第3話

文字数 1,923文字

「去年の永島の世界史、あれは面白く無かったよな」

 耕介の周りに集まってきた歴史好き男子の一人、茂木一彦が言った。

「あー、あれは自分のペースでひたすら進めてくタイプだったよな。あんなつまんない授業は無かったぜ」

 1年生の時の社会科は世界史だったのだが、その担当が永島と言う、40歳前後のずんぐりむっくりした男性教諭だった。
 永島は生徒の反応に関わりなく、その日、自分が決めた内容をきっちりこなす事しか頭にない、といったタイプの教師だった。

「世界史は範囲が広いから、どうしたって広く浅くなっちゃうのは仕方ないけど、あれはなぁ」

「理子はどう思った?」

 耕介が問いかけてきた。
 既に仲間内では「理子」と呼ばれている。
 苗字よりも呼びやすいし、親しい者たちが「理子、理子」と言っているので、周囲もなんとなく自然にうつってしまうようである。

「うぅーん.....。この先生に面白い授業を期待するのは無理かなぁ、って思ったかな。結局のところ、性格もあるでしょ。そもそも歴史の授業なんて面白くない方が多いし、あたしにとっては、自分で勉強した事の復習に過ぎないかな。永島先生は大事な所を総括してやってるって思ったから、そういう観点からは参考になったと思うよ」

「おおぉ~、さすがだなー」

 男子一同は感嘆の声を上げた。

「だけどさ、今年の日本史は違うよな」

「そうだよな。深いよ、なかなか。イケメンの軽いヤツかと思ってたけど、さすが東大、中身は違うな」

 蒔田の事である。

「そもそも、ああいうタイプが歴史好きってのが、驚くよな」

 全くの同感だった。どう見たって芸能人をやっている方が似合っている。
 既に、朝霧高校のスターだった。
 メジャーデビューしても一躍スターになること間違いなしと言った感じだ。

「じゃぁ、どんなタイプなら驚かないわけ?」

 理子は興味を持ったので訊いてみた。

「うーん。・・・わかんねーな。まぁ、少なくとも、蒔田タイプは違うってとこか」

「人を見た目で決めつけちゃいけないんじゃない?」

 ありきたりだが蒔田を見れば、人は見た目だけでは判断できないと思うだろう。それに、ここにいる連中だって、見た目ではみんな同じようなタイプとは言えないではないか。

 茂木一彦などは、まずまずのルックスだ。
 ちょっと磨けばイイ線いくのではないだろうか。
 耕介は見た目通りの変わり者なので、オタクタイプと言えるかもしれないが。

 小柄で童顔の小泉徹もなかなかイケていて、歴史オタクと言った感じではない。他のメンバーもみんなそうだ。

「まぁなー。蒔田なんて、あんなにイケメンで女子にモテモテなのに、結構、堅物みたいだしな」

 蒔田は驚く程モテるのに何故か硬派のようで、女生徒に愛想を振りまくどころか笑顔も見せない。
 前年度まで人気のあった朝田や佐々木は、特別に愛想を振りまきはしないが、笑顔で接しているし、態度も優しい。

 笑顔で呼びかければ笑顔を返す。だが、蒔田にはそれが無かった。
 呼びかけられると、不審そうに「なんだ?」と言わんばかりの顔を向ける。
 用事が無いなら呼びかけるな、と無言で訴えているような雰囲気を出していた。

「あいつさ。女子達からのプレゼント、全く受け付けないらしいぜ」
「へぇ~。凄いなぁ。俺なら喜んでみんな貰っちゃうのに」

 その事は既に女子の間で大きな噂になっているので、理子の耳にも入ってきていた。
 誕生日でも何でもないのに、女子達は手作りのお菓子などを蒔田の所へ持って行ったが、「受け取る理由がない」と言って、断られていた。

 そこで女子達は蒔田の机の上へ置いて帰るのだが、そうすると蒔田は周囲の先生達にあげてしまうらしい。

「身長、体重、誕生日、星座、血液型とか、質問されても一切答えないんだってな」

 そんなわけなので、蒔田のパーソナルデータを知る者は一人もいない。

「俺、そういう所、好きだなー。勿体無いとは思うけど、やっぱり同じ男としては、モテるのを鼻にかけてるような奴は好かんしな」

 耕介が言った。その目は茂木を見ている。
 茂木は女子の中では比較的人気のある方だった。

「俺、全然、鼻になんてかけてないぜー。そもそも、そんなにモテないし」

 茂木は非難めいた目を耕介に向ける。

「ウソつけ、お前―、結構、モテてるじゃんか!」

 耕介が強く訴える。やっかんでいるのかもしれない。
 理子から見れば、茂木はごくごく普通に女子と交流しているようにしか見えなかった。特にモテているようには感じられない。
 ただ、耕介は全くといって良いほど女子と交流していないので、彼から見れば茂木が羨ましいのだろう。

 そんな男同士のやり取りを自分の周囲でされるのも、面白いやら鬱陶しやら、な理子だった。
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