡めている姿を見た時に、悟ったのだった。
胸が潰れる思いだった。
今もこうしてそばにいるだけで心が震えてくる。
次々と生徒達がやってきては、自己申告していく。
耕介がやってきた。
「おそーい」
委員なんだから、こうして手伝わされるのは予測できたろうに。
それとも、わかってるからわざとゆっくり来たのか?
「悪い、悪い、寝坊しちまって・・・」
と、頭を掻いた。
「しょうもないなぁ」
「耕介はクラスの連中をきっちり整列させてくれないか。申告だけして、ちゃんと並ばない奴がいるみたいだから。それと、申告忘れがいないかも確認してくれ」
先生も大変だ。新卒だから初めての経験だろう。少々、荷が重いのではないか。
出席の手伝いと言っても、あまりやる事がない。
理子は蒔田のそばに立っているだけだった。何をどうしたら良いのか、今ひとつわからないし、蒔田からも指示が無い。
手持無沙汰で、居たたまれない気がしてきた。
「先生、おはよー!」
きゃぴきゃぴした女子の一団がやってきた。
「名前を言え、名前を」
蒔田は無愛想に返す。
「先生ったら、相変わらずイケズー」
と、甘えた声を出す。
(うわー、キモ。キャバ嬢みたい)
蒔田がこういうのを最も嫌っている事を、いい加減、悟ればいいのにといつも思う。
中には悟った女子もいる。
蒔田は、媚を売る人間を嫌う。
逆に真面目で一生懸命頑張っている人間を評価している。
だから、好かれたかったら勉強なり頑張る事だ。
それを悟って、勉強に力を入れだした女子も増えてきたが、まだ、こういう脳天気なのがいるのだった。
「しょうがない。吉住、こいつらの名前を言ってくれ」
蒔田は出席簿を見たまま言った。
先生も徹底している。
理子は彼女らと目を合わせた。
「ほらー、みんながいつまでも言わないからー」
理子は自分で言うように促した。
「先生って、ほんと意地悪よねー」
一人が不満げに言った。
「そんなの、わかってるじゃん。いいから名前を言いなよー」
理子に言われて、仕方なく、無愛想に名前を言うのだった。
彼女らがブーブー言いながら列の方へ行くのを見送った後、理子は蒔田に訴える。
「先生、お願いだから私に振らないで下さい。あんな事でも、下手すると私がとばっちりを受けかねないんですから」
「わかった。すまなかった。だけど、お前も俺を意地悪だと思ってるのか?」
こんな時に、なんでそんな事を聞いてくる。
しかも視線は名簿の上だ。なんだか妙に腹が立った。
「思ってたら、どうなんです?」
逆に、思わない人間がいるのか聞いてみたい。
再びクラスの人間がやってきた。
どうやら、これで最後みたいだ。
「よし、じゃぁ悪いが、耕介の所へ行って確認してきてくれないか?」
理子はそれに従った。解放されてホッとする。息がつまりそうだった。
六組の場所へ行くと、それなりに列ができていて、先頭に耕介がいた。
「おお、理子。終わったのか」
「最終確認をしてくれだって」
二人で確認して、しっかりチェックができたので、理子は耕介に報告に行ってくれるよう頼んだ。なんだかもう、行きたくなかったのだ。
また変なことでも聞かれたら受け答えに窮する。
先生の言動にいちいち自分も反応してしまう。
先生の言動の意図がわからない。意味不明な事ばかりだ。理子はそれにいちいち動揺し振り回されてしまうのが嫌だった。
心乱されたくなかった。
全員揃ったクラスから新幹線に乗り込んだ。
座席はグループ単位だったが、理子達のグループは七人だったので、女子は右側の三人席に、男子は通路を挟んで隣の二人席を向き合わせにして座った。
理子と耕介はいつ用事を言いつけられるかわからないので、通路側だ。
道中は長いが、中学生の時のように車中でレクリエーションなどはなかった。
岡山へは凡そ四時間で到着する。そこから山陽本線で倉敷まで行く。約十分強と、岡山からは近い。
其々が座席に落ち着いた頃、あちこちで記念撮影が始まり、理子達のグループもみんなで写真を撮った。
列車が動き出して三十分もした頃、茂木に声を掛けられた。
「理子、良かったら小泉と席を代わってやってくれない?」
