第35話

文字数 1,975文字

 蒔田と別れた後、理子は何度も蒔田の言葉を反芻した。
 反芻すればする程、胸が熱くなった。

 まだ高校生なのに、プロポーズだなんて.....。

 先生って情熱的で一本気なんだな。
 好き=結婚って思っているのだろうか。

 だが、理子も昔、枝本との結婚を夢見た事があった。枝本と両思いになったばかりの頃だ。
 付き合いだしたんだから、別れるなんて事は想像できない。
 このまま別れずに付き合いが続いたら、結婚することになるのかな、と思ったものだった。

 でも実際には、それから数カ月後に別れてしまった。
 まだ好きではあったが。

 友親君にしたって、同じだ。
 学校が別々になっても、よく会っていた。
 このままずっと付き合い続けて、もしかしたら結婚することになるかも、と思ったりもした。
 いずれも、子供だった。

 そして、今もまだ子供だ。夢見る事はできる。
 だが、理子は年齢の割に現実的だった。
 好き=結婚とは思えないのだった。

 なにより自分の目の前にいる夫婦の姿を見続けてきて、理子は結婚に夢を持てないようになった。

 父と母。
 この土地へ越してくる前は横浜に住んでいた。その時の二人は、とても仲が良かったように思う。
 理子に対しても、周囲から守ってくれる強くて優しい母だった。どんな時でも母が守ってくれる絶対的な安心感があったからか、その時期の理子は天真爛漫で野放図だった。

 今の土地へ越してきてから、両親は変わった。
 と言うより、母が変わったのか。

 妹が産まれ、理子が幼稚園の年長になる年に家を建てて越してきた。
 父の仕事が忙しくなり、夫婦の時間は大幅に減ったようだった。
 母のストレスは溜まる一方で、何かの拍子に切れて、そのとばっちりを子供達が受ける。

 母はいつも怒ってばかりいた。
 営業職で毎晩遅い父に、いつも怒りをぶつけていた。
 喧嘩ではなかった。一方的に母が父に怒りをぶつけている。父は黙っているだけだった。

「うちは、母子家庭みたいなものだから」と言うのが母の口癖だった。
 そうは言っても、父は遅くなってもちゃんと毎晩帰ってくる。
 浮気をしていたようではない。本当に仕事で忙しかったのだ。

 気さくで明るくお喋りな父は人が好く、一見営業職に向いていそうだが、実はそうでも無かったのだ。
 だから成績は良い方ではない。契約が多いほど収入は増えるが、我が家の収入は多かった時は無い。

 そんな少ない収入でも、ローンはさっさと繰り上げ返済し、貯蓄もしっかりしていた。自分が
しっかり教育を受けて来た人間なので、子供の教育にはお金を惜しまない。
 先の事を見据えて、倹約する。だから、(つつま)しい暮らしだった。

 そういう暮らしだったから、子供の精神的なストレスや変化にまで気持ちがまわらないのだろう。
 理子は越してきて幼稚園へ入ったが、集団に馴染めなかった。
 それまで自由で伸び伸びとやってきたから、幼稚園とういう集団が、どこか暗い空間のように感じたのだった。それでも幼稚園ではいじめは無かったから良かった。

 小学校へ入ったら、近くの席の三人の男子にいじめられるようになった。
 最初はからかいから始まり、段々とエスカレートしてきて、最後には持ち物を踏みつけにされ、破られ、殴られた。

 そうまでされて登校拒否になった娘に、母は「やられたらやり返せ」と言って、学校へ行かそうとした。
 娘は頑として行こうとしないので、父親同伴で学校へ行かせた。
 担任は意に反して冷たかった。

 理子はひどく傷ついた。
 ここへ越して来る前の母はどこへいってしまったんだろう。
 何があっても真っ先に守ってくれる母だったのに。

 娘がこんなにも傷ついているのに、守ってくれなかった。
 父に押しつけて、来てはくれなかった。
 その事が、いつまでも理子の心の中に癒えない傷跡として残っていた。

 その後も、ずっとそんな調子だった。
 毎晩、父が帰ってくると一方的に怒り出す。そんな母と一緒にいて、父はよく嫌にならないな、と思う。
 私なら耐えられない。既に、そんな家庭の中にいる事が嫌だった。できるものなら家出したいくらいだった。

 恋愛結婚だと聞いている。
 好きになって一緒になったのに、これだ。
 人の気持ちなんて信用できない。いつか変わるものなんだ。

 だから、幾ら相手が、自分は変わらないと訴えても信用なんかできない。
 恋愛中は熱くなって、先の事が見えないだけだ。
 生活を共にすれば変わるに決まっている。

 先生も.....?

 あの先生も同じなんだろうか。
 いや。先生は違うかもしれない。

 でも、まだ付き合いだしたばかりだ。好きとは言っても、どうして結婚まで考えられるのか理子には理解し難かった。
 それに理子は自分が信じられなかった。自分がずっと同じ気持ちでいられる自信が無い。
 だから自分は一生、誰とも結婚できないと思うのだった。


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