第37話

文字数 5,590文字

 クリスマスの日がきた。
 いつものように、蒔田は栗山高校まで理子を迎えに来た。

 自ら助手席のドアを開けて理子を乗せる。
 懐かしい蒔田の車の匂い。
 車内はいつも綺麗で掃除が行き届いていた。勿論、外も綺麗に磨かれている。車内は何の飾りもなく、すっきりしていた。

「こうして理子と二人きりになるのは、久しぶりだな」

 蒔田の家へ行ったのが十月の終わりだったから、二か月近くになる。

「毎日会ってるとは言え、直接言葉を交わす事はできないし、俺、ストレス溜まりっぱなしだったよ」

「すみません。どうしても勉強に集中したかったので.....」

 理子は素直に謝った。

「いや、お前の言う事も尤もだ。二学期の前半は行事続きでろくに勉強できなかったからな。先の事を考えれば、しっかりやらなきゃいけない時期だ」

 蒔田は担任だ。自分の生徒を志望先へと導いてやらなければならない使命を負っている。
 これから状況は厳しさを増す事も十分承知している。
 だからこそ、今この時に、しっかり結びついておきたかった。もっと理子との絆を深めたい。
 そう思っていた。

 蒔田は三者面談の時の事を思い出す。
 理子の母親は一見、とても穏やかで優しげな面持ちと上品な雰囲気を漂わせた女性だった。だが話してみると、強烈な個性を感じた。

 穏やかそうな外見に反して、非常に烈しいものを持っている。
 そして話しているうちに、理子の苦悩が何となくだが伝わってきた。

 そこには支配と被支配の関係が感じられた。
 親子なのだから当たり前の構図かもしれないが、理子の母親はどこまでも子供を自分の思う通りにさせようとする強い意志が感じられた。
 非常に頑固そうだった。

 理子はその母親の思いをまともに受けて反抗し、喧嘩をし、妥協する。母親の方は絶対に妥協しない。
 自分に正直で感情的だ。愛情が深いが為に、本人は全て子供の為と思っている。

 そんな理子の家庭事情を面談で垣間見た時、蒔田は理子を守ってやりたいと強く思った。
 そして、ただ守るだけではなく、そこから解放して自由に羽ばたかせてやりたいと願った。

 一定の枠にははまらない、自由でユニークな発想。
 そこが理子の魅力の一つだ。だが非常に常識的でもある。内向的な部分も見え隠れする。
 臆病で小さな子供みたいな部分を持っている。

 そうかと思うと天真爛漫だったりもする。人間はみんな複雑だ。色んな面を持ち合わせている。だが大体は一つのカラーで表現できるのだが、理子は違う。
 捉えどころが無い。

 それが魅力でもあるのだが、いつまでも親の支配下に置いておくのは本人の為に良いとは思われなかった。

「理子。俺はお前を絶対に東大に合格させてやる」

 蒔田が力強く言った。

「先生.....」

「お前のお母さん、凄い人だな。面談の時に、お前のこれまでの苦労がわかった気がしたよ。色んな思いを抱えて来たんじゃないのか」

 蒔田の言葉に、理子は心が震えてくるのを感じた。

「これからは、もっと俺を頼ってくれないか。お前の心を俺に見せてくれ。怖がる必要はないんだ。俺はお前の全てを受け止めてやる」

 蒔田の言葉に、理子の瞳から涙が溢れて来た。

「泣き虫理子め」

 そう言って笑う蒔田に、理子は胸がキュンとするのだった。


 蒔田の家に到着した。

「こんにちは!」

 声をかけたが、シーンとしている。

「みんな留守なんだ」

「え?」

 理子は驚いて蒔田を見上げた。笑っている。

 蒔田の家族たちは、クリスマスくらい二人でゆっくり出来るようにと、留守にしてくれたのだという。
 御馳走まで用意してあった。
 なんて優しい人たちなんだろう。

 だが、この広い家で、二人きりだ。理子は急に怖くなってきた。

 蒔田がコーヒーを淹れて、ダイニングテーブルの上に置いた。

「ミルクと砂糖はどのくらい?」

「あっ、無しで」

「えっ、ブラック?」

「はい。変ですか?」

「いや、変じゃないが、女子高生でブラックコーヒーってちょっと驚いただけだ」

「そうですか?でもコーヒーはブラックが一番美味しいから」

「そう言うって事は、コーヒー好きなのか?」

「はい。昔は苦手だったんです。何ていうか、コーヒーそのものじゃなくて、砂糖やミルクが入ったコーヒーが。なんか甘ったるくって、それが口の中に残るのが嫌だったんですよね。それで試しにブラックで飲んでみたら、こっちの方が断然美味しいと思って、以来ずっとブラックです」

「それって、もしかして甘いものが苦手?女の子なのに?」

「いえ。甘いものは普通に好きですよ。甘すぎるのは苦手なんですけど。飲み物が甘いのが駄目なんです。だから紅茶も勿論ストレートだし、ジュースの類は果汁100%以外は苦手です」