理子の隣にはゆきが座っていた。
いいよ、と頷いて席を立った。
小泉は窓側に座っていたので、茂木が立って小泉を出し、茂木が窓側に座り、理子はその隣に座った。
目の前が耕介で左前が枝本である。なんだか男子の中で一人っていうのも変な気分だ。
「いいねぇ~、女の子が一人いるだけで、雰囲気が違うよ」
茂木の声が嬉しそうだ。
「私なんかで良かったのかな?」
「何をおっしゃる、理子姫」
茂木の言葉に仰天した。
「理子姫ぇ~?」
枝本が楽しそうな笑顔になった。
「こいつさぁー」
と、耕介が続ける。
新しくできる歴研に、女子は三人しかない。
理子とゆきと美輝なのだが、その三人を、歴研の三姫と呼ぼうと勝手に茂木が決めたらしい。
「何それー?やめてよ、恥ずかしいじゃない」
理子は赤面した。
「まぁ、いいじゃない。歴研の仲間内だけだし。男ばっかで潤いも楽しみもないからね。余興だと思って」
枝本が笑って言った。
余興って。それでも恥ずかしい事には変わりはない。
大体、姫なんてガラじゃない。
中学の時には言葉づかいが悪くて男みたいだったから、男おんなと言われたりしていたくらいなのに。
こいつらは、そんな私を知らないから姫なんて言うんだ。
枝本だって、そんな理子を知らない。
理子が男おんなと呼ばれる程、男の子みたいになったのは彼がいなくなってからだから。
「だけど、今度の修学旅行は楽しみだな。中学の時に京都は行ってるからかぶるけど、それでも見どころ満載だもんな」
憤慨している理子を置いて、話しが別方向へと進んだ。
「理子はやっぱり、壬生だろ」
言われて頷く。新撰組の屯所があった所である。
「まぁね。あと、幕末とは関係ないけど、三間堂も興味ある」
京都も御所を始めとして、見どころ満載だ。
本当は奈良もじっくり見たかった。
中学の修学旅行では奈良は法隆寺を見たくらいだった。
聖徳太子好きな理子は再び法隆寺を見たいと思っているし、また飛鳥地方もじっくりと見学したかった。
でも今回の最大の見どころは、何より姫路城だろう。
白鷺城とも呼ばれる、白亜の美しい城郭は素晴らしい。
理子は趣味で姫路城のプラモデルを完成させて部屋に飾ってある。それほど好きだった。
修学旅行が始まった。
理子は最寄駅が同じな、枝本、小泉、ゆき、美輝の四人と待ち合わせた。
駅は朝霧の生徒たちで混みあっていた。どこか落ち着きがなく興奮した空気が充満していた。
新横浜に着くと、その空気は更に膨張している感じがした。
既に教師達は来ていて、出席簿をチェックしている。
蒔田は背が高い上に存在感があるので、何処に居るのかすぐにわかった。
その姿を確認しただけで、ドキドキと鼓動が高鳴る。
各自、出席を自己申告した後、自分のクラスに並ぶ事になっていた。
理子達は申告の為に蒔田の所へ行くと、
「ああ、吉住は残って出席の手伝いをしてくれ」と、蒔田は名簿へ目を落としたまま、そう言った。
「わかりました」
夏以来、事務的なやり取りばかりだ。
文化祭の後のあのメールにはドキっとしたが、それきりだ。
もうずっと、「吉住」としか呼ばれていない。
理子自身、二人きりになるのを避けているのだから、当たり前なのに、それを寂しいと思う自分がいた。
矛盾している。でも、仕方ないじゃないか。
恋人だっている人なのに。
枝本の時のように、彼女がいても好きである事はやめられない、なんてわけにはいかない。
住む世界が違いすぎる。どんなに思ったところで交わる事は無い。
ただ見ているだけで幸せでいられるのなら、それでもいい。だが、きっと、幸せよりも辛いだろう。今だって、胸が苦しいのだから。
私は馬鹿だ。
先生を好きになるなんて。
先週の振替休日の日、先生と彼女が腕を絡めている姿を見た時に、悟ったのだった。
胸が潰れる思いだった。
今もこうしてそばにいるだけで心が震えてくる。
次々と生徒達がやってきては、自己申告していく。
耕介がやってきた。
「おそーい」
委員なんだから、こうして手伝わされるのは予測できたろうに。
それとも、わかってるからわざとゆっくり来たのか?
