第116話

文字数 2,753文字

「先生、枝本君と何を話してたんですか?」

 夜、寝室で理子が訊ねて来た。窓辺で夜景を見ながら。
 夜空には星が瞬いていて、心を躍らせる。

「うん。去年の、あの事件の事で、礼を言ったんだ」

 蒔田は理子の肩に手を乗せると、そう答えた。その蒔田に理子はそっと寄り添った。

「.....渕田君は、進路はどうなったのかな?」

「あいつは、テニスが盛んな私大に合格したよ」

「そうですか。本当にテニスが好きなのね。中学の時からずっと、打ち込んでたし.....」

 蒔田はそう言う理子の体の向きを自分の方へ向かせた。

「あんな事をされたのに、随分と優しい言い方をするんだな」

 蒔田は怖い顔をしている。怒っているのか。

「だって、もう済んだ事だし.....」

 そう言って、理子は俯いた。
 理子は本当にそう思っていた。もう済んだ事だ。

 そんな理子を蒔田は抱きあげると、ベッドへ運んだ。もう何も遠慮する事は無い。夫婦になったのだから。

 ベッドに横たえると、蒔田は暫く理子の顔を見つめた。
 理子は頬を染めて、恥ずかしそうに蒔田を見ている。
 そっと、唇を重ねた。何度も、繰り返す。

 額と額を付けて、唇を重ねずに理子の下唇を舐める。
 理子は小さく震えた。
 濡れた唇は煽情的だった。

 蒔田は何度も舐めてから、理子の口の中に挿し入れ、そして唇を重ね合わせた。
 髪に手を挿し入れると、フワッといい香りが漂ってくる。
 それが興奮を煽る。

 濃厚なキスを交わしながら、蒔田の手は理子の体に伸びた。寝巻のボタンを外して、手を入れる。心地良い肌触りが快楽を呼ぶ。
 理子は蒔田の指先が肌に触れた途端、ビクンと体を震わせた。

 久しぶりの肌触りと反応だ。あの学校でのひとときから、半年が経っていた。
 自分でもよく我慢できたものだと思う。

 蒔田は理子の体から着衣を全て剥がすと、その美しい裸体に唇を這わせた。
 理子の口から甘い吐息が漏れる。その息遣いを感じて、蒔田は昂ってくるのだった。
 
 蒔田は唇を外し、理子の体を見た。薄明かりの中に浮かぶ白い裸体は、半年前に見た時よりも、大人っぽくなっているように感じられた。

「先生.....、恥ずかしいから見ないで」

 理子が、消え入るような声でそう言った。頬を赤く染めている。

「今さら恥ずかしがるなよ。もう、何度も見られてるじゃないか」

「何度見られても、恥ずかしいものは恥ずかしいの」

 蒔田は頬に笑みを浮かべると、手を伸ばして理子の桜色の蕾を突いた。
 理子の口から切なげな声が洩れ、それがとても悩ましい。

 蒔田は自分も着ているものを全部脱ぎ、理子の体を抱きしめた。
 全身で、彼女の全てを感じたかった。
 この半年間、どんなに彼女に触れたかったか。単に交わりたいと言う欲求だけでなく、彼女の全てを感じたかった。

 蒔田は理子の滑らかな肌を全身に感じて、恍惚とした。
 足と足を絡め、その胸に顔を埋めた。谷間に唇を這わす。理子の声が微かに洩れる。

 蒔田の指が理子の体を這い、その動きに合わせて理子の興奮した声が何度もあがる。

「理子、俺はやっとこうして君を抱ける事が、嬉しくてたまらない。もう、幾ら君を抱いても、誰からも非難される事は無いんだ」

「堪え性の無い先生が、.....随分と、我慢されました、よね.....」

 理子の息はあがっていた。

「そうだよな。自分で自分に感心している」

「もう、学校で、会えないの、.....寂しいな」

 確かにそれは言えていた。これまでは毎日学校で理子の顔を見れた。
 だが、これからはもう見れない。既に春休みに入って、理子のいない学校の毎日は、少し味気なかった。

 蒔田は時間をかけて、理子の全身を愛した。
 理子の白い体がほんのりと赤く染まり、大きく戦慄(わなな)く。

 この夜、蒔田は何度も理子と繋がった。
 愛おしさに果てが無い。
 彼女の感じている姿を目にして、昂りが増す。長く我慢していたせいもあるのだろう。

 ここにいたい。この、熱く蒔田を包み込む場所に、ずっといたい。
 悩ましげに悶える理子の中に、ずっと。
 その想いが、彼を突き上げるのだった。

 
 
「理子、大丈夫か?」
 
 蒔田が優しくそう訊いた。理子は黙って頷いた。

「まだ、君が欲しいと言ったら、君はどうする?」

 囁くように話す蒔田の息遣いが悩ましい。 
 低くて甘い声で囁かれた言葉に、理子の体は疼く。顔が赤くなるのを感じた。
 そんな理子の様子を見て、蒔田はフッと笑った。

「まだ戻ってこれない君にこんな事を言うなんて、俺も悪い奴だな」

 蒔田はそう言いながら、理子の体を自分の方へ向けると、熱いキスをしてきた。
 
「君の中は、とても気持ちがいい。俺は長くいたくなる.....」

 せつなげな表情で、蒔田はそう言った。
 徐々に波が引いていくのを感じつつも、体の芯は変わらずにまだ熱かった。
 静かな(さざなみ)の上に浮かぶ小舟のように、心地良い。

 理子は眠りに誘われた。もう、限界なのだろう。
 蒔田の腕の中で睡魔に抗えずに吸い込まれるようにして眠りに落ちた。

 蒔田はすぅーっと眠りに落ちた理子を見て、やっと自分の手にする事ができた喜びを実感した。
 長い道のりだった。
 初めて出会った時、こんな日が来る事は全く予想もしていなかった。

 高校教師として県立高校へ赴任し、ストレスの波の中で溺れそうになっていた自分にとって、理子は一服の清涼剤であり、そして起爆剤でもあった。

 女を抱いても満たされない思いの中で、理子との僅かなふれあいが、蒔田の乾いた心を潤していた。
 相手が女子高生で、受け持ちの生徒である事に抵抗を覚えながらも、理子はいつの間にか、蒔田の心の奥深くに住み着いてしまっていた。

 自分の気持ちに気付いてからは、欲求が高まり、それが蒔田を突き動かす。
 初めての想いと衝動に、随分と戸惑い、悩まされた。

 生徒と担任という互いの立場が、鎖となって自分達を縛り付ける。
 蒔田は、更に自らに枷を付けた。
 そうしなければ、自分を抑制する事ができそうになかったからだ。
 愛しているからこそ、彼女の足を引っ張るような事はしたくなかった。必死に流されまいと頑張っている彼女を、流そうとするのではなくて、高みへと連れて行く男になりたかった。

 そうして、やっと二人を縛り付けていた鎖が切れたのだ。
 解放された。
 二人で高みへと登ってこれた事に喜びを感じる。

 蒔田はその幸せを噛みしめる。
 もう何も二人を縛り付けるものは無い。
 自由になれた。

 これからは、その自由の中で新たな高みを目指して二人で歩んでゆくのである。
 理子となら、限界の無い世界へ行ける気がした。
 どこまでも一緒に.....。

 理子の満ち足りた寝顔を見て、蒔田は新しい始まりに胸が高まるのを感じていた。


   The End.

    第二部へつづく。
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