 そう言って、理子は蒔田が淹れてくれたコーヒーに口をつけた。
 とても美味しい。

「先生、凄く美味しいです。淹れるの、お上手なんですね」

「そうか。うちはみんなコーヒー好きなんで、煩いんだよ」

「あっ、そうだ」

 理子は持参したリボンを掛けた大小の包み紙を蒔田に渡した。

「これ、クリスマスプレゼントです」

 頬を染めてはにかんでいる。蒔田はそんな理子をとても可愛いと思った。

「俺に?二つもあるが」

「小さい方は、クッキーです。今朝、焼きました。大きい方は、開けてお楽しみです」

 蒔田はまず小さい包みの方から開けた。
 可愛らしい一口大サイズのハートのクッキーが容器にぎっしり入っていた。
 バニラの甘い香りがする。

「先生、もしかして甘いものは苦手ですか?」

 理子が心配そうに尋ねた。

「いや。俺は結構、甘いものは好きなんだ。コーヒーはブラックだが」

「女の子達から、いつも色々貰ってるのに、ひとつも受け取らずに、他の先生達にあげちゃうんですよね。甘いもの好きなら、貰っておけばいいのに」

「彼女達から貰う理由がない」

「ほんとに冷たいひと」

 理子は笑った。
 
「今食べてもいいか?」
 
「勿論です。是非」
 
 蒔田の綺麗な細長い指が、理子の作ったハートのクッキーをつまんで口へ入れた。

「美味い!とても」

 そう言って、理子に笑顔を向けた。とても美味しそうに、そして嬉しそうに食べてくれていた。それに少年のような顔をして可愛い。胸が熱くなり、幸せを感じた。

「じゃぁ、こっちも開けさせてもらおうかな」

 クッキーをモグモグしながら、大きい方の包みを開けだした。
 出て来た物を見て目を見張っている。

「これって.....、お前が編んでくれたのか?」

「他に誰が編むんです?」

「俺の為に.....。お前、器用なんだな。とても上手に編めてる。.....おっ、長いな」

 蒔田は首に掛けた。思った通り、とてもよく似合っていた。

「その色なら、大抵の服に合うと思って選んだんですけど、よく似合ってます」

「お前、これを編むのに結構、手間暇かかっただろう。それなのに、あの成績か。お前には感服する」

「だって先生、メリハリが大事だっておっしゃってたじゃないですか。息抜きですよ。息抜き」

「ありがとう。凄く嬉しいよ。お前のぬくもりを感じる。メールで冷たいとか書いて悪かった」

 蒔田の瞳が喜びに溢れているように見えて、安堵し、嬉しさで胸が一杯になる。

「それは、私も悪かったから。私は先生と違って子供だから、自分を制御するのが大変なんです。だから、逃げてたんです.....」

 そう言って俯いた理子に、蒔田が「理子.....。上へ行かないか。俺の部屋に」と誘ってきた。

「えっ?」
 
 理子は戸惑う。鼓動が激しく脈打って、体が固まった。

「行こう」

 蒔田は戸惑っている理子の手を取って引いた。
 理子は蒔田にいざなわれて、彼の部屋へ入る。

 なんだか怖い。理子は震えた。
 ベッドの端に蒔田は腰掛けると、「おいで」と言って両手を差し出した。

 ベッドに座って「おいで」と言われても、素直には従えない。

 怖い.....。

「どうした?こっちへおいで。何もしないから」

 蒔田の口調は優しい。

 そう言われたら信じるしかない。理子は仕方なく蒔田のそばへ行った。
 蒔田はそばへ来た理子を、座ったまま、自分の足の間に引き入れてそっと抱きしめた。心臓がドキドキする。きっと蒔田には丸聞こえだろう。恥ずかしい。

「理子、このまま足元に(ひざまず)いてくれないか」

「えっ?」

 どういう事?
 跪いたらどうなるの?

「さっ」

 蒔田は変わらず優しい表情だ。その顔を見て理子は従った。

 理子は、蒔田の長い脚の間で膝をついた。ドキドキし続けている。
 蒔田は長い腕を伸ばして、理子の垂れ下っている髪をそっとよけると、理子の首の後ろに手をまわした。

 理子は首と胸元に冷たいものを感じた。

「メリークリスマス。俺からのプレゼント」

 蒔田はペンダントを理子の首に着けていたのだった。

 理子は驚いて蒔田の顔を見た。蒔田は満足そうに微笑んでいる。

「ほら、見てごらん」

 蒔田に渡された鏡を見ると、理子の胸元には素敵なペンダントが輝いていた。
 四つ葉のクローバーの形に、小さいダイヤらしき宝石が散りばめられていて、葉っぱの一つに、綺麗な緑の小さい石がはめ込まれていた。

「綺麗.....」

 思わず溜息が洩れる。必要以上に自分を飾らない理子だったが、宝石だけは好きだった。勿論、倹しい暮らしをしてきた者にとっては縁の無い代物だ。だがその美しさには憧れる。