「悪い、悪い、寝坊しちまって・・・」
と、頭を掻いた。
「しょうもないなぁ」
「耕介はクラスの連中をきっちり整列させてくれないか。申告だけして、ちゃんと並ばない奴がいるみたいだから。それと、申告忘れがいないかも確認してくれ」
先生も大変だ。新卒だから初めての経験だろう。少々、荷が重いのではないか。
出席の手伝いと言っても、あまりやる事がない。
理子は蒔田のそばに立っているだけだった。何をどうしたら良いのか、今ひとつわからないし、蒔田からも指示が無い。
手持無沙汰で、居たたまれない気がしてきた。
「先生、おはよー!」
きゃぴきゃぴした女子の一団がやってきた。
「名前を言え、名前を」
蒔田は無愛想に返す。
「先生ったら、相変わらずイケズー」
と、甘えた声を出す。
(うわー、キモ。キャバ嬢みたい)
蒔田がこういうのを最も嫌っている事を、いい加減、悟ればいいのにといつも思う。
中には悟った女子もいる。
蒔田は、媚を売る人間を嫌う。
逆に真面目で一生懸命頑張っている人間を評価している。
だから、好かれたかったら勉強なり頑張る事だ。
それを悟って、勉強に力を入れだした女子も増えてきたが、まだ、こういう脳天気なのがいるのだった。
「しょうがない。吉住、こいつらの名前を言ってくれ」
蒔田は出席簿を見たまま言った。
先生も徹底している。
理子は彼女らと目を合わせた。
「ほらー、みんながいつまでも言わないからー」
理子は自分で言うように促した。
「先生って、ほんと意地悪よねー」
一人が不満げに言った。
「そんなの、わかってるじゃん。いいから名前を言いなよー」
理子に言われて、仕方なく、無愛想に名前を言うのだった。
彼女らがブーブー言いながら列の方へ行くのを見送った後、理子は蒔田に訴える。
「先生、お願いだから私に振らないで下さい。あんな事でも、下手すると私がとばっちりを受けかねないんですから」
「わかった。すまなかった。だけど、お前も俺を意地悪だと思ってるのか?」
こんな時に、なんでそんな事を聞いてくる。
しかも視線は名簿の上だ。なんだか妙に腹が立った。
「思ってたら、どうなんです?」
逆に、思わない人間がいるのか聞いてみたい。
再びクラスの人間がやってきた。
どうやら、これで最後みたいだ。
「よし、じゃぁ悪いが、耕介の所へ行って確認してきてくれないか?」
理子はそれに従った。解放されてホッとする。息がつまりそうだった。
六組の場所へ行くと、それなりに列ができていて、先頭に耕介がいた。
「おお、理子。終わったのか」
「最終確認をしてくれだって」
二人で確認して、しっかりチェックができたので、理子は耕介に報告に行ってくれるよう頼んだ。なんだかもう、行きたくなかったのだ。
また変なことでも聞かれたら受け答えに窮する。
先生の言動にいちいち自分も反応してしまう。
先生の言動の意図がわからない。意味不明な事ばかりだ。理子はそれにいちいち動揺し振り回されてしまうのが嫌だった。
心乱されたくなかった。
全員揃ったクラスから新幹線に乗り込んだ。
座席はグループ単位だったが、理子達のグループは七人だったので、女子は右側の三人席に、男子は通路を挟んで隣の二人席を向き合わせにして座った。
理子と耕介はいつ用事を言いつけられるかわからないので、通路側だ。
道中は長いが、中学生の時のように車中でレクリエーションなどはなかった。
岡山へは凡そ四時間で到着する。そこから山陽本線で倉敷まで行く。約十分強と、岡山からは近い。
其々が座席に落ち着いた頃、あちこちで記念撮影が始まり、理子達のグループもみんなで写真を撮った。
列車が動き出して三十分もした頃、茂木に声を掛けられた。
「理子、良かったら小泉と席を代わってやってくれない?」
理子の隣にはゆきが座っていた。
いいよ、と頷いて席を立った。
小泉は窓側に座っていたので、茂木が立って小泉を出し、茂木が窓側に座り、理子はその隣に座った。
目の前が耕介で左前が枝本である。なんだか男子の中で一人っていうのも変な気分だ。
「いいねぇ~、女の子が一人いるだけで、雰囲気が違うよ」
茂木の声が嬉しそうだ。
「私なんかで良かったのかな?」
「何をおっしゃる、理子姫」
茂木の言葉に仰天した。
「理子姫ぇ~?」
枝本が楽しそうな笑顔になった。
「こいつさぁー」
と、耕介が続ける。
新しくできる歴研に、女子は三人しかない。
理子とゆきと美輝なのだが、その三人を、歴研の三姫と呼ぼうと勝手に茂木が決めたらしい。
「何それー?やめてよ、恥ずかしいじゃない」
理子は赤面した。
「まぁ、いいじゃない。歴研の仲間内だけだし。男ばっかで潤いも楽しみもないからね。余興だと思って」
枝本が笑って言った。
余興って。それでも恥ずかしい事には変わりはない。
大体、姫なんてガラじゃない。
中学の時には言葉づかいが悪くて男みたいだったから、男おんなと言われたりしていたくらいなのに。
こいつらは、そんな私を知らないから姫なんて言うんだ。
枝本だって、そんな理子を知らない。
理子が男おんなと呼ばれる程、男の子みたいになったのは彼がいなくなってからだから。
「だけど、今度の修学旅行は楽しみだな。中学の時に京都は行ってるからかぶるけど、それでも見どころ満載だもんな」
憤慨している理子を置いて、話しが別方向へと進んだ。
「理子はやっぱり、壬生だろ」
言われて頷く。新撰組の屯所があった所である。
「まぁね。あと、幕末とは関係ないけど、三間堂も興味ある」
京都も御所を始めとして、見どころ満載だ。
本当は奈良もじっくり見たかった。
中学の修学旅行では奈良は法隆寺を見たくらいだった。
聖徳太子好きな理子は再び法隆寺を見たいと思っているし、また飛鳥地方もじっくりと見学したかった。
でも今回の最大の見どころは、何より姫路城だろう。
白鷺城とも呼ばれる、白亜の美しい城郭は素晴らしい。
理子は趣味で姫路城のプラモデルを完成させて部屋に飾ってある。それほど好きだった。