「気に入った?」

「とっても。凄く素敵。これ、ダイヤなのかな.....」

「ダイヤだよ。緑の石はツァボライトって言う、サファイヤの仲間の珍しい石だ」

「えっ?じゃぁ、とても高かったんじゃ?」

 理子は目を見張った。

「心配しなくてもいい。ダイヤは小さいクズダイヤの集まりだし、ツァボライトも、2カラット以上のものは滅多にないから高いが、小さいものは珍しくはないんだ。だから安い」

「そうなんですか。この、ツァボライトって石、凄くきれいですね。透明感があって.....」

「そうだろう。エメラルドより透明感があって硬いそうだ。若い理子にピッタリだと思った」

「チェーンは、プラチナですよね。やっぱり高そう.....」

 蒔田は理子の胸元に手を伸ばして、長い指を這わせた。
 その瞬間、理子の体に電気のような衝撃が走った。
 
「いつも一緒にいられないし、会いたいと思っても会えないから、俺の代わりだと思って、常に身につけていてくれないか」

「先生.....」
 
 理子の声が上擦る。
 
「だから、濡れても錆びないプラチナにしたんだ。宝石も硬い石を選んだ。それに理子は緑が好きだし」

「どうして緑が好きって知ってるんですか.....?」

 震える声で訊いた。
 蒔田の指はペンダントの周辺を行き来していた。

「そんなの、決まってるじゃないか。俺の好きな色だからさ」

 そう言って笑う蒔田は大胆不敵な表情をしていた。

「先生って.....」

 続きを言わないうちに、唇をふさがれた。
 とても熱く、これまでよりも濃厚だった。

 理子は抱き上げられ、ベッドの上に寝かされた。
 唇は重なったままだ。

 強弱をつけて吸われたと思うと、唇を軽く噛まれた。
 ついばむように、理子の唇を貪ってくる。
 やがて、舌が入ってきた。口の中まで入ってきたのはこれが初めてだった。もうすでに頭が白い。
 先生にキスをされていると思うだけで、もう何も考えられなくなる。

 蒔田の舌は理子の口の中を動き回り、理子の舌を捕らえた。
 躊躇う理子の舌に蒔田は舌を絡めてきた。
 唾液が混じりあう。
 体が熱い。頭も熱い。何かが体の中から湧き上がってくるのを感じる。

(ああ、どうしよう.....)

 蒔田の指が、理子の頬から耳たぶにかけてをそっとなぞる。

「あっ.....」

 理子は無意識に小さな叫び声を発した。

 耳たぶを弄ばれる。それだけで、体が疼く。
 耳たぶを弄んでいた指が、ゆっくりと首筋を這い、やがてブラウス越しに理子の胸の上をそっと這い出した。

 右手で理子のブラウスのボタンを外し始めている。
 左手は理子の髪を優しく撫でていた。理子は(おのの)いて、慌てて自ら、唇を離した。
 
「先生.....」

 蒔田を見つめる。蒔田の瞳には熱いものが(たぎ)っているように見えた。
 いつの間にか眼鏡が外されている。
 眼鏡を外した蒔田の顔は、普段のクールで凛々しい知的な顔から、甘くてセクシーな顔に変貌する。
 その顔が間近にあって、熱い目で理子を見つめていた。

 理子は羞恥と同時に恐怖も感じた。

 ブラウスのボタンが全て外れた。蒔田の手はプラジャーの上にあった。

「先生、やめて.....」

 理子は蒔田の手を取って懇願した。これ以上は駄目だ。
 怖い。自分がどうにかなってしまいそうだった。

「理子.....」

 蒔田は熱い吐息を漏らすと、理子の首筋に唇を這わせた。
 柔らかい唇と舌に這われ、理子は興奮して声を漏らした。
 蒔田の唇と舌が触れるたび、電磁波でも発しているのかと思うくらい、痺れるのだった。

 やがて、唇が移動して耳たぶを軽く噛まれた。思わず声が出る。
 蒔田は押さえていた理子の手を外すと、その長い指を理子の首から肩にかけて何度も滑らせた。その指が、理子の肩からブラウスを引き下げ、背中に回り、ブラジャーのホックを外した。

 ブラウスと一緒に理子の体から剥がされ、胸が露わになった。その乳房を蒔田の大きな手のひらが包み込んだ。

「あっ!!」

 理子は震えた。
 まだ誰にも一度も触れられたことが無い。恥ずかしさが込み上げてきて、思わず首を振る。

「理子、愛してる.....」

 蒔田はその存在を確かめでもするように、理子の体をゆっくりと撫で始めた。
 言い知れぬ感覚が理子の体を駆け巡る。
 やるせない思いに衝かれ、一挙に興奮が高まるのを感じた。

 いけないと思う気持ちと、このまま愛されていたいという気持ちの狭間で理子は揺れていた。
 相手は大人の男だ。このままいったら、やがては.....。

 どうしよう.....?